船の明かり
暗い海と白い船のコントラストがとても絵画的でしてね。夜の港は独特の風情が有って良いものなんですよ。私は港町に住んでいるんですが・・夜散歩に出ると港はとても静で・・水銀灯に照らされた船体が白くうきあがっていましてね・・波で船がゆっくりと揺れているんです。
散歩の途中で私は公園の自販機でコーヒーを買いました。夜の静かな公園なので自販機がガタンと大きな音を立てたのに驚きながら、コーヒー缶を手に取りプチッと缶を開けたんです。
その時ベンチに座っていた老人が話しかけてきました。そこに老人が居たのに気が付いていなかったので私はひどく驚きました。
「お兄さん、済まんけど一杯飲ましてくれんかの。」
「はあ??・・」
「そのコーヒーを買ってくれや。」
と自販機を指さすんです。
他人にコーヒーをせびる老人なんてねえ・・嫌ですよね。
胡散臭いとは思ったんですがね。まあ、老人ですしね・・140円の事だし・・私は何も言わずにコインを自販機に投入したんですよ。そしてコーヒーのボタンを押しながら・・
「いいですよ・・どうぞ。」
ガタン!! コーヒー缶は音をたてて取り出し口に落ちました。
「いやあ、あんたは見も知らぬ年寄りにコーヒーを買ってくれるかね」
老人は驚いたと言わんばかりに、ぶつぶつと言いながらコーヒーを自販機から取り出しました。
だいたい私は他人に甘いんですよ(笑)
「見も知らん年寄りに・・済まんなあ。あんたは何処から来た人かね?」
「この近所で会社をやっているんすよ。」
「はあ・・あんたは若いのに親方をやっていなさるかね。」
「まあ・・そんな者です。」
「そうかね。真面目にコツコツやんなさいよ、そういう人が勝つけん。」
「あ、そうなんですか?!」
老人は私にベンチに座るように勧めると真面目な顔をして話始めた。
「ワシみたいな者が、あんた見たいな人に言うのは可笑しいがな・・あんたは若いのに立派な人だ・・良い道を歩いて来た人だ。でも世間には、あんたには想像もできんような馬鹿な道もあるんですわ。わしの人生はそう言うバカの道なんですわ。コーヒーのお礼になワシの馬鹿な取り返しのつかない話をな・・まあ、これも縁だと思って聞いてごしないや。」
そう言って老人は自分の昔の事を話し始めたんですよ。
しょうじき面食らったというか・・うかつに他人にコーヒーなんか買うものじゃあないと後悔しました。でもまあ、しょうがないのでね・・私はコーヒーを飲みながら黙って聞いていたんです。
「わしは若い頃、心得違いをしていましてな・・・コツコツ頑張っているような者は馬鹿だと思っておりました。人の言う事しか出来ん、馬鹿者だと思っておったんですわ。遠洋船に乗って・・金を稼いで・・陸に上がると・・飲んで騒いで・・いい気になってました・・コツコツしたような者を低く見ておったんです。
ある時、遠洋漁船の中で、弟のように可愛がっていた男が喧嘩をしましてな・・弾みで相手を刺してしまったんですわ。まあ怪我で済んだんですがな。ヘリで病院へ運んだり・・えらい騒ぎでした。
まだ若いし、前科者にしてはいかんと、わしが男気を出しましてな。わしが刺したことにしたんです。結局・・わしが8ヶ月刑務所に入りました。
初めはわしの嫁と弟分とが面会に来てくれていたんですがな・・途中から来んようになって、何か変だと思ったんですわ。
出所してみますとな・・嫁が弟分と駆け落ちをしとったんです。そりゃあ、わしゃあ狂いましたがな。狂うのが普通でしょうが!・・身代わりになってやった弟分と嫁に裏切られたんですからなあ。それは、わしに対してやっちゃあいかん事でしょうが・・
絶対許せんと思いましたわね。絶対見つけ出して殺してやるってねえ。わしも弟分も遠洋魚船ぐらいしか仕事ができん男ですけえ・・必ず遠洋船に乗っていると思いましてな。わしは遠洋船の仕事をしながら日本中の港を探しました。
沖縄から函館まで、噂をたよりに探しましたわ。見つけ出して、本気で殺すつもりでした。いや、殺さないまでもこのままにしては置けんですよ・・そうでしょう! そうでしょうが。
5年・・10年・・20年・・26年探しましてなあ。あの頃は、探し出すのを生き甲斐に生きとりました。ところが・・ある日ふと思ったんです。わしは一体何をしているんだろう・・何の意味もない・・もし見つけたとしても・・もうなぁーんの意味もない。いったい、26年も・・わしは何をしとったんじぁろう。ふっ・・気がついた時は、もう50才を回っていましたわ。取り返しがつきませんわね。
わしは郷里の、この港にもどって来ましてな。昔し馬鹿にしておった、コツコツ男の情けで仕事をもらって・・細々と一人で暮らしておるんです。あのコツコツ野郎が、今は会社の親方をしていましてなあ。」
老人は一気に話し終わると、最後に吐き出すように言いました。
「コツコツやる者が一番偉いのですわ。わしのような奴はダメ・・馬鹿ですわ!」
私はこの老人の話に何も答えることが出来ませんでした。老人の深い手の皺がこの人の人生を表しているようで・・なぜか居たたまれない気持ちで公園を後にしたのでした。
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