領地にて

 リムートブレイク王国は春と秋が長く、冬と夏が短い。

 前世で高温多湿な夏が長くなっていく世界で生きていたカインとしては、とても過ごしやすい世界に生まれ変わったものだと感謝している。


「カイン、領地に行きなさい」

「は?」


 秋の終わりのある日、いつもの様に領地から届いた嘆願書や報告書を処理するために事前仕分けしていたカインに、父ディスマイヤが声を掛けてきた。


「すみませんお父様。もう一度お願いします」

「領地に行きなさい、カイン」


 聞き返してもディスマイヤの答えは変わらなかった。


「……なぜ?」

「領地で秋の祭りがある。領主の参加を熱望されているので、領主代理として行ってきて欲しい」

「領主が熱望されているのだから、お父様が行けば良いじゃないですか!」


 カインの魂の叫びが炸裂した。


「後期になってダンス授業が増えてきて男子パートが踊れるからって女子生徒達からモテモテの引っ張りだこになって調子に乗っちゃってる可愛いディアーナから目が離せない時期なのに!」

「そういう所だぞカイン……。相変わらず気持ち悪いな」


 カインの物心がついた頃から、父ディスマイヤはエルグランダーク家当主であり、ネルグランディ領の領主であった。

 カインが生まれたときにはすでに祖父母は鬼籍の人となっており、曾祖父母は生きていたものの諸国漫遊をしているそうで会ったことが無い。

 若くして公爵家当主、そして広大な土地の領主となった父ディスマイヤは苦労したらしい。母のエリゼや仕事の補佐をしている使用人達が時々カインにもそんな話を聞かせてきた。

 なぜか、パレパントルからは父の苦労話を聞いた事は無い。


「次期当主、次期領主として仕事を覚えている最中だと言って学園を半休学状態にしているんだ。領地に行って領主の仕事を学ぶと言っても不自然じゃ無いだろう」

「せめて、ディアーナも一緒に領地にいける神渡り休暇まで待ってくれてもいいじゃないですか!」

「お前を邸で匿っておくのにも限界がある! 跡継ぎ教育が始まったと聞きつけてお前に釣書を送ってきたり、お見合い前提のお茶会したいという申し込みもある。ここに居れば断り続けるのにも限界がくる」

「……お年頃令嬢界隈では、僕の評判は最悪だったんでは」


 『ディアーナ最優先、令嬢蔑ろお見合い茶会』の噂が広がったことで、カインは同年代の令嬢達から嫌われていた事がある。当該の令嬢二人とはすでに和解済みではあるが、一度染みついた嫌悪感というのはなかなか拭いされる物では無い。それが、本人カインを知らず噂話を元に持った嫌悪感であれば、なおさらだ。


「なんだ、お年頃令嬢界隈って」

「それに、アル殿下の婚約者が決まらなければ、僕の婚約者になりたいなんて令嬢出てこないと思ってましたけど」

「お前とディアーナが学園に通い始めたからだ。学園でのディアーナの評判が良いんだよ。高位貴族の令嬢なのに気さくで優しくて優秀。あの妹ならばデートに三人で行くのでも構わない、と思ったそうだ」

「世間が僕に追いついてきたって訳ですね」

「あと、お前だカイン。噂と違って紳士だって評判らしいぞ」

「? あまり学校でディアーナやアル殿下以外と関わりないんですが……」

「少しキザでナルシスト気味だがとても優しくて親切でなんかキラキラしている公子様、噂なんてあてにならない、嫁ぐのに最適って評判だぞ」

「……それ、多分イルヴァレーノの方ですね」


 転入当初から、ゲームド魔学のイベントがありそうな時期や場所にディアーナが関わりそうなとき、見守るためにカインは授業をサボる必要があった。

 その時に、影武者としてカツラと眼鏡をかけたイルヴァレーノに授業を受けさせていた事がある。

 どうにもイルヴァレーノの中の「カイン像」というものがキザでフェミニストでキラキラしてるらしく、影武者をしているときに話し掛けられたりするとそのように振る舞っているらしい。

 黒髪になってしまった今でも、時々イルヴァレーノがカインのフリをして学園に行くこともあるので、その「キラキラカイン様」のイメージは現在進行形で広がっているのだろう。


「とにかく、他の貴族を躱し続けるのも限界が来ているんだ。領地の城にある図書室もこことは違う蔵書だから新たな発見もあるかもしれないし、腰を据えて元に戻る方法について考えてこい」

