エドアルド君の商魂

なんとなく、一件落着的な空気がでてきた控え室だったが、エドアルドが恐る恐ると言った風に小さく手を上げた。


「あの、先ほども説明したとおり、ハッシュラス伯爵家との取引が無くなると困ってしまうんです。助けて貰ったのにこんなこと言いにくいんですけど、あの場の事は無かったことにしてくれませんか」


 そう言うエドアルドの顔は、どうにも言いにくい表情だった。

 ケイティアーノの発言を切っ掛けに、幼少期の貴族家訪問も悪い事ばかりでは無かったのを思いだせた。

 エルグランダーク兄妹や王太子殿下、隣国の王子様達が対等に接してくれる事で貴族にも平民を「人として」接してくれる人がいることを知った。

 カインとイルヴァレーノ、アルンディラーノとクリス、ディアーナとアウロラといった、身分の壁を越えて友情を育んでいる例が目の前にあることで、それが可能なことだと知れた。

 しかし、純然として乗り越えられない身分の差というのがあることも、エドアルドは知っているのだ。


「ハッシュラス家の領地内にあるレース工房は、ハッシュラス伯爵がダメといえば、一斉にウチとの取引を打ち切るでしょう。ディアンデルが言えば、ディアンデルの取り巻きだった奴らの家もウチとの取引を引き上げるかもしれない。それじゃあ、ウチの商会が立ちゆかなくなってしまうんです」

「うーん。取り巻き達の家との取引も、仕入れの方?」

「いいえ、彼らはほとんどは顧客です。だから、売上げが上がらなくなってしまうんです」


 先ほどのリストからすれば、ほとんどが子爵や男爵だったので、商才で叙爵したのでなければ、公爵家と比べれば微々たる売上げであることが予想できる。


「売上げの方は、ある程度なんとかしてあげられるかもしれないよ。なんせ、ウチは公爵家だからね」


 カインの言葉に、急にエドアルドの顔がキラキラと光り出す。希望の光だ。


「あ、そこまで期待されても困る。まるっと全部商会を乗り換えるとかはできないからね。さすがに昔から付き合いのある所を切ってまでって訳にはいかないから」


 カインの言葉に、しおしおとしおれていくエドアルド。なかなかに感情が素直に表に出る子である。これで商売人としてちゃんとやっていけるのか、他人ごとながら心配になるカインである。


「あれ? そういえば、ケーちゃんちの傍系のどっかが絹とレースつくってなかったっけ」


 ディアーナが思いついたように言う。


「え? ……ああ、祖母の実家かしら。北の辺境領近くの領地で、細々とやっているとは聞いた事あるわ。雪に閉ざされる期間が長いからレースや刺繍を良く作っているらしいけれど、いつも王都の流行情報が遅れて届くから、レース模様の柄が流行遅れになってしまって売れないって言っていたわ」

「定期物資の馬車などから情報を得ているからじゃ無いかしら? ねぇ、エディ君。最新流行のデザインとか、もしくは商会の方で今後流行らせたいデザインを早馬でケーちゃんのおばあちゃまの実家に届けてレースを作って貰うのはどう?」


 売れない理由が流行遅れなだけなら、最新の流行をいち早く伝えれば良いのだ。そして、商人ならば、自ら流行を作るぐらいの気概をもたないとだめだろう。

 ディアーナの言葉に、考えるように目をすがめるエドアルドと、困った様な顔をするケイティアーノ。


「デザインを頂いてレースを編むことは出来ると思うけれど、基本的には冬の手仕事としてやっている事なのよ。領地に工房をいくつも建てて作っている所と量では勝負できませんわよ?」

「無いよりましだよね。それに、売れ残っているレースがまだあるなら、時代が巡っていっそ新しく見えるヤツもあるらしいし、ドレスの使う場所を選べばドレス作りの材料としては十分かもしれないし」

「そうねぇ。一度祖母に相談してみるわ」

「ボクも、お父様にこの情報を伝えてみます」


 ケイティアーノの実家の他にも、細々とレースを作っているところがあるかもしれない。そういったところと細々と契約していけば、総量としては足りるようになるかもしれない。ただし、一カ所から一括で買い付けるよりは輸送費も掛るし値段交渉やデザイン交渉にも手間暇がかかるようになる。

