第60話 パワハラ勇者カール

アル達はアマルフィのダンジョンから宿に向けて移動しようとしていた。すると……


「カール様、こちらが問題のダンジョンでございます。お降り下さいませ」


アルが声がした方を見ると、豪奢な馬車から赤い絨毯が会場までひかれており、そこへ一人の男が降り立った。こんな騒ぎがあったばかりなのに、何者だろうか?


「……君達」


そして、バサリとマントをひるがえした金髪、長髪のエルフの男がやってきた。


「あの、どうかしましたか? ここは危ないですよ?」


アルは念のために警告した。魔族は倒したが、このダンジョンから万が一魔物が出たら危ない。魔族を倒してしまったダンジョンでも、稀に魔物が外に出て来る事はあるのだ。


それにしても…何でマントなんて羽織っているか? 限りなく怪しい人にしか見えない。


「…君達の方こそ、こんな危ない処で何をしているのだ。早く逃げたまえ」


涼やかな男の声が響く、男はあからさまにイケメン、もちろん長身だ。


「僕達は大丈夫です。先程魔族を倒したばかりですし、魔族にさえ出会わなければ…」


「な、何だって…いや…そんな…まさか…まさか、そんな筈がある訳が…」


エルフの男は狼狽えているようだった。アルが魔族を倒したと簡単に言うからか、顔色からは驚きが見て取れる。アルは失礼かとは思ったが、男を鑑定のスキルで見る事にした。


【名 前】 カール・ケーニスマルク


【才 能】 勇者


【レベル】 99


なんと男は勇者だった。エルフである事から、アルザス王国の勇者だろう。


「もしかして、アルザスの勇者様ですか? その腰の剣は聖剣ではないですか?」


「これは!? 見せびらかすつもりなどなかったのだが、流石だな、私の正体を見破るとは。君は…君がアルベルト君だね?」


男はアルの名前を知っていた。やはり、アルザスの勇者のようだ。アルの名前はアルザス王国にも知られている。勇者なら、当然知っていて当然だ。


「はい、プロイセン=フランク勇者パーティのリーダー、アルベルトです。貴方は?」


「私はカール・ケーニスマルク。君のような回復術士ではない、アルザスの勇者にして、騎士団総長だ。君のような平民じゃないんだ! わかる???」


一気に空気が冷え込んだ。アル達はこの勇者が非常識なレベルで傲慢なのが1秒でわかってしまった。


「まあ、良い。無礼は許してやる。さあ、現場は何処だ? 案内したまえ、普通するよね?」


一方的に話すカール。いや、無礼なのはお前だろう? アル達を微妙な空気が漂う。しかし、アルは気を取り直して、事情を説明する。


「現場というと、魔族なら、既に倒しました。しかし、僕達も疲弊していまして…すいません、僕達、宿に帰って疲れを癒そうとしていたんです」


「そう来る?」


あまりにも傲慢な言いようにアルはため息が出そうになるが、相手はアルザス王国の勇者、気を遣うよりなかった。


「大変申し訳ございません。みな疲労しています。勇者様には後日ご挨拶に伺いますが、今日はこれで失礼させていただきます。」


「わかった。明日にでも私が手隙の時に挨拶に来ておいてくれ」


アル達はいそいそとその場を立ち去ったが、勇者カールの周りの騎士達は氷ついていた。


そしてアルたちの姿が完全に見えなくなったところで、勇者カールは騎士たち冷たい目を向ける。


「お前たち、事前にアルベルト達がいるかどうか調べるべきだろう? 普通するよね?」


先程までの爽やかな空気…上辺だけではあるが、それすらも何処かに行ってしまって…


「私に大恥をかかせたなぁぁ!!」


「た、大変申し訳ございませんでした!!!」


騎士たちは背筋を伸ばして45度のおじぎで謝った。だが、それだけではこの男は納得しないようだ。


「騎士団長! お前は今すぐクビだ!!」


「ええっ!? そ、そんな!?」


いきなり解雇通告を宣言する勇者。騎士団長はフルフルと震えている。


「お、お願いします。ク、クビだけは許して下さい。娘が生まれたばかりなんです」


「そんな事はしらないね。きみたちの仕事は遊びみたいなもんだ。これまで食わせてやったんだ。むしろ感謝しろよ。これ、常識だからね!」


「ゆ、勇者様! どうかご容赦ください!!」


騎士団長は勇者の前で泣いて懇願する。しかし勇者はその元騎士団長を見向きもしない。


「私に恥をかかせた罪がこれ位で済むか! 謝って済む問題ではないわ!」


騎士団には沈黙が訪れる。これまで何人の団長がクビを宣告された事か…いや、団長だけでは無い。ほんの些細な事でも気に入らないと、この勇者は団員をクビににするのだ。


本来なら不名誉な左遷ですら、運がいい方だと思うしかない。


勇者は同時に騎士団総長、騎士団の責任者でもあった。そう、彼は騎士団の任命権を持ち、人事権も持っている。彼に逆らう事はできないのだ。


つまり、パワハラ上司であった。


勇者が先程までの爽やかな風貌が嘘であったかのように嗜虐心を感じる笑みを浮かべると、


「いつものダンボールを持って来い!!」


「えっ!? この場でですか?」


団員達は驚いた。この勇者はクビを宣告した団長や団員に、その場でダンボールを渡し、私物だけをダンボールに入れさせて、支給品は回収する。


ダンボールでだ。本人の屈辱は計り知れない。この男に情けというものは持ち合わせていなかった。


「うっぐ! えっぐ!!」


騎士団長は泣きながら、私物をダンボールに入れて、支給品を返す。


この騎士団長は子供の頃から騎士に憧れ、研鑽を重ねて、騎士となり、努力が実り、ついに騎士団長にまで昇りつめた。そして、最近愛する恋人と結婚し、娘を授かり、幸せの頂点にいた。この勇者パーティ専属に配属されるまでは……


「私の麾下にいる以上、能無しは排除する! 心がけよ!!」


「「「はぁっ! 勇者様!!」」」


王国の勇者に逆らう事は許されない。彼らにできる事は運よく左遷されるか、何事もなく定期人事で異動を待つだけである。


「お前ら、気合が足らん! 今すぐ、ダンジョンで訓練だ!!」


「し、しかし、もうじき定時ですが? 最近残業規制がかかっておりますが?」


「何だと? 貴様、自身の未熟を私が温情で矯正してやろうという慈善行為にも関わらず、残業手当なぞもらおうと画策したか! ええい! 貴様もクビだ! 今すぐダンボール持って来い!」


不用意な発言…いや、正当な意見ではあったが、哀れな騎士がまた一人路頭に迷う。


そして、騎士団は無給で、残業を強いられるのであった。

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