ヒーローは遅れた頃にやってくる
アンリミテッド魔法学園は広く、古い。時代時代で増築や改修などもされているので突然の行き止まり、開けた先に何もないドア、途中までしかない階段、上っているように見えて下っている坂道、開かずの間などの意味不明な構造になっている場所が複数ある。その上、カインたちが放課後の魔法勉強会に使っているような特殊な条件でしか開かない部屋などもあるため、隠れて悪い事をするのに都合の良い場所というのが多々存在している。
ただし、魔法塗料の塗られた壁の中を飛び回る影の鳥たちが監視カメラのような役割をしていると噂されているため、飛び抜けた悪い事をする生徒というのはなかなか現れなかった。
「ここはなぁ、壁の塗料も剥がれていて影の鳥も飛んでこない場所なんだよ」
「へぇ! さっすがディアンデル様! 物知りですね!」
「兄貴が教えてくれたんだよ、先生に知られたくない事やるんならここでやれってな」
「さっすがぁ。ハッシュラス伯爵家は知識の貴族と言われるだけのことはありますね!」
薄暗い廊下の奥、片方のドアの蝶番が外れて倒れてしまっている扉の奥に、廊下が行き止まりになっているせいで小部屋のようになっている場所。そこに三人の生徒が立っていた。
ディアンデルと呼ばれた生徒が言った通り、そこの壁は塗料が剥がれてボロボロになっており、壁の中を飛ぶ影の鳥も飛べそうになかった。
先ほどからしゃべり続けている二人と、相対するように立っているのは、顔を真っ青にしたエドアルドだった。
「じゃあ、早速だけど聞かせて貰おうか。高貴な人達の弱点をさぁ」
ディアンデルは意地の悪そうな顔をニヤリとゆがませて、一歩エドアルドに迫る。それに合わせて、取り巻きとして付いてきていた生徒も、逃げ道を塞ぐように立ち位置を変えてエドアルドに近づいてきた。
「エルグランダーク兄妹は、結局いい仲だったんかよ? 聞いてきたか?」
顎をあげ、見下すような目つきでエドアルドに高圧的な態度で迫るディアンデル。びくりと肩をゆらしたエドアルドは、か細い声で漸くといった感じで答えた。
「ただの度が過ぎたシスコンなだけだった。あの二人の間に恋愛感情と言ったものも恋愛的な関係もなかったよ」
相手に聞こえるか聞こえないかの声は震えていたが、それは怖くてではなく悔しさからの震えだった。
「あぁ? つまんねぇなぁ。スキャンダルの一つもありゃあ崩しようもあるってのによぉ」
「ほんとですよねぇ! ハッシュラス伯爵家に有利な情報、他になんかとってこなかったのかよ!」
二人の言葉に、エドアルドはだまってうつむいたままでいた。その様子にイラッときたのか、ディアンデルはガンっと思い切りエドアルドのすぐ隣の壁を蹴りつけた。パラパラと乾いた塗料が壁から剥がれ落ちてくる。
「じゃあ、王太子や隣の国の王子様の弱みは? あのクソ生意気な見習い騎士のでもいいわ!」
「あの、王子の金魚の糞の騎士ですね! あいつの弱み握ってぎゃふんと言わせるのもいいですね!」
取り巻き令息は、小さく音が出ないように拍手をしてディアンデルを持ち上げる。
「……隣国の王子は、小さい頃泣き虫だったらしい」
「はぁ? そんなのからかいのネタにはなっても、ズリ落とすネタにはならねぇじゃねぇかよ!」
「他にはないのかよ?」
「無い……」
「はぁ? ふざけんなよ! 誰のおかげでお前の父親の仕事がうまく行ってると思ってんだ! あんまり生意気なコトしてると、ハッシュラス家はお前の所と取引やめるぞ!」
ディアンデルがエドアルドの前髪を掴み、顔を無理矢理上向かせた。
「可愛いくせに生意気な顔しやがって……そうだ、お前噂ばらまくのも得意だったよな? 商人の情報網とかいって自慢してたもんなぁ?」
「……」
