第6話 マグノーさんとケリさん


「なるほど。それで、ワンピースがこうなっちゃったわけだね……」

 マグノーリエさんは、腕を組みながらしかめ面をして言いました。

 ふだんからあまり笑わず、無愛想ぶあいそうなマグノーさんですが、今は、さらに目付きがけわしく、もっと近よりがたい顔になっています。

 マグノーさんの、ポケットだらけのこん色ワンピースから、かちゃかちゃと音がしました。

 マグノーさんが少し動くだけで、ポケットの中の道具が音を立てているのでした。

 その音ですら、何か不機嫌ふきげんそうに聞こえるから不思議ふしぎです。

「はい……」

マニャはその音に身をすくめ、ノイはうつむきながらも、音がるたびにちらちらとそちらを見ました。

「……」

「……」

 マグノーさんのお家は、うろの中なのに明るく、すっきりと風が通っています。

 それは、上にある大きな天窓てんまどと、玄関扉げんかんとびらの上の窓、そして反対側の窓が開いているためでした。

 そして、かべにはそれぞれいろいろな形のかがみがかけてあり、それらが反射はんしゃし合って、中に光をとどけているのでした。

 通されたときに二人がおどろいた顔をしていたのでしょう。

 マニャが問いかける前に、マグノーさんみずから、そう教えてくれました。

 さて、今四人は、部屋の真ん中にある大きな作業台さぎょうだいをぐるりとかこむようにしてすわっていました。

 作業台の上には、マニャたちの持ってきたワンピースがかれています。

 ワンピースは、あちこちがやぶれていました。

 しげみのトゲトゲに引っかかって、こうなったのです。

きみね……こんな小さな子どもたちをこわがらせてどうするんだい」

 状況じょうきょうを聞いたマグノーさんが、自分のとなりをじろりと横目でにらみました。

「俺はべつに、こわがらせるつもりなんてなかった」

 マグノーさんににらまれたガチョウ人のケリさんは、ふんと鼻を鳴らすとそう言いました。

「こいつらが、勝手かってにこわがっただけだ」

「君、自分の顔がこわいことをもっと自覚じかくした方がいいよ」

 無愛想なんだから、とあきれた声でマグノーさんが言いました。

(マグノーさんもなんだけどな……)

 と二人が同時に思ったことはひみつです。

「……まあ、いきなり声をかけておどろかしたのは、わるかった」

 そっぽを向きながら、ケリさんは、ぼそりと言いました。

「いえ、あの……」

 マニャが、ごにょごにょとそう言って首をよこへふりました。

 おどろかされたのはたしかにいやでしたが、けれども、茂みに落ちたワンピースを慎重しんちょうに、ていねいに、がんばって取ってくれたのはケリさんなのです(それでも、やっぱりちょこちょこと破れてはしまいましたが)。

「ワンピース、ありがとうございました……」

 マニャは、小さな声でもう一度おれいを言いました。

 ノイも、横でぺこんと頭を下げました。

 ノイは、イスもマニャのイスにくっつけて、マニャに身をせるようにして座っています。

「さて。それで、君たちののぞみは、このワンピースをそっくりそのまま直してほしい……ということでいいのかな」

「はい……」

「それで、これをお母さんたちに送りたいんだね?」

「はい……できれば、そのぅ」

「おまつりに間に合うように?」

「はい」

 ふむ、とマグノーさんは引きつづきむずかしい顔をしたまま、机のワンピースをにらんでいました。

「ねえ、ケリ。その、南の島のお祭りは、いつからだったかな」

「そうだな。一週間と……三日後か。満月から始めて、新月の日までだから」

 ケリさんが、答えました。

「そう。それならまあ……なんとかなるかな」

「! 本当ですか!」

「!」

 パッと、二人の顔が明るくなります。

「間に合うのか?」

「うん。さすがにつくろうのに少し時間はかかるけど、僕にははやい『足』があるから」

 マグノーさんが、うなずきました。

「足? そんなギリギリで送ると、金がかかるんじゃないか?」

「……!」

 確かに、お母さんたちに聞いたことがあります。

 速達そくたつというとても速い便を使うと、二倍の速さで届けてくれるものの、その分とてもお金がかかると。

「大丈夫。ふつうの郵便屋ゆうびんやさんは使わないよ」

「……そういうことか」

 ケリさんは、何かわかったのか、ひとりうなずきました。

「ところで、このつくろい分と送る分の支払しはらいだけど」

「あ……」

 そうです。

 お仕事をおねがいするなら、当然とうぜん、支払いが必要ひつようになります。

 すっかりぬけ落ちていました。

(ええっと、もしものときのお金は、どれくらいあったっけ……?)