「ディアーナと別れたく無いですぅ……」

「カイン、王都にいてはお前も気が休まらないだろう? ディアーナを庇って魔族の魂をその身に受けて、それに一週間あらがって、体を取り戻して……。元に戻る為に色々やって成果も出ず。今の姿を人に見せられないから、変装中は気を抜けないし、使用人に見つからないようにコソコソしなければならないしで、疲れただろう。領地ならやりようによって人目を気にせず過ごせる。療養のつもりで領地に行こう」

「お父様……」


 領地は領地で、八歳の頃から夏に遊びに行ったりしているので金髪青目の美形兄妹の存在は知られている。しかし、領城の使用人達は半分騎士みたいなところがあって良い意味で大雑把な人が多い。神経質ではない分変装の違和感など気にしなそうではある。

 そればかりでは無いだろうが、ディスマイヤもカインを気遣っての提案なんだろう。


「僕は、ディアーナと一緒に居たりディアーナの天骨の匂いを嗅いで才能を見定めたりするのが一番の療養なんですが」

「そんなだから引き離そうとされるんだぞ? なんにしろこれは当主命令だ。次期当主、そして次期領主として仕事を覚えている所なんだから領地に行って領主の仕事を学んでこい。つべこべ言わずに出かける準備をしておけ」


 出立は三日後、イルヴァレーノはパレパントルに準備について聞いておくように、と言い残してディスマイヤは図書室から出て行った。




 馬車で四日掛けて領地へと行き、領主城での生活が始まった。

 執事服を着てパーシャルの後にくっついて領地の運営や屋敷の管理について学んでいく。

カインが到着した時には、城中の鏡が撤去されており、カインは黒い髪が視界に入らないように帽子をかぶって生活をしていた。


「そういえば、黒いドレスの女の目撃情報ってどうなった?」


 領地に来て三日ほど経った日の夕方、食事をしながらカインがキールズに聞くと、


「ちょうどカインがになった時期あたりから出なくなったな。魔獣の出没量も徐々に戻りつつあるよ」


とキールズが教えてくれた。


「魔王が体を得て、素体探しが不要になったので魔獣をけしかけての『試し行為』をしなくなったとかかね」

「どうだろうな。まぁ、おかげで騎士団の見回りも通常通りに戻せたし良かったよ。種まきの時期だし馬や牛も出産シーズンだし」


 ネルグランディ領は穀倉地が多いので、農繁期には実家に帰って家業を手伝ったりする騎士も多い。家業でなくても、請われれば水路の修理や畦の盛り直しに駆り出されることもある。

 魔獣の出没が減らなければ、警戒態勢を解くことも出来ず、農作業の進捗に影響があったかもしれなかった。


「それなら良かったよ。でも、生きる糧である『負の感情』を得るために何かを襲ったり怖がらせたりって行動にいつ出てくるかわからないよ」

「ああ、カインが乗っ取られていたときに感じた感情や欲求についての報告書読んだよ。恐怖を感じたり憎んだりする方が魔獣を寄せ付ける可能性があるってやつな」


 カインは、体の中に魔族の魂を入れていた時のことを報告書としてまとめて提出してある。世間への公表については報告書を元にした検証や実験をしてからになると聞いていたが、キールズの手元には届いていたようだ。


「ネルグランディ領は辺境領地だからな、魔獣と戦闘経験のある騎士も大勢いるし検証や研究に協力することになってるんだよ」

「あ、それで。キールズも読んだんだね」

「公表できるわけじゃないが、実験の一環として猟師や山菜採りに入る領民には「陽気な歌をうたいながらやるように」って通達を出してあるよ。効果があるのかないのかわかるのは統計とって一年後って感じかな」

「……いや、猟師は歌ってたらだめじゃないか?」


 獲物が逃げるだろう。


「まぁ、元々山菜採りの領民なんかは野生動物避けに鈴を持って行くっていうのはあったしな。先日は『森を行く陽気な歌コンテスト』が行われたぞ」

「何それ」

「森や山で歌う陽気な歌って具体的になんだ? って問い合わせが騎士団に結構な数きたんで、じゃあ作っちゃおうぜ! ってことになったんだよ。オリジナルソングを持ち寄った猛者達が発表しあって、投票で決めた」

