夕暮れのせい、夕暮れのおかげ

麦野 夕陽

1話完結

夕方だった。


いつものように自転車で下校する。


登校は上り坂、下校は下り坂の通学路。


田舎には田んぼが多い。


今日はいつにもまして、夕焼けが綺麗な日だった。


田んぼの水に橙色が反射する。


いつもなら夕焼けなんかに目もくれず、下り坂を自転車で帰宅していた。


それなのに。


今日は自転車を手で押して歩いていた。そういう気分な日だった。


小さな十字路を通りすぎる。


歩く速さはどんどん減速し、とうとう足を止めた。


夕焼けのせいだった。そう思いたかった。






うつむいていた顔をあげた時。息が止まるかと思うほど、心臓が大きく動いた。


10メートルほど先に、少女がいた。


同じ学校の制服の女の子。


その子のことをよく知っている。


自転車が手から離れた。





1歩、2歩、少女に歩みよる。





目の前に。





少女の顔を、横から夕日が照らしていた。


唇から言葉をしぼる。


「帰ってたの?」


言葉は少女の耳に届く。ほほえんだ少女が答える。


「うん」


たった2文字の音が、心臓をゆらす。







気づけば少女を抱きしめていた。腕のなかにおさまる彼女は、すぐに溶けて消えそうだった。


少女が相槌以外の言葉をつむいだ。





「泣いてるの?」






懐かしい声をすぐそばに。


心臓の揺れが反響しないように、答える。




「泣いて、ないよ」





少女はゆっくりと、小さな手のひらで頭をなでる。






「ごめんね」






言葉と同時に強く抱きしめられた。1秒にも満たない、一瞬だけ。






後ろから大きな音がした。反射的に振り返れば、地面に自転車が倒れ車輪が空転するところだった。



自転車の後ろの十字路を、車が通り過ぎていく。



『スピード注意』の看板は意味を成していない。



看板の横には、小さな花束。車の風で揺れている。







気づけば少女はもういなかった。



夕日は沈んだ。空は橙色のまま。







黄昏時は、最も事故が多い時間。


黄昏時は、あの世とこの世が近づく時間。








少女の死から、一ヶ月。






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