類は友を呼ぶ
放課後魔法勉強会の部屋に戻ると、水曜日でも無いのに全員がそろっていた。何故かケイティアーノもソファーに座ってお茶を飲んでいる。
「二年生から一組に上がりましたし、魔法の勉強会に混ぜていただこうと思ってきたのですけど、カイン様とディちゃんが不在だったので待たせていただいていたんですのよ」
と言うことだった。
一仕事終えたカインとディアーナとアウロラ、そして治療はして貰ったものの精神的に疲れてぐったりとしているエドアルドがソファーへと座り、お茶を飲んで一息つくまではまったりと静かに時が流れた。
「で、何があったんだ?」
口火を切ったのはアルンディラーノだった。学園内で起こった出来事だし、平民を虐げる貴族という図式の事件だったので、上への報告は必要だろう。そう判断したカインは、かいつまんでつい先ほど起こった出来事を皆に説明した。
「はぁ? なんだそのクソ野郎。遊びって言うのは真剣にやってこそ楽しいんだ。権力を振りかざして勝ちを譲って貰うとか遊び道の風上にもおけないな」
「なに、遊び道って」
「僕には、セレノスタ師匠という石はじきという競技の師匠がいてだな……」
話を聞いたアルンディラーノが怒りをあらわにしたが、ジャンルーカにツッコまれたことによって話題が横に逸れてしまった。途中でディアーナも参戦し、しばらく石はじき談義に花が咲いてしまった。
「えーと、話を戻そうか。親の商売を盾に貴族から身分を理由に長いこと虐げられてきたって事だな」
「そりゃあ、貴族を嫌いになっても仕方ねぇなぁ」
クリスが同情するように言いながら、エドアルドの肩を掴んで体をよせ、良い子良い子と頭を撫でた。エドアルドがうっとうしそうにその手を払う。
「まぁ、近衛騎士団の訓練に混ざってても、父上の目の届かないところで嫌味言ってくるやつはいたもんなぁ。父上が退職して俺が騎士になれなければ平民のくせにーって」
「貴族だって、貴族の中で、能力が……低ければ虐げられるけど」
ぼそりとラトゥールがつぶやくが、今の問題はそれとはちょっと違うのでカインはあえてスルーした。
「でも、本当にひどい貴族だけだったの?」
ソレまで大人しく座っていたアウロラが、そう問いかけた。
「取引先に年齢の近い令息令嬢がいる貴族家への営業時に、連れて行かれたんだよね? ハッシュラスの家と、そこからの紹介ばっかりじゃないよね?」
「それは……」
アウロラの問いかけに、エドアルドがうつむいて考え込む。
「ご令息そっちのけで、優しく遊んでくれるずいぶん年上の令嬢がいる家があった。あそこは、お姉さんの方がボクを気に入っていたんで、同じとしぐらいの令息とは遊ばなかったかも」
思い出したように、エドアルドがポツポツと語る。
「あの頃からボクは容姿が優れていたから……えーと。そうだ、お姉さんはお人形さんごっこしようと言って、ボクを下着姿にして、色んな女の子向けの服を着せ替えられた」
「こっちもクソ案件だったわ」
「でも、ボクに着せるためのドレスをウチで発注してくれたから、だいぶ儲かったよ」
「ハッシュラスと同じ手法だよ。まさか、今でもつながり無いよね? 未だに着せ替え人形にされたりしてないよね?」
真剣な顔で聞いてくるアウロラに、うんうんと慌てて頷くエドアルド。
「お姉さんはどこか遠くにお嫁に行ったって聞いた。その後はその貴族家とは疎遠になった気がする」
「他に、他にもっと連れて行かれた貴族家は無かったの?」
アウロラの言葉に、答えたのはケイティアーノだった。
「ウチにもきた事があるはずだわ。ヴァルテル商会とは水魔法の関係で取引がありますもの」
涼しい顔をしてのんびりとお茶を飲む。エドアルドによるディアーナ侮辱事件の時の怒りは、もう収まっているらしい。
「私、幼い頃にあなたと遊んだことがありますわ。なんちゃって石はじきをして遊んだけれどつまらなくて、そうしたらあなたが水切りという遊びを教えてくれたのだけれども」
覚えていないかしら? とおっとり首をかしげた。
当時のケイティアーノは、刺繍の会で出会ったディアーナに「石はじきという大変楽しい遊びがある」と聞かされて、うらやましく思っていたのだという。ただ、侯爵家の整った庭には落ちている石などないし、ケイティアーノの側に侍る使用人達はほぼ貴族なので、一緒に遊ぼうとしても誰も石はじきという遊びを知らなかったのだ。
そこに、商談に来た商人の子どもというのがやってきて、しばらく遊んでやってくれと父にいわれたのだ。平民の子なら石はじきという遊びを知っているかもしれないと思い、ケイティアーノは教えを請うたのだ。刺繍の会でディアーナが説明した石はじきのルールは、当時四歳のディアーナが説明しただけあって結構支離滅裂でわかりにくいものだったのだろう。聞いた瞬間はわかった気になっていたケイティアーノも、いざ親や使用人に説明しようとすると上手く説明できなかったのだ。
