したたかな後輩

 新学期が始まり、皆が新しい環境に慣れてきた頃。学園内でひそやかにささやかれる噂があった。

 ・美人になれる化粧水というものがあるらしい。

 ・成績が良くなるキャンディーというものがあるらしい。

 ・絶対に告白が成功する花束というものがあるらしい。

 その他にもいくつかあり、どれもこれもうさんくさい品物に関するうわさばかりだった。


「筋肉が付いて強くなれる薬とかはないのか?」

「読むだけで、魔法が……覚えられる、本が欲しい」


 とクリスとラトゥールが単純にうらやましがり、


「いや、そんな物があったらさすがにまずくないか?」

「本当にあるとしたら、国で管理しないとまずいよね」


 とアルンディラーノとジャンルーカが危機感を示している。


「お兄様はすでにお綺麗ですし、頭も良いですし、片思いの相手もいらっしゃらないから必要無いものばかりですわね」

「ディアーナもすでに可愛いし、成績も良いし、ディアーナの告白にノーと言うヤツがいたら僕が亡き者にするし、必要の無いものばかりだね!」


 兄バカ妹バカの二人は今日もいちゃいちゃとしていた。

 ディアーナとイチャイチャしつつ、カインは「始まったなぁ」と思ってアウロラをチラリと見た。アウロラの方も同じ事を考えていたのか、カインの視線を受けてこくりと頷いた。


「今日もディちゃんの顔面は至高ですね、わかります」


 そう言ってサムズアップして見せた。カインとは同じ事を考えていなかった。


「さて。冗談はともかくとして、そんなうさんくさいものが本当にあるのであればアル様経由で国に管理をお願いしなくちゃいけないし、偽物が出回っているのであればそれはそれでクリス経由のお父上経由で騎士団に取り締まりをお願いしなくちゃならない」


 パンパン、と手を叩いて注目を集めた上でカインが言えば、アルンディラーノとジャンルーカが真面目な顔でこくりと頷き、クリスは不満げな顔をした。


「なぜですか? 水を顔に塗るだけで美人になったり飴をなめるだけで成績が良くなったり好きな人が必ず好きになってくれる花束とか、すごい便利じゃないですか」


 クリスが噂にあがっている便利グッズを指折りかぞえつつ疑問を呈した。


「学校中の人間がその飴をなめて、全員がテストで百点取るようになったらどうなる? 成績というものに意味がなくなってしまうぞ」

「勉強というのは『勉強する習慣』っていうのも大事なんだよ。飴をなめて成績が良くなってしまったら皆勉強の習慣がなくなってしまうよ」


 アルンディラーノとジャンルーカが続けて答えた。


「そもそもの話ですけど、『成績が良くなる』という効果で間違いないんですの? 『頭が良くなる』ではなくて?」


 ディアーナがさらにツッコミを入れた。


「噂話だからなぁ。商品効果が正しく伝わっているとも限らないね。どっちなんだろう」

「それって何か違うのか?」

「違うだろう……成績は、テストや課題に対して……教師が付ける結果、評価。選択問題を、あてずっぽうに選んで、運良く当たっても良い成績には、なる」

「あーなるほど。頭が良くなるってのは、ちゃんとテストに向き合ってちゃんと良い点が取れるし、授業中の先生の質問にもちゃんと答えられるようになるって事だな」


 完全に理解したわ、と言いながらクリスがウンウンと頷いた。

クリスも、勉強よりは運動の方が好きというタイプなだけで頭が悪いわけではない。簡単にでもちゃんと説明すれば理解は早い。


「美人になる化粧水も、そもそも『美人とはなんぞや』って所から始まりますしね」


 アウロラがそう言ってお菓子をつまむ。今日のお菓子はアルンディラーノが王宮から持ってきたお菓子だ。どこぞの貴族からの貢ぎ物らしい。


「告白が成功する花束もなぁ。自分がそれで告白されたらと思うとぞっとするよ」

「私は、もしかしたら国際問題になってしまうかもしれませんね」


 王族コンビがしみじみと語っている。恋人問題、結婚問題が国の問題になりかねない立場にいることを自認しているからこその言葉だろうが、カインからするとジャンルーカの台詞は冗談では済まされないものがある。

 ゲームのド魔学ではまさに「ジャンルーカに国内の貴族令嬢を嫁がせて国交を友好的にしよう」という思惑からディアーナをあてがおうとし、主人公に惹かれていたジャンルーカがディアーナをジュリアンに押しつけるという事態になるのだ。

 ジャンルーカと国内貴族の令嬢の結婚、という内容はカインに取って非常にナイーブな言葉である。


「ジャンルーカ様に、リムートブレイク王国の令嬢との婚姻話とか出てませんよね?」

「? ないけれど、どこかからそんな話がでているの、カイン?」

「いや、無いのならいいんです」


 念のためで質問してみたカインだが、そんな話は出ていないと言うことでほっと胸をなで下ろした。



 この一連のうさんくさいアイテム情報の出所は、ゲームシナリオ通りであるならば、エドアルドである。

 しかし、カインとアウロラが「エドアルドの仕業です」と言った所で証拠もなく「ゲームでそうだったから」と言うわけにはもちろん行かない。

 だからこそ、解決するにはゲームシナリオをたどるように証拠を掴んで、エドアルドを捕まえるしか無い。


「場合によっては近衛騎士案件だけど、噂だけじゃあ通報もできないからね。ちょっと僕たちで探ってみようか」

「ふふふっ。名探偵ディアーナの出番ですのね!」


 そんなわけで、まずは噂の出もとを探すことになった。




 ゲームシナリオ通りだし、と思って高をくくっていたカインだったが、うわさの出所探しは難航していた。

 どうにも、怪しいアイテム類の販売相手は貴族に限られているらしいのだが、貴族は貴族でそんな道具に頼っている事はプライドが邪魔して表沙汰にできないようで、実際に買ったという情報が全く出てこないのだ。また、商品の売買はもっぱら学生寮で行われているらしく、学園内での目撃情報は皆無なのだ。