「じゃあ、エルグランダーク兄妹は本当は恋人同士だって、血がつながっているのに恋人同士として愛し合っているって噂ながせよ」
「なっ。そんなこと出来るわけ無いだろ!」
「口の利き方がなってねぇ!」
髪を掴んでいるのとは逆の拳で、ディアンデルはエドアルドの腹を殴りつけた。
「『はい、喜んでやらせていただきます』だろぉ? あのお綺麗なだけの兄貴を失脚させて、スキャンダルで嫁のもらい手がなくなった妹の方を俺が貰っちまえば、俺は次期公爵様ってわけだ」
「さすがです! ディアンデル様! その時は俺も引き上げてくださいね!」
「ああ、補佐官にしてやるよ。あのエルグランダーク妹の方も、生意気そうだが顔はいいからな。せいぜい可愛がってやるとするさ」
エドアルドの掴んでいた頭を投げ捨て、下卑た想像に高笑いするディアンデル。その笑い声に被さるようにして、後ろから声が響いてきた。
「ねぇ、燃やしても良いか?」
「この辺は木造らしいので学校が火事になりますよ」
「じゃあ、氷漬けにしていいか?」
「ダメよお兄様。悪はきちんと裁かないとダメなのよ」
怒気を含む声一つと、のんきそうな声二つが聞こえたことに、三人は勢いよく振り返った。
そこには、ディアーナを先頭に、カインとイルヴァレーノがその後ろに従う様に立っていた。
「いつの間に……」
「これは……違うんですよ、エルグランダーク公子様。こいつが怪しい噂を流してたんで、俺の方が懲らしめてやっていただけなんですよ!」
「そう、そうなんですよ! ディアンデル様が、あなた方の不名誉な噂を流そうとしていたこいつを更生させてやろうとしていた所なんですよ」
「ご存じでしょう? ちょっと前にこいつが、噂話や偽商品で人を仲違いさせたのを謝って回ったことは」
「そうですよ、ほとぼりが冷めたからか、またやろうとしていたんで、昔なじみのよしみで注意してやろうって……」
慌てて言い訳を重ねていくディアンデルと取り巻き少年の声が、狭い小部屋にワンワンと響く。
「ええぃ! 静まれぇ! 静まれぇい! ここに御座すお方をどなたと心得る! 恐れ多くもリムートブレイク王国筆頭公爵家嫡女、ディアーナ嬢であらせられるぞ!」
ディアンデル達の声をぶった切るように、カインが朗々と良い声を響かせた。驚いたディアンデルたちはピタリと口をつぐんだ。
「……こ、この美しい金色の髪と透き通る青い瞳を見忘れたとは言わせぬぞ」
ぼそぼそと、無の極致といった無表情でイルヴァレーノが続く。
「一つ、一年生を可愛がらない! 二つ、ふらちで破廉恥な妄想三昧! 三つ、醜い出世欲を振りかざす性悪な先輩を! 退治てくれよう! 正義の味方、ディアーナ参上!」
ズビシッとまっすぐにディアンデルの顔を指差し、反対の手は腰に置いて仁王立ちしているディアーナが決め台詞を放った。
「……何をいってるんだ?」
ぼんやりと、あっけにとられてそうつぶやいたディアンデルをよそに、ディアーナは大きく息を吸って胸を張った。
「お兄様! イル君! 懲らしめておやりなさい!」
その言葉を合図に、壊れた扉の向こうに立っていたカインとイルヴァレーノが、風のような速さで小部屋に飛び込み、それぞれ足払いを掛けて転ばせ、腕を掴んで後ろに回して固定。
エドアルドに対して偉そうにしていた二人は、あっという間に制圧されてしまったのだった。
壊れずに残っていたドアの向こう側から、アウロラの「ぶふぉっ」という女子らしからぬ吹き出した声が聞こえてきていた。
ディアーナの闇魔法でちょっとだけ空中に浮かせられたディアンデルと取り巻きは、イルヴァレーノに引っ張られて教員室へと連れて行かれた。
物陰に隠れていたアウロラが入れ違いに入ってくると、殴られたエドアルドのあざなどを聖魔法でいやしていく。
「痛いの痛いの、遠いおやまにとんでけー。……と、あ! 髪の毛の生え際も赤くなっちゃってるじゃん。可哀想に、痛かったよねぇ。我慢して偉いねぇ。良い子だよぉ」