 どちらをとるかは、エドアルドの父がエドアルドをどの程度愛しているかによるだろう。


「あのー。私からも一ついいかな」


 次に手を上げたのは、ジャンルーカだった。


「こちらの国のレースって、編みレースだよね。繊細で美しいなって思っていくつかお土産に買わせて貰ったよ」

「ありがとうございます」


 ジャンルーカがレースを購入したのがエドアルドの実家かどうかは分からないが、エドアルドはぺこりと頭を下げた。この辺は染みついた商売人のくせなのだろう。


「それで、私の国ではレースと言えば刺繍レースなんだ。こう、細工断裁したフチをかがり刺繍で縁取っていったり、布面も刺繍で飾り立てていくタイプのレースね」


「はい。実物はあんまり見たことありませんが、刺繍の細かいものだととても美しいものもありますよね」


 同意をして、ジャンルーカの話の先をうながす。


「シルリィレーア姉様。……私の兄の婚約者なんですが、その家が、刺繍レースの工房をもっています。もし、刺繍レースの方でもよければ、シルリィレーア姉様に取引の打診をすることもできますよ?」

「え、初耳」

「カインは、あまり服飾関係には興味無かったでしょう。ディアーナ嬢へのお土産にって、シルリィレーア姉様から刺繍リボンとか貰わなかった?」

「……貰った」

「まぁ、あのリボンは、シルリィレーア様のお家のものだったのですね!」


 初めて聞く情報に、貴族年鑑をみて名前と個人情報を丸暗記しただけでは、見えてこないものってあるんだなぁとカインは反省した。

 その後、とんとんと話はすすみ、とりあえず各自取引が可能かどうかを各保護者に確認する、という事で話はおわった。

 エドアルドは、外出届をだして一度家に帰るといい、控え室を後にした。




 帰りの馬車の中、ディアーナとカイン、イルヴァレーノとサッシャの四人で座って今日の事について反省会を行っていた。


「本当に、ほんっとーに、お嬢様の『真の姿』『正義の味方の姿』は悪漢共以外には見られていないんでしょうね?」


 サッシャが厳しい顔をしてカインとイルヴァレーノをにらみつけてくる。


「いない、いないから安心してサッシャ! そもそも知る人ぞ知るって隠れ家的な場所だったし、イルヴァレーノも周りの気配を探っていたし、後ろの通路についてはアウロラ嬢が見張っててくれたし、ちゃんと誰もいなかったから大丈夫だよ」


 それならいいのですが、とサッシャは深く座り直した。


「ケーちゃんちと、シルリィレーア様のところのレースがうまく行けば、ハッシュラス伯爵家と縁を切っても大丈夫になるんだよね?」

「まぁ、うまく行けばね。将来的な事を考えれば、商会持ちのレース工房を立ち上げるのが一番確実なんだけど、人件費やら建築費やら、初期費用は莫大になるし、なにより人を育てるのが一番大変だからなぁ」

「活用できるようになるまで、数年から数十年かかりますね」

「まぁ、いざとなったらネルグランディ領にレース工房を作る事を、お父様に進言してみるよ」

「そんなの、通りますか?」

「そもそも、国境を接している土地で、穀倉地帯っていうのは危ういんだよ。例年通りだったり豊作だったりする内はいいよ。生活に必要なものだから穀物を売っていればお金持ちだからね。でも、穀物は天候に左右される。大雨や日照り、隣国との戦争なんかがあれば収穫量がガクッと落ちてあっというまに借金地獄だよ。農業と武力以外の収益源を作っておいた方がいいんだ」


 リムートブレイクは、春と秋が長くて冬と夏が短い国だ。麦の収穫量は多く、あまり飢えで困ると言うことは少ない。

 しかし、飢饉が絶対にないとは言えないのだ。


「それに、シルリィレーア様の家との話し合いがまとまれば、刺繍レースの輸入馬車は絶対にうちの領地を通るだろう? その時に、一緒にネルグランディ産の編みレースも積み込んで貰えばいいんだ。『東に向かえば編みレースも刺繍レースも手に入る』ってなれば、交通量も増えるし人の流れも多くなるから、領的には繁栄していく事になる」