 出会いのイベントでアウロラとエドアルドの間に面識が出来ていないので、平民同士として近づく切っ掛けも無くなってしまっているのだ。


「授業の合間に一組の皆に聞いているんだけど、皆しらないっていうのよ」

「剣術補習の時に見習い騎士仲間に聞いてみても、みんな知らないってさ。まぁ、筋肉が付くサポーターとか剣術が上手くなる肉とか無い時点で、そもそも興味もてないんだよな」

「寮の食堂で話を聞いてみるのだけど、ちらほら目撃情報は聞くんだけど『見かけたような?』レベルの話ばかりで、どこだったのか、誰だったのかっていう具体的な話は出てこないんだよね」


 アウロラも、女子寮の友人達や平民仲間にも話を聞いたりしているようだが、エドアルドは男子生徒なので女子寮での取引はできないだろうし、ド魔学には平民の生徒が数えるほどしかいないので噂を広めるには力が弱い。

そんなこんなで、これと言った情報は何も得られなかった。

 後輩ルートは、学年が違うためスチルが付くようなイベントの数は他の攻略対象者と比べて少ない。廊下ですれ違うだけのイベントや、食堂でたまたま一緒になるだけのイベントなどは起こるものの、シナリオに関わるイベントは好感度が上がるまでは三ヶ月に一度ぐらいの頻度でしか起こらないのだ。

イベント発生を待って発生場所に先回りするにはだいぶ時期を待たなくてはならなくなる。


「こうしてる間に、腹黒ショタっ子が貴族の友人関係壊してる可能性がありますね」


 アウロラが顎に手を添えて真面目な顔をする。

 エドアルドは、富豪の子で身分は平民という設定で、極度の貴族嫌いで卑屈な平民も嫌いというひねくれた性格をしている。

家の商売の事もあるので外面は良く、自分の愛らしい外見を使って巧みに人の心に入り込んでくるが、裏では悪態をついたりすさんだ目をしていたりする裏表のある人間なのだ。

 ゲームのド魔学では、怪しい商品を売りつける裏マーケットを学校内に流行らせ、そこで得た情報を元に友人関係にある貴族達を仲違いさせたりして楽しんでいた。


「シナリオ通り、アウロラ嬢が平民同士の気安さで近づいて説得するってのはどう」

「普通にいやですけど? 当事者になったらスチル回収できないじゃないですか」


 カインのジト目をよそに、


「あ、カイン様が仕掛けるってなったら教えてくださいよ。近くに忍びますから」


とウキウキと続けていた。


「まぁ、平民として学園に通っている上に、こうやって王族二人に公爵家の人気兄妹、意外とカッコカワイイと評判のクリス君と仲良くしているってので私にも色々ありまして。私としても貴族の方々に思うところがないわけじゃないんすよ」


 そう言いながら、アウロラは皮肉な笑顔を浮かべようとして失敗していた。引きつる頬をさすりながら、コホンと空咳をして仕切り直す。


「まぁ、貴族令嬢達に可愛がっても貰ってますが、やっかんでちょっかい掛けてくる令嬢もいます。アウロラちゃんが可愛いので下心満載でなんとかしてやろうって令息もいますが、助けてくれる令息もいます。だから『貴族が』っていうでっかい主語で語る事はしませんが……」


 ふぅ、とため息をついて改めてカインに向き合った。


「知らない貴族の友情が壊れようが知った事では無いので、積極的にエドアルドを潰そうとは思いません。もし、私に親切にしてくれた貴族に手を出されれば本気をだしますけどね。だから、裏技を使った解決には手を貸しませんよ。正攻法でいくなら、ちゃんとお手伝いはします」


 そう言うと、アウロラは「今日は寮の夕飯が肉なんでお先に失礼します」と言って帰っていった。


「……お兄様、アーちゃんはこの件の犯人はエドアルドって人だと断定してるの?」


 カインのすぐ隣にいたディアーナがカインの顔を見上げてくる。


「……エドアルドって名前、だしてた?」

「うん。『エドアルドを潰そうとは思わない』って。それって、怪しい道具を売って友人関係を壊してるのはエドアルドだって知ってるってことでしょう? っていうか、怪しい道具を売るだけじゃなくて、貴族の友情を壊しているんですの?」


 わからないように、ここまで普通に皆で共有出来てる情報の範囲内で会話しているつもりで、ゲーム知識を漏らしてしまっていた事に気がついたカインは、眉間を揉んでぎゅっと目をつぶった。


「……確証はないんだ。だから、まだ皆は彼が犯人だと断定しないでくれ」


 カインはそう言ったが、聞いてしまった情報を聞かなかったことにはできない。意識はしてくれるだろうが、皆の頭の片隅に『エドアルド』という名前は残ってしまっただろう。

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