「……ありがとうございます」
「お、素直じゃーん」
エドアルドの回復をアウロラに任せながら、カインはディアーナと一緒にその小部屋の周辺を調べる。
「あー。なんかここ、煤がこぼれてる。たばこかなんかやってるヤツがいるなこれ。成分によってはクスリかも」
「お兄様、こっちこっち。ひっかき傷で相合い傘とお名前が書いてありますわ」
「……逢い引き現場にしてるヤツもいたのかもなぁ」
壁を軽くコツコツと指先で叩けば、魔法の塗料がぽろぽろと落ちてきた。改装と増築の狭間に忘れられた空間として取り残されてしまったここは、来るまでに窓から出入りしたり回り込まないと見えない通路を通ったりする必要があった。校舎整備や校内の見回り経路からもはずれてしまっているのだろう。
「報告して、潰すか壁の塗り直しをしてもらうかしないといけないな」
「壁の鳥さんも、純愛の清い交際なら先生に告げ口なんてしませんものね。引き続き恋人達の聖域としては引き継がれて行くとロマンティックでいいね」
ディアーナが、そっと壁の落書きを撫でながらそんなことを言った。身分差のある恋人達が、恋人として過ごせるのは学生のうちだけだ。
こういった秘密の場所も、無くなってしまえば困る人もいるのだろう。悪人じゃなかったとしても。
「さて、なんかさっきのクソやろうと昔なじみっぽい会話してたね? 知り合いなの?」
一通り怪我が治ったらしいエドアルドに、カインは改めて声を掛けた。エドアルドがひねくれた理由については、ゲームでちらちらと出てきた過去についての告白から大雑把には知っているが、イルヴァレーノ編のようにしっかりとした過去回想シーンがあるわけではないので詳しくはない。
具体的に、幼少期にエドアルドにトラウマを与えた貴族令息の名前なんかが出てきたわけではないので、ディアンデルがその人物なのかも確定しかねていた。
「ハッシュラス伯爵家は、レースの買い入れ先なんです」
「取引先って事ね。……レースってそんなに、取引を打ち切られると困るもんなの?」
衣装のことなので、カインはディアーナに聞いた。ディアーナも首をかしげた。
「ドレスや帽子、服飾小物に良く使われていますけれど、レースがどこ産なのかは気にしたことがありませんでしたわ」
ディアーナもピンと来なかったらしい。
「ハッシュラス伯爵家は養蚕が盛んな領地を持っていて、大きなレース工房を運営してるんです。絹で出来た高級レースはほぼ独占状態です。うちは何でも扱う商会だけど、特に女性向けのドレスや小物、それらを作る布なんかは単価が高いのもあって商売のメインになってるんだ。布なんかは別の工房から買い入れてるけど、ハッシュラスのレースの取り扱いがなければ、はやりのドレスは仕立てられないし、レースと合わせた布選びがしたい人は布までウチで買わなくなってしまう」
つまり、ハッシュラスのレースが無ければ、服飾関係の商売がほぼあがったり状態になってしまうということだ。
「四歳くらいの頃から、父が商談に行く際に一緒に連れて行かれるようになりました。ハッシュラス家にも同じぐらいの年の子がいるから、仲良くして貰えって」
「同じ年っていっても、ディアンデル・ハッシュラスは僕の一個下だから今年四年生だろう? 小さい頃は三歳違えばだいぶ違うとおもうんだけど」
「はい、体格が全然ちがうので、何をやっても敵いませんでした。でも、彼の機嫌を損ねて取引をなくされてしまっては父が困ると言うことは分かっていたので、色々と我慢したんです」
そう言って、エドアルドは腕をさすった。
最初は、かけっこや隠れんぼなどをして遊んだらしい。
