第382回カインの姿を戻す方法を考える会議
学校の授業が終わり、水曜日の放課後魔法勉強会の時間。
使用人控え室として借りていた部屋には、いつものメンバーが集まっていた。
サッシャとイルヴァレーノ以外は開けられない扉と言うこともあって、カインはカツラと眼鏡を取ってソファーに座っている。
「なんか、黒髪金目のカインを見慣れてきちゃったな」
アルンディラーノが、向かい側に座っているカインをまじまじと見つめてくる。放課後魔法勉強会のメンバーは、すなわち魔王討伐隊のメンバーなのでカインの事情を知っている者しかいない。
「お兄様は格好いいので黒髪も金色の目も似合ってるけど、それでも一緒に堂々と学園に通ったり遊びに行ったりするためにも元に戻さないといけませんわ」
そう言って立ち上がったディアーナは、一同の顔をぐるりと見渡すと朗々と宣言をした。
「第三百八十二回お兄様の姿を元に戻す方法を考える会議! 開催ですわ!」
パチパチパチ―と、まばらな拍手が沸き起こる。
「そうは言ってもなぁ。今まで色々試してきたし、そろそろネタもつきてきたよな」
クリスが頭の後ろに腕を組み、天井を睨みながらそうこぼした。
クリスが言うとおり、これまで色々な方法を試してきたが、カインの髪色はもどらず、瞳の色もそのままだった。
「えーと。アウロラ嬢の回復系魔法がダメで?」
「治癒、解呪、解毒は試しましたけど、ダメでしたね」
「男装したディアーナと向き合ってイメージトレーニングしてから転移魔法もダメで?」
「ディアーナの顔に丸い鏡掲げて顔だけカインにしてもダメでしたね」
転移魔法の転移先の肉体については『自分自身を作る』としか認識されておらず、どの状態の自分になるのかについての研究はまだほとんどされていない。そもそも、土魔法と風魔法の両方を使いこなしていないと出来ない魔法なので、使用者が少ないのだ。
「ティルノーア先生も色々研究してくれてるみたいだけどねぇ」
カインとは逆で、ティルノーアは自分自身とは違う姿に転移できないか、という方向で研究してくれているらしい。魔道士団の団長から父親経由で時々手紙が送られてくる。
「いっそ、髪色を黒く染めました! ってことにしたらどうですか? 『最後にeの付く綴りのカインと呼んで!』 とか言って」
アウロラがのんきに提案してきたが、カインは無視した。赤毛のアンのネタなど、この場で肯定も否定も出来るわけがない。
「黒髪金目のカイン様の姿で悪さする可能性のある魔族が野放しだからなぁ」
今のところ、まだ目撃情報は無いらしいがいつ動き出すかわからない。体を得たからといって負の感情が生きる糧であるのには変わらないので、いつどこで事を起こすかわかったものではない。
万が一他国で問題を起こして、その時に黒髪金目のカインがそのまま公爵家嫡男として活動していれば、そのままカインが悪さをしたと言われかねない。国際問題である。
「近所の若者が、ビールでブリーチ出来ると言っていた気がします。やってみますか?」
アウロラが提案するが、その近所の若者はおそらく前世の近所だろう。カインも前世で学生だったころに話を聞いたことはあるが、明るい茶髪になる程度だったと記憶している。
「根本的な解決になってないじゃないか。髪が伸びるたびにビールを浴びなくちゃいけないなんてやってられないよ」
「髪の毛を一旦全部剃ると、髪質の違う髪が生えてくるって聞いた事がある。先輩騎士が頭部に怪我をしたときにスキンヘッドにしたんだけど、その後サラサラの髪になったって喜んでたって、父上が」
「お兄様を! つるつるの頭にするなんて絶対だめぇ!」
色々な意見がでたが、決定的な解決策は出ないまま生徒の最終退出時間になってしまい、その日は解散ということになった。
帰りの馬車で「一旦全剃りってのは、意外といい線行ってるんじゃ無いかと思うんだけど」
とカインがこぼしたところ、サッシャとイルヴァレーノから猛反対され、ディアーナには泣かれてしまった。そんなにつるつるはダメか……とちょっとしょんぼりしたカインである。
翌週、ラトゥールが転移魔法について書かれた書物を持ってエルグランダーク邸へとやってきた。