残念ながらエドアルドも石はじきという遊びは知らなかった。石遊びは遊び道具やおもちゃを持てない貧しい子の遊びなので、平民ではあってもお金持ちの家の子だったエドアルドには縁のない遊びだったのだ。
ただ、令嬢と遊ぶ予定で来たので、エドアルドのポケットにはいくつかのガラス玉が入っていた。ビー玉やおはじきのようにして遊んだり、ただ光を透かして覗くだけでも綺麗なので、身の回りの女の子達には好評だったので、貴族令嬢も気に入るかと思って持って行ったのだ。
それで、ケイティアーノのつたない説明から想像する「石はじき」と言うものをやって見たのだ。しかし、ケイティアーノが怪我をしないようにと芝を敷かれた庭では、投げつけたガラス玉も転がらないし跳ねない。しばらくやって、これの何が面白いのだろうと二人で首をひねったのだった。その後、池に突き出した四阿でおやつを食べている時に、とある焼き菓子をケイティアーノが「好きじゃ無い」と言ったのを切っ掛けに、その硬くて平たい焼き菓子を使って水切り遊びをしたのだ。残すと料理長が困った顔をするので、無理をして食べていたケイティアーノだったが、嫌いなお菓子が水の上を四回五回と跳ねて飛んでいくのは楽しかった。その後、池の魚たちが焼き菓子に群がってしまい、使用人が大騒ぎになってお開きになったのだ。
「またきてね、と言ったのにそれっきりだったわ」
「……思い出した。たしかに、平民だからってみくださず、ボクに質問したり水切りを褒めてくれたりした令嬢がいた」
それを切っ掛けに、エドアルドの身分を気にせず遊んでくれた貴族令息令嬢がわずかだがいたことが思い出された。
「貴族全員が平民を見下す嫌なヤツばっかりじゃ無いってことだ。ただまぁ、嫌な思い出程、思い出すし残るんだよな」
あーあ、とクリスが嫌そうな顔をする。アルンディラーノはクリスを友人扱いしてくれるし、父の同僚からはやっかまれて平民のくせにと陰口をたたかれることもある。それをクリスもよく知っているのだ。
「つまりは、さっき廊下でアウロラ嬢とディアーナが話していた通りってことだよ」
「なんだっけ?」
「類友ってやつ」
「類は友を呼ぶ?」
「そうそう。平民のエドアルドに対等に接したケイティアーノは、ディアーナの友だちだし、ディアーナはエドアルドの事を平民だからという理由で見下したりしない」
「当然ね。でも、お兄様のことを侮辱した時にはきちんと怒るよ」
ディアーナの言葉に、うんと頷いてカインが答える。
「この放課後の魔法勉強会のメンバーは、ケイティアーノの友だちのディアーナの友だち達だ。ここにいる子たちは、みんな理不尽な理由で人を虐げたりはしない」
「まさに類友、ですね」
ジャンルーカが嬉しそうに笑う。
「一方で、ディアンデル。ハッシュラスとその友人だ。エドアルドをおもちゃにするのが楽しいぜつって呼び出して、一緒になって楽しめるヤツらなんだから、まさに類友だよな」
そう言って、カインが「エドアルドの詐欺被害者一覧」のリストを取り出した。ディアーナとアウロラが様子がおかしい人としてピックアップしたうち、詐欺商品を買わなかったと言った人達の方のリストだ。
「この、ディアーナ達に『買わなかった』と言った上で、エドアルドも『売らなかった』ってしるしつけなかった生徒たち。こいつら、ヴァルテル商会と付き合いのある貴族達だったんだよね」
カインは、エドアルドの謝罪行脚が終わった後、このリストが気になって調べていたのだ。
「なぁ、エドアルド。この君がチェックを付けなかった生徒たち。『買ったんじゃ無くて無料で提供させられた』んじゃないのか?」
カインのことばに、エドアルドがはっとした顔で頭をあげた。カインは、やっぱりね、と一つ頷く。
「どういうこと? お兄様」
「つまり、アウロラ嬢とディアーナが探ったとおり、詐欺商品を信じたせいで友人と仲が悪くなったり容姿に自信を持ったりしてたんだよ。でも、エドアルドは商品を売ってないって言った。それも嘘じゃなかったんだ。売らずに、奪われていたんだから」
カインの言葉が進むにつれて、エドアルドの握る拳が白くなっていく。気がついたジャンルーカがそっと手のひらを添えて、優しく撫でてやった。
「子どもの頃から下にみて、自分の都合の良いおもちゃみたいに扱ってたんだ。便利な道具は献上して当然って思考だったんだろ。だから、このリストでチェックがついてないやつらは、ディアンデルと同類なんだろうなって思ったんだ」
「ふーん。全部、子爵家とか男爵家とかだな」
カインが手に持っているリストを横からのぞき見たアルンディラーノが家名をなぞっていく。
「ってことは、ディアンデル・ハッシュラスが親玉だな。伯爵家だし。あいつを懲らしめておけば他の奴らも大人しくなるだろ」
ふんっと鼻を鳴らして、アルンディラーノはリストを指ではじいた。カインの手からはじかれたリストはひらりと風にのりながら、滑るように床の上へと落ちていった。
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