それ自体は微笑ましいし子どもらしいと言えた。しかし幼い頃の三歳差は大きく、絶対に勝てないかけっこ、絶対に勝てない隠れんぼ、絶対に勝てない木登りなどをやらされて、その都度『やっぱり平民はダメだなぁ。体力も無いし能力も無い!』と笑われていたのだという。
「たまたま、本当にたまたま一度かけっこで勝てたことがあるんです。でもその時は、すごい剣幕で怒られて、なじられて、お父様に言いつけてやると言われて、土下座させられたんです」
「まぁ! 小さい人ね!」
昔から、孤児院の子ども達に交じって真剣勝負をしてきたディアーナには、貴族だからと忖度されて勝つ事に何の魅力も感じられない。そんなことをして勝ちを得て喜ぶ人は、軽蔑に値する人だとディアーナは思っていた。
「あるときから、取引の際にハッシュラス令息が友人も呼ぶようになったんです。何をしても勝てるボクと遊ばせてやるって言って、声を掛けたらしくて。……その日も、心を無にして令息達が気持ちよく遊べるように努力しました」
「DVクソ野郎」
エドアルドの言葉を聞いて、アウロラが静かにキレていた。アウロラの寄りかかっていたドアのフチが、握力の力で割れているのを見て、カインは内心「おっかねぇ」とビビっていた。
「でも、それが切っ掛けというのかな……。ハッシュラス令息とは別に、自分自身でボクを使って遊びたいと思った令息が、自分の親に頼んだらしくて、ボクの家と取引したいと言い出したんです」
「うわぁ。類友」
「アーちゃん、類友ってなに?」
「類は友を呼ぶってことわざで、友だちっていうのは自然と似たようなヤツ同士で連なっていくって意味だよ」
「クズの友人はクズってことね」
ディアーナが「完全に理解したわ!」という顔でアウロラに向かってサムズアップしてみせた。学園に入って、アウロラと友人になってからディアーナの俗世化が急速に早まってしまっている。
カインは「まだエドアルドが話してるから!」と二人を小声で注意した。
「結果として、取引の際に年頃の令息の家に僕を連れて行くと、子ども達の伝手で取引先が増えていくので、父は大喜びでした。そして、さらにもっと、とボクを貴族家に連れて行くことが増えて……そこで貴族令息がボクを平民だからと見下した遊びをして……その繰り返しだったんですよ」
そこで、エドアルドはふぅと一息ついた。そして「これで分かったでしょう? ボクが貴族を嫌いな訳が」と努めてニヒルそうな表情を作って肩をすくめて見せた。
エドアルドが疲れた顔をしていたので、話は一旦切り上げて、放課後魔法勉強会の部屋まで移動することにした。
「いやぁ……。水戸黄門と暴れん坊将軍と桃太郎侍で来るとは思わなかったわ。男二人女一人で女がリーダーだから『あんた達、やぁっておしまい!』『アラホラサッサー』の方でいくかと思ってたわ」
帰りの廊下で、ハッシュラス令息らを教員に引き渡して戻ってきたイルヴァレーノと合流したあと。イルヴァレーノがエドアルドに肩を貸し、その後何があったのかをディアーナが説明している後ろでアウロラがコソッとカインに話し掛けた。
「……疑問なんだけど、アウロラ嬢って前世の享年何歳?」
カインも、大概古いネタを仕込んでいるという自覚はあるが、アウロラの台詞は時々アラサーサラリーマンだったカインよりも古い時代のはやりを引用している時がある。もちろん、本編は知らずネットミームで得た知識を元にしている可能性もあるが、全体的に古い気がするのだ。
「……女性に年齢を聞くなんて失礼ですよ」
カインの質問に、ほっぺたをぷくーっと膨らませてそう返すと、「ディちゃーん」と前を行くディアーナに追いつくべく駆け出してしまった。
「いや、前世の事だし聞いたのは享年じゃん……」
カインの反論は、壁の中を飛んで行く黒い鳥だけが聞いていた。
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