第46話 ダニエルの娘リナ

悪徳貴族ダニエル、いや、今は底辺奴隷ダニエルはかつての子分であるグナイゼナウ子爵に連絡を取り、奴隷となった自分を保護してもらっていた。


「それで、ダニエル、無事あのクズ勇者を冒険者団に入れる事ができたのか?」


「もちろん、明日にまで懇意になると言っておりました」


「明日までに懇意? あのクズ勇者は女好きと聞いていたが、そっちも大丈夫なのか?」


「さあ、私にはあのような下賤の輩の思考は理解できません」


いや、ダニエルとエルヴィンの脳の構造はあまり変わらない。お前が理解できなければ誰が理解できる? というより、エルヴィンを騙して冒険者団に無理やり入れただけだろう。


「まあ、あの冒険者団に入団させるのは難しいと思っていたが、あっさりと行って、助かる…。で、処で、例の話は本当なのだろうな?」


「はい。リナの事ですな。先程騙して子爵様の私室に連れ込みました。ご自由に使って頂いて結構です。まだ、男を知りません故、たまりませぬぞ」


とても実の親とは思えない発言…ダニエルは子爵が自分を救ってくれる筈などない事を熟知していた。どちらかと言うと、子爵には子分として、煮え湯を飲ませていたのだ。当然だろう。


そこで、ダニエルは考えた。子爵に提供できるモノは無いか? それが都合がいい事にあったのである。ダニエルの実の娘リナである。以前、子爵がダニエルの屋敷を訪問した際、リナを物欲しそうに眺めているのを見た事があったのだ。しかし、


「子爵様、しかし、リナを自由にして頂く事に一つ条件がございます」


条件? そんな身分である筈も無く、怪訝に思い、ダニエルを眺める子爵。


「何だ? 言ってみろ?」


「リナを使ったら、時々私にも使わせてください」


普通ならとても信じられない言葉だろう。実の娘を…保身の為に差し出すだけでなく、自身もその実の娘を乱暴するつもりなのだ。醜悪さではエルヴィン以上だろう。


「そちは実の娘を抱こうというのか?」


当然の質問なのかに見えた。しかし、


「私はその為にあの娘を認知して、長い間喰わせてきたのです。そもそも、実の娘はいいぞと、教えてくれたのは子爵様ではないですか?」


「うむ。まあ、私も何人かそうしておるからな。本当に素晴らしい、あの背徳感、実の娘の私を見る顔を見るとな、くくくくっ、お前にも、この趣味が理解できたか…わかった、時々貸し与えよう」


「ありがたき幸せです」


頭を下げるダニエル。上には上がいるものである…


☆☆☆


ダニエルの娘リナは賢い娘だった。彼女は侯爵家の娘なのに満足に教養も与えてもらえず、義理の母や姉達から虐められていた。唯一優しくしてくれたのが、実の父のダニエル。


しかし、彼女はダニエルを信用などしていなかった。賢い彼女は実の父の目線が自分胸や腰回りにやたら行く事で、ダニエルの本性を見ぬいていた。彼女の母親は無理やりダニエルに乱暴されてリナを生んだが、リナを生んだ時に死んでしまった。その母親が一つだけ残したものがあった。リナの母親は商家の娘で、頭が良かった。その頭脳はリナにも遺伝していた。


幸い、ダニエルの劣悪な遺伝子を受け継ぐ事なく、母親の優秀な遺伝子ばかり受け継いだようである。正しく奇跡だった。


そんな彼女は突然、奴隷の自分が着飾られて、豪奢な貴族の私室に連れていかれる事の意味を理解した。もちろん、父が自分を売ったのだろうと直ぐに察した。それで、窓から上手く逃げ出し、偶然に子爵の執務室の天井裏に潜む事に成功していた。


リナは自身の実の父親が保身の為、自分の身体を売り飛ばした事にはそれ程驚く事はなかった。だが、ダニエルが時々リナを抱かせて欲しいと嘆願した時は…。唇を嚙みしめて…唇からは血が滴った。


実の父親からそのような言葉が出れば当然だろう。リナは賢く、ダニエルの事を見透かしていたが、どこかで信じたいという気持ちもあったのだ。だが、その淡い期待はダニエル自身から発せられた言葉で無残にも打ち砕かれた。リナは涙を拭き拭うと、天井裏から慎重に逃げ出した。


彼女が子爵の家から逃げ出したのは言うまでもない。彼女は奴隷だが、行く当てはあった。出入りの行商人から聞いた事があった。教会に行けば、無茶な奴隷の扱いから保護してもらえる。そう聞いていた。


リナにその事を教えてくれたのが、自身の母親の兄である事はリナは知らなかった。彼女の母親の兄は不憫な妹の娘が心配で、悪辣で、近づくべきではない、ダニエルの家に色々なものを卸していた。全てリナを見守る為だったのである。一人ぼっちに見えるリナは本当はたくさんの人に見守られていた。

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