 それに、エドアルドに恩も売れるしね、とは心のなかに留めておく。恩を売っておけば、ディアーナをハメるようなことしないだろうという、下心である。


「カイン様は色々考えてますねぇ」

「サイリユウムとの貿易が盛んになれば、女性騎士の存在もこっちに伝わるだろう? 全てはディアーナが将来幸せになるための布石ってことだよ」


 ふっふっふ、とカインはわらってドヤ顔してみせた。

 ディアーナは喜び、イルヴァレーノは呆れ、サッシャは困った顔をしてカインの言葉に頷いたのだった。



 エドアルドのもう一つの使命、学園で将来の顧客をゲットせよ。父である商会長から厳命されていたこの指令は、アウロラの協力で解決することになった。

 もともと、将来の顧客を掴むために色々な商品を持ち込んでいたエドアルドだったが、ディアンデルの存在を知ってから貴族への憎しみが増大してしまい、相手を貶める道具ばかりを秘密裏に販売してしまっていた。

 そうでなくても、裏ルート的な感じで商品が必要そうな人に声を掛け、個別対応で商品販売をして行こうとしていたらしい。しかし、詐欺商品販売についてはケイティアーノ経由でカインたちにバレてしまい、謝罪行脚をさせられたことですっかり商売人としての信用をなくしてしまっていた。


「でも、学園内でものを売るっていうのは良いと思うんだよね」


 そういって、アウロラが紹介してくれたのは寮監のおばちゃんだった。


「実は、ド魔学って購買が無いんだよね。家から通ってるお貴族様には分からないだろうけど、学用品や生活用品が足りなくなったときに、外出届を出して~街まで繰り出して~必要な物を買って~重さによってはそれを何往復かして~せっかくの休日が潰れて~っていうの、結構キツイんだよねぇ」

「私もねぇ、寮生の子に「あれないですか?」「これないですか?」って色々聞かれちゃって。良く聞かれるものは少し用意しておくのだけど、足りなかったりたまたま切らしていたりすると、申し訳なくって」


 そもそも生活用品や学用品の販売は寮監の仕事では無い。寮監さんだって、仕事の合間に自分の生活の事をしているだろうに、自分の買い物のついでに寮生たちのよく使うものを余分に買ったりしてるだけだから、沢山は用意できないし。

 だから、学校側で校内に売店を作ってくれるとありがたいのだけど、と少し期待の混じる困った顔でエドアルドを見つめてきた。


 寮監さんを味方に付けると、その後はトントン拍子で話は進んだ。

 実は、教員室の事務員さんも寮監と同じ悩みを抱えていたのだ。消しゴムが無くなった、インクが無くなった、ノートがなくなった。みな、次の休息日には買いに行くからそれまでのつなぎの分を貸してほしい、もしくは売ってほしいと言ってくるのだ。

 毎日家から通う生徒は、帰りに街によるなり、明日までに用意してくれと使用人に頼むだけで良い。寮生でも、貴族で使用人を連れてきている生徒は、授業を受けている間にその使用人に用事をさせればすむ。

 貴族の多い学校だからこそ、「学校内に購買があったら便利」という発想にいたらなかったのだ。平民の生徒や、遠い領地から生徒だけで寮入りしている生徒などの細かい困りごとは、表に出づらかった。


 学生寮の寮監、教務員室の事務員。そして、一年生を主席で進級したアウロラ、四年生を次席で進級したカイン、その他王太子のアルンディラーノや隣国から来て寮生活をしているジャンルーカ王子のサインが入った嘆願書は、速攻で承認された。

 夏休みになる頃には、ヴァルテル商会・アンリミテッド学園学生寮支店と、アンリミテッド学園校舎支店が誕生した。


 購買が出来たことで、生徒達は喜び、ヴァルテル商会の息子であるエドアルドには「購買にアレを入れてほしい」「これもほしい」といった商品希望があつまるようになり、学生達の需要調査が自然にできる状態になっていた。

 

 夏休み前最後の放課後勉強会。全員が集まった控え室で、エドアルドが全員に向かって頭を下げた。


「皆さんのおかげで、ボクの学園での使命は達成されました! ありがとうございます!」


 入学から半年での快挙に、商会長はとても喜んでくれたそうだ。頭をさげたエドアルドに、皆が暖かい拍手を送る。


「父から新たな使命があたえられたんです」


 そう言って一同を見渡すエドアルドの顔は明るい。


「これからは人脈だ! 沢山友だちを作りなさいって!」


 だからこれからもよろしくお願いします! と大きな声で挨拶をしたエドアルドの顔は、満面の笑みで輝いていた。

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