第8話 いがぐりの家


「わあ……!」

「すごい!」

 森をぬけた、と思った瞬間しゅんかんにザアッと風が吹きました。

 池から吹く風は、水のにおいがしました。

 かわいた秋の空気に、しっとりとした気配がじっています。

 二人の目の前には、青々と水をたたえた大きな池が広がっていました。

 水面は、かたむきかけたの光を反射はんしゃしてキラキラとまばゆくかがやいています。

「スパンコールみたい……」

 ノイが、目をパチパチとしばたたかせて言いました。

「そっか……ノイちゃんは、池を見るのは初めてだっけ……」

「うん! ほんものは、はじめて!」

 ノイの声がはずみます。

「おねえも、ひさしぶり……」

 マニャが見たのも一度だけで、それはおそらく、ノイが生まれる前だったはずです。

 だから、マニャにとってはずっとずっととおむかしのことのように思えました。

「おい。こっちだ」

「あ、はい!」

 池を前にほうけている二人にしびれをきらしたのか、ケリさんが、先へうながします。

「あれだ」

 ケリさんが指さす方向。

 そこに、たしかに一軒いっけんの家がありました。

「……いがぐりみたい」

 ノイが言って、マニャがうなずきました。

 遠目とおめに見ると、家の形はギザギザで、くりそのものでした。

 色もげ茶色で、ますます栗のいがです。

(どんな風な家なのかしら?)

 マニャもノイも、興味きょうみしんしんです。

 今日はじめて会った大人に連れられていることも、これから会う大人がまったく知らない人であることも、今はわすれていました。

 早くどんな家か見たくて、歩くスピードをほんの少し早くしました。

 近づくにつれ、その家の細かいところが見えてきました。

 家は、薄い木の板をたくさんかさねてつくっていることがわかりました。

 ただ重ねているのではなく、段々にしているのです。

 それも、単に下が広くて、上にいくにつれて細くなっていくという形ではなく、ところどころつき出すような形にしているのでした。

 そして、にょきにょきと煙突えんとつのようなぼうが何本もとび出しています。

 その煙突のような棒にはそれぞれ、キラキラした飾りがつけられていました。

 それはまるで、クリスマスツリーにかけられるガーランド……飾りのついた紐やワイヤー……とよく似ていました。

 飾りは、丸いものもあれば、しずく型のもありました。星型もあれば、ひし形のものもあります。

 どれも、太陽の光に反射はんしゃして、ぴかぴか、キラキラ、うつくしくかがやいています。

「ふしぎな家……」

 マニャがつぶやきました。

 ノイも、おめめをまぁるく大きく見開いて、この家をじぃっとながめていました。

「おい、画家がかるか」

 そんな二人の様子などおかまいなしに、ケリさんは、さっさと玄関げんかんまで上がると……玄関は、地面より少し高くなっていて、階段かいだんを五段のぼるのです。階段は幅広はばひろで、スカートのようにすそがわ、地面側が広くなっています……、ドンドンとドアをたたきました。

 その音で、二人はハッとしました。

 これから、見知らぬ大人と会わなくてはいけないのです。

 ぴゃっと毛が立ちました。

「はーい」

 おくから声がします。

「どちらさまですかな?」

 ガチャリ

 ドアが開きました。

 ノイがマニャの後ろにかくれて、がっしとマニャのこしをつかみ様子をうかがいます。

 マニャは、ドキドキむねを右手でおさえ、左手でノイをなでながら、出てきた人を見上げました。

「おや、ケリさん」

 出てきたのは、オオカラス人でした。真っ白のスモックを着ています。スモックには、ところどころ絵具えのぐがついていました。

 画家のディリノーさんは、この人でまちがいなさそうです。

「何かご用ですか?」

 声は高くもなく、低くもなく。けれど、なぜでしょう、たのしげに歌っているように聞こえる、ふしぎな声音こわねでした。

「俺じゃない。あっちのが、アンタに用がある」

「あら!」

 ディリノーさんとマニャの目が合いました。

 ディリノーさんの目が、ぱっちりと見開かれます。

 マニャはもっと心臓しんぞうが大きく鳴るのを感じながら、

「は、はじめまして……」

 精いっぱいの大きな声で言いました。

 けれど、声はうわずり、上まで聞こえているかあやしいものでした。

 へにゃ、とマニャの耳がへたれたのを見てか、それとも、もともとそのつもりだったのか。

「ステキすてき、素敵すてきですね!」

 おどるような足取りで、ディリノーさんがりてきました。

「もしかして、シンさんとマハルさんのところの、マニャさんとノイさんではないでしょうか? わーお、だとしたら、とってもすてき! はじめましてですね!」

「えっと」

 かろやかに二人の前に下り立つと、ディリノーさんはサッとあくしゅをもとめてつばさをのばしました。

「はじめまして! 私はディリノー。この森で、絵をかいたり、め物をしたりしています! どうぞよろしく!」

「え、あ、えと、よろしく、おねがいします……」

 マニャは困惑こんわくしながら、その手を取りました。

 ディリノーさんのいきおいにおされて、どうしたらいいかわからなかったのです。

 ノイは、マニャにしっかりつかまりつつ、ぺこりとおじぎをしました。

 じっと、ディリノーさんを見つめたまま。

「どうぞどうぞ、お家の中へ。今、ちょうどお茶にするところだったのです!」

「は、え、えっと」

 手を引かれ、階段を上る二人とは反対はんたいに、ケリさんが下りてきました。

「おや、ケリさんもご一緒いっしょしません?」

「俺はいい。マグノーリエに言われて、そいつらをれてきただけだから」

 そう言って、さっさとケリさんは自分の家へ帰っていきました。

(そんなぁ)

 見知った大人がいきなりいなくなって、マニャはさらに耳をへたんとさせました。

 ケリさんも今日はじめて会ったひとですし、マグノーさんをえる無愛想ぶあいそうなひとです。

 けれど、いちおう今は知り合いなので、できればいっしょにいてほしかったのでした。

「……おねえ

 ノイが、ギュッとマニャの手をにぎりました。

「うん」

 だいじょうぶ、というように、マニャはうなずきました。

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