「何それ楽しそう」

「今度、森に行くときに歌ってやるよ」

「それはいいかな……」


 一通り会話を交わして食事が済むと、キールズはスティリッツの待つ自宅へと帰っていった。まだ新婚さんなのに付き合わせてしまって申し訳ないな、とカインは思った。



 翌日は、カインは黒髪金目状態のまま、正体を隠して領地の騎士団に体験入団した。


「キャロル・エルビスです。アイスティア領騎士団から騎士団の運営や訓練方法などを学ぶためにやってきました! 短い間ですがよろしくお願いします!」

「……あー。俺の補佐としてついて回るんで、何か質問されたら答えてやってくれ」


 頭痛を我慢するような顔でキールズがそう言えば、前に整列している騎士達は「おう」と胸に手をあてて応えてくれた。

 叔父で騎士団長であるエクスマクスは領地の端っこのほうへと行っているらしく、領都と領城付近は副団長がとりまとめているらしい。その副団長もカインと一緒にやってきた領主のディスマイヤの護衛として領地視察について行って不在なので、今日は代理の代理としてキールズが取り仕切っている。カインはそこにつけ込んだのだ。


「所属騎士達の居住環境や住宅補助、勤務態勢ってどうなってますか?」

「は? 居住環境って何が聞きたいんだ?」


 朝礼解散後、早速カインがキールズに色々と質問をしていく。独身騎士の住居環境や家族の居る騎士の住居環境、給料の計算の仕方や配り方、騎士の仕事内容を細々と。微に入り細に入り聞いてくるカインに、二時間もする頃にはキールズが辟易とした顔になってきた。


「そんな細かいところまで、領主が知ってる必要なくないか?」

「でも、叔父様は把握してるんだろ?」

「どうせ、カインが領主になったときには騎士団俺に丸投げにするくせに」

「ディアーナが領騎士団に入団するかもしれないだろ。ディアーナの職場環境については知っておかないと」


 カインの言葉に、さらにうんざりとした顔をした。


「他国との戦争となれば国王軍と協力して出陣する事もありますが、普段の魔獣対策や領地内の見回りなどについては領地内で完結しています。勤務地はよっぽどの偏りがなければ騎士の地元に派遣しますから、元々住んでいた家にそのまま住んでもらっています。これでいいか?」

「うん。そうすると、ディアーナが騎士団に入った場合は領城から通うことになるよね。そうだとすると、勤務地は領都とその周辺か」

「なんか、ディが領騎士団に入る前提で話すじゃないか」

「もちろん、王都騎士団に入れる方法も並行して探っていくよ」

「今のネルグランディ領騎士団は女性騎士をうけいれてねぇぞ」

「それね」


 キールズの言葉に、カインはふふんと鼻を鳴らしてドヤ顔をする。


「王より領地を賜った領主には、国の法律と矛盾する事の無い範囲にかぎり領地独自の法律を制定することを許可するものである」

「なにそれ」

「リムートブレイク王国法の中の、領地管理法の一部」

「法律全部覚えてんのかよ」

「法務省の役人になるって前から言ってるだろ。それで、騎士団の運営についても領地管理法の範囲内なんだよね」

「辺境領地しか騎士団を持つことができないとかは、王国法の騎士叙任に関する法律じゃないのか?」

 さすがに、キールズも騎士団関連の法律は一応さらっているようだ。

「騎士団を持つことが出来るか出来ないかとか、騎士団の最低維持しなければならない規模と最大超えてはいけない規模についてとか、そういうのは騎士叙任に関する法律の方。入団資格や団内の規約規則なんかは、領地管理法に基づいて領主の権限が及ぶんだよ」


 それはそうだろう。

 領地の地形や敵(魔獣や仮想敵国)の種類によって騎馬がメインなのか歩兵がメインなのかも変わってくるし、弓兵の方が良いのか剣士や槍兵の方がいいのかは変わってくる。

 とにかく人数が足りなくて技量がいまいちな人材も登用しなくてはならないのか、人口が多い領地で優秀な人物のみ選抜しても十分なのか。その辺まで国に管理されてしまうと騎士団運営などまわらない。


「まぁ、確かに領騎士団の入団試験とかに国の役人が絡んできたりしたことないな」

「つまりね、女性の希望者を募って女性騎士団を作ります! というのも、僕が領主になれば可能になるってわけ。希望者が多ければディアーナがたった一人の女性騎士として孤軍奮闘する必要もなくなるだろう?」


 入団資格の性別制限の撤廃や、募集方法の改善、女性向け独身寮の新設など領主であれば出来る事も沢山ある。


「領地運営はキールズに丸投げしようと思っていたけど、やっぱり僕がやるべきかなって思い直したんだよね!」

「どこまでも、カインはディ中心の人生だな」


 夕方から夕飯までは、騎士見習いとして領騎士団の訓練に混ざり、運動不足になっていたことを反省したカインだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る