第3話 だいじなだいじな、忘れもの


 次の日の、午後のことです。


「おねえ、何してるの?」

 本の部屋で、マニャはソファーに座って手紙を読んでいました。

 それはゆりかごのようにれる一人用のソファーでした。

 妖精ようせい妖怪ようかいの本をまた読んでもらおうと思っていたノイですが、手にとったそれをいったん机の上において、てとてととマニャのそばに行きます。

「きのうのお手紙? また読んでるの?」

「そう。ちょっと、気になることがあって」

 僕も読む、と言って、ノイが無理くりマニャのとなりに座りました。

 ぐらんぐらんとソファーが揺れて、マニャは「もう」と苦笑くしょうしましたが、ちょっとつめてあげました。

 そして、二人で頬をくっつけあって、あらためて手紙を読みなおします。


『マニャ、ノイ

 お元気ですか? お母さんたちが出発してから三日しかたってないし、まあ元気だよね。

 お父さんとお母さんもとても元気です。

 今から船に乗って島を目指します。とっても楽しみ。

 今回持って行くお洋服たちもみーんな、お父さんとお母さんがとってもいい! と思ったお洋服ばかりなのでわくわくします。

 トットコ森のマグノーリエさんのお洋服はもちろん、このあいだ行った北の島のシロクマ人のヴァイシュさんのアクセサリー、トナカイ人のウパシさんのお財布……他にもたくさん、南の島の人たちがなかなか手に入れることの出来ないすてきなものを持っていきます。

 いちばんの楽しみは、カワセミ人の歌手・ジャーダさんにとっておきのワンピースをわたすこと。

 去年たのまれてから、マグノーさんにお願いして、理想りそうのワンピースを作ってもらったの。

 白地に、きれいなきれいな青い布が、たきのように幾重いくえにもかかったきれいなワンピースです。

 ジャーダさんにぴったりのはなやかでうつくしいワンピース。

 彼女のよろこぶ顔を思うと、私もお父さんもわくわくが止まりません。

……』


「……あれ」

 ノイが、ぴくりと耳をうごかしました。

ぼく、このワンピース知ってる気がする」

「ノイも? 私もなの」

 マニャが、しっぽをぱたんとふりました。

在庫整理ざいこせいりのお手伝てつだいをしているときかな、と思ったんだけど」

「ううん。僕、これ見たのとっても最近だと思う」

「やっぱり?」

「はっきり言うと、きのう」

「そう、昨日なの。私も」

 二人は、顔を見合わせました。

「まさか」

「まさかね」

「でも、いちおう」

「いちおう、ね。確認かくにんしよう」

 二人は、イスからびおりました。

 くらん、くらん、とイスがれました。


 二人がやって来たのは、衣しょう部屋です。

 家族のものではなく、売るためのお洋服がいてある部屋になります。

 二人も、お洋服のチェックや、陰干かげぼしや、整理などを手伝うためによく入ります。

 シンさんとマハルさんが旅に出ているときは、この部屋の管理かんりはとても大事な二人のお仕事でもありました。

「あ!」

 ノイが、さけびました。

「ああ!」

 マニャが小さく悲鳴ひめいを上げました。

 なんということでしょう。

 お母さんの言っていた、あの『うつくしいジャーダさんのワンピース』が、かべにかかったままだったのです!

「どうしよう」

 マニャが言いました。

「おかあさんたち、まだ気づいてないのかな」

 ノイが首をかしげました。

 きっと気づいてないのでしょう。手紙には何もいてなかったのですから。

 二人は、美しいワンピースの前で途方とほうにくれました。

「どうしようか」

「おかあさんたちに、とどけよう!」

「じゃあ、マレーアさんのお家に……」

 マニャが言いかけて、「ああ」とまた小さく声を上げます。

「マレーアさん、今朝けさたびに出ちゃったんだっけ……」

「ああ……」

 ノイも落胆らくたんの声をもらしました。

 二人とも、耳がぺったり、しっぽもへんにょりと垂れています。

「まちに出たら、郵便屋ゆうびんやさんはあるけれど……」

 子ども二人でまちに出ることは、まだ許されていません。

「『ひじょーじたい』だし、いいんじゃないかな?」

 ノイが首をかしげながら言いました。

 確かに、今は非常事態ひじょうじたいです。

「とりあえず、ワンピースをつつもうか……」

 マニャはうなずいて、近くにあったイスにのぼり、ハンガーに手をのばしました。

「ノイちゃんは、何か箱をさがして……」

 くれる? とふり向いて言いかけた、そのときでした。


 ピリ、ピリピリピリッ!


「!」

「!」

 いやな音が、ワンピースから聞こえてきました。

 二人の耳が、ぴんっと立ちます。

 そろりそろりと二人がワンピースを見てみると、

「あああ!!」

 ワンピースの青いふわふわした部分が、むざんにもやぶけていました。

「あ、こんなところにピンがささってる……」

 ノイが指さした先には、確かにピンどめが、壁に刺さっていました。

 どうも、そこにふわふわした先が引っかかってしまったようです。

「どうしよう……」

 マニャは、泣きそうな顔で破れたワンピースを見下ろしました。

 これでは、送ってもその先でお父さんとお母さんがかなしんでしまいます。ジャーダさんも、しょんぼりするでしょう。

 何とかして破れたところを直し、それから急いで送らなければいけません。

「……ノイちゃん、これ、える?」

 マニャが、ノイにたずねました。

 マニャはお裁縫さいほうが苦手で、ノイの方が得意なのでした。

「どうかなあ……ふわふわしてて、むずかしいかも。それに、おかあさんが『大人がいないところじゃはりを使っちゃだめ』って言ってたし……」

「そっかぁ……そういえば、そうだったね」

 二人は、困ってしまいました。

 しかし、まったくさくが無いわけではありません。

「……マグノーさんに、たのむ?」

 ごくり、とつばを飲み込んでマニャが言いました。

「それしか、ないかも」

 ごくり、とノイもつばを飲み込んで答えました。


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