 マニャが首をひねっていると、

「君たちに、おつかいをしてもらおうと思うんだ」

 マグノーさんが言いました。

「おつかい?」

「そう。この手間賃てまちん分のおつかいをまかせたいんだ」

 そう言うと、マグノーさんは立ち上がり、たなの方へ歩いていきます。

 棚にはたくさんひきだしがあって、それぞれにふだってありました。

 その中のひとつ、『文房具ぶんぼうぐ、ほか』と書かれた大きめのひきだしを開けました。

 そこから丸まった紙を取り出すと、また作業台の方へ戻ってきました。

「君たちには、まずディリノーさんのところに行ってもらいたい」

「ディリノーさん……?」

 マニャが小首をかしげました。ノイも、となりで同じように首をかたむけています。

 はじめて聞くお名前でした。

「この先に池があるんだけど、そのほとりに住むオオカラス人。絵かきさんだよ」

 マグノーさんは、持ってきた紙をつくえの上に広げました。

「ちず……?」

 ノイが小さな声で言いました。

「そう。この森の地図」

 マグノーさんがうなずきました。

「君たちの家がここ、僕の家がここ、で、ディリノーさんの家が、ここ」

 マグノーさんは、ポケットから取り出したものさしで、ひとつひとつ、お家を指していきます。

 ディリノーさんのお家は、ここから南の方へ行ったところにある池のほとりにありました。

 池は雪だるまのように大きな池と小さな池が並んでいて、ディリノーさんのお家は、こちらから見て手前の大きな池のそばでした。

「ディリノーさんは絵かきさんだけど、ぬのめ物もしていて、僕も何枚なんまいか、たのんでるんだ。そろそろそれらが出来上がるころあいだから、二人に取りに行ってほしい」

 次の仕立したてに使うのだ、とマグノーさんは言いました。

「今日から三日は、これにかかりきりになると思うんだ。だから、代わりに」

「……。わかりました」

 マニャは、ごく、とつばを飲み込み、返事へんじをします。

 また大人の、しかも今度こんどは一度も会ったことのない人のところへ行かなくてはいけません。

 むねが、いたいくらいドキドキしました。

 けれど、お支払いはしなくてはいけないのです。

 ノイもとなりで、ぎこちなくうなずきました。

「それだけの手伝いで、お前の仕事とわりは合っているのか?」

 ケリさんが、マグノーさんを見て言いました。

「もう一つ、おつかいをたのむから」

 マグノーさんは言いました。

 まだ、おつかいがあるんだ、とマニャとノイもいっそうドキドキしました。

「それに」

 ちら、とマグノーさんは、そんな二人を見ます。

「大人にとっては『それだけ』でも、この子たちにとっちゃ、きっともっとすごいことだろうから」

 そしてしずかにそう言いました。

 ケリさんは、「そうか」とだけ言って、あとは何も言いませんでした。

「それじゃあ、おねがいするよ」

 マグノーさんは「そうだ」と言って、ケリさんを見ました。

道案内みちあんないは、彼がするから安心して」

「え」

 マニャとノイの目が、くるんと丸くなりました。

「おい、勝手に」

「いいじゃないか。帰り道のとちゅうなんだし」

 マグノーさんが、ものさしでまた別のお家を指します。

 そこは、大きな池の向こうがわ、小さな池の方のほとり。

「彼の家は、ここなんだ」

「……」

「……」

 たしかにディリノーさんのお家は、ケリさんのお家へ行く道のとちゅうにありました。

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