第9話 ものがたくさん『いる』お家


 玄関げんかんから中へ入った瞬間しゅんかんに、絵の具とねん土のにおいが、ぶわっと二人をつつみました。

「わあ……!」

「!」

「ようこそ、おいでくださいました」

 家の中には、たくさんの彫像ちょうぞうや、絵が、かざってありました。

 いろいろなところの景色や、ひと。たてもの。道具。楽器がっき。ふわふわした、形のないもの。

 それらの絵や、彫像が、たくさん。

 かざってあるというより、そこかしこにいてあると言った方がいいかもしれません。

 いいえ、それも正しくはないでしょう。

「たくさん、絵がいる……」

ぞうも……」

 そう、『置かれている』よりも、『いる』という言い方の方がよく似合にあいました。

 絵も、ぞうも、まるで生きているような気配けはいがありました。

 まるで、「自分は好きでここにいるんだよ」と言っているみたいでした。

 生みの親であるディリノーさんが好きで、ここでらしているんだよ、というように。

 けれど、自分をむかえに来てくれるひとがいるなら、よろこんでそのひとのところへ行くよ、とも思っているような雰囲気ふんいきでした。

 ここが好きでいるけど、いつでもよそに行ける。

 そんなふしぎなものたちがたくさんいる、へんてこりんな空間でした。

「お茶は、モロコン茶でよいですか?」

 いつのまにかおくの台所に入っていたディリノーさんが、ひょっこりかおを出してたずねます。

「あ、はい!」

「ふふっ。たくさん、いろいろあるでしょう。片付いていなくて、おはずかしいです」

 ニコニコしながら、ディリノーさんが言いました。

「好きなところに、おかけくださいネ」

 ディリノーさんに言われて気づきましたが、この部屋には、いたるところにイスがありました。

 二人がけのソファーもあれば、もたれのない丸イス、木のイス、ベンチ、背の高いイス……種類しゅるいもバラバラです。

 二人は少しなやんだあと、背のひくい一人がけのソファーに二人でぎゅうぎゅうづめになってすわりました。

 ソファーはふかい緑色で、ふかふかした毛足をしています。

「はい、お茶をどうぞ」

「ありがとうございます……」

「ありがとう、ございます……」

 マニャにわたされたカップは白くて丸いもの、ノイに渡されたものは、小さくて黄色い角ばった形で、ディリノーさんのものは、大きくてむらさき色のごつごつしたカップでした。

 カップの種類も、バラバラでした。

「なんだか、いろいろなものがバラバラなお家でしょう」

「はい」

 たしかに、すべての種類がそろってととのっているという状態じょうたいからはほど遠いお家ではありました。

 けれど、なぜでしょう。

 この家の中は、ごちゃごちゃしているのに、すっきりとした感じもあるのです。

 みんなバラバラだけれど、あるべきところにきちんとあるような、おかしいところはなにもないような……そんな違和感いわかんのない家でもあるのでした。

 まるで、物に「あなたは、どこにいたいですか?」と聞いてから置いたみたい、とマニャは思いました。

ノイも興味深きょうみぶかいのか、ずっとあちこちをきょろきょろと見回しています。

「この家は、師匠ししょうからゆずりうけたものなのです。だから、師匠と私の趣味しゅみが、入りまじっているのですね」

 ディリノーさんのお師匠さんは、今は自分の故郷こきょうに帰っているとのことでした。

「師匠も私も、物と目が合うと、ついつい買って、あるいはもらって、連れてかえってしまうのです。そういうくせなんですね」

 照れくさそうにディリノーさんは言いました。

 二人のくせが、おそろいだから、バラバラでもらかっているみたいにならないのかしらと、マニャとノイは思いました。

「それでは、お話を聞きましょうか」

 ディリノーさんが、にっこり笑ってそう言ったので、マニャは緊張きんちょうしながらもここに来た理由りゆうを話します。

 つっかえつっかえでしたが、きちんと「マグノーリエさんがたのんだめ物を取りに来た」ことを伝えることが出来ました。

「なるほど。おつかいですか」

「はい」

「それは、とてもえらいですね」

 ディリノーさんがしみじみと言ったので、マニャとノイはれてしまいました。

 その言葉ことばが、心から出ているとわかったからです。

「それでは、しばしおちください。アトリエの方にあるので」

 ディリノーさんはそう言うと、うらにあるというアトリエの方へ行きました。

 やっぱり、ちょっとおどっているような足取りで。

「……ふしぎな人だね、ノイちゃん」

「ね。おねえ、きっとあの人、ものとおしゃべりできるんだよ」

 ノイが、ちょっと興奮こうふんした口ぶりで言いました。

「だって、ちっとも散らかってるって感じないし、きっとね、ものの『ぼくは、ここがいいです』って言葉を、聞いてるんだよ!」

 マニャは、ノイが自分と同じことを思っていたのでうれしくなって、その頭をたくさんなでなでしました。

「お姉もそう思う」

 そう言って、ちゅっとひたいにキスもとしました。

 ノイは照れくさそうに、でもどこか得意とくいげに、ふふふんと息をきました。


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