「水曜日になれば会えるのに、急ぎだった?」
「師匠、……からのお使い……なので」
カイン救出作戦の後、カインが紹介するまでも無くティルノーアが面白がってラトゥールを弟子にしていた。ティルノーアは大人なのにカイン救出作戦に黙って参加していた事を咎められてしばらく謹慎処分を受けていたらしい。出不精で図書館好きのラトゥールには珍しく、ティルノーアの所へは休息日毎に通っているらしい。それで、この週末に行ったときにお使いを頼まれたということだった。
「本?」
ラトゥールから渡されたのは一冊の本だった。
「この本が、なんだって?」
カインはティルノーアがどういう意図でこの本を渡してきたのかを聞きたかったのだが、ラトゥールは
「本は、読む物」
としか答えなかった。相変わらず、魔法が絡まなければ必要最低限しかしゃべらない。ド魔学ライターはさぞテキストの打ち込みが楽だったに違いない。
逆になるべく少ない口数でキャラクタの魅力を見せなくてはいけなくて大変だったかもしれない。
「ごもっとも、だね」
ラトゥールの言葉に小さくわらって、カインは本の表紙を開く。
お使いが終わればラトゥールはさっさと帰ってしまうかと思ったが、ソファーに座って帰る様子が無かった。
「イルヴァレーノ。ラトゥールにお茶とお菓子だしてやって」
もしかしたら、読んだ後に伝えるように指示されている言葉でもあるのかもしれない。そう思って、カインはイルヴァレーノに指示をだして改めて本へと目を落とした。
本の内容は『転移魔法は、自分の脳裏に強く『自分自身の姿』として認識されている姿を作り出す』と記載されており、その結論に至るまでに色んな人体実験が行われていた事も一緒に書かれていた。
人体実験に関する記述は非人道的で、カインは読んでいる途中で具合が悪くなってしまった。吐き気を抑えながらも最後まで読むと、向かいに座っていたラトゥールは
「禁書。師匠に返すから」
と言って手を差し出してきた。
「必要そうな所だけメモとるから待って」
「ティル先生が、だめと言っていたから、だめ」
ラトゥールが強く首を横に振るので、カインはメモをとることを諦めて、吐き気を抑えてもう一度本を読み直した。必要そうな場所に絞って、覚えておくべき部分だけを頭にたたき込む。
「はい」
「はい」
カインが本を手渡すと、ラトゥールは小さく頷いてそのままカバンへと本をしまった。魔法で鍵がかかるタイプの高級そうなカバンは、ティルノーアからの貸与品だという。
「ラトゥールはこれ、読んだの?」
カインが聞けば、ラトゥールはフルフルと首を横に振る。
「ティル先生が、読んではいけないと言うから……読まなかった」
そういうラトゥールの顔には悔しそうな表情が浮かんでいるので、嘘ではないのだろう。素直な少年である。
「そうだね……気になるなら、もう少し大人になってからティルノーア先生にねだると良いよ」
この、非人道的な人体実験の記録を見て、魔法の勉強・研究に熱心な後輩がどのように感じるのか、受け止めるのか、ちょっと怖いと思ったが、ティルノーア先生が良いと許可を出すように成長しているラトゥールなら、大丈夫じゃないかとも思った。
ぺこりと頭を小さくさげて、ラトゥールは帰って行った。見送ったのち、私室に戻ってきたカインはドサリとソファに座るとだらしなく背もたれに体をあずけると、盛大にため息を吐き出した。
「何が書いてあったんですか?」
「人の脳みそいじって、自己認識を変更させる実験とか、そういうの」
カインの言葉をきいて、イルヴァレーノが眉を寄せた。小さい頃には幼児という見た目で油断をさそって暗殺を請け負ったりもしていたはずだが、人体実験といった事についてはちゃんと嫌悪感があるらしい。
ことある毎にカイン様の為ならやりますよ!? みたいなことを言うイルヴァレーノだが、カインとディアーナと一緒に育ってきた事で、ちゃんと情緒が育っているようだ。
胸くそな気分だったカインの胸を、ミントガムを噛みながら深呼吸したような爽やかさが一掃していった。
書物の実験結果を信じるなら、カインに自分が金髪青目だった時の姿を思い出させてから転移魔法を使えば良いのではないか、という事だった。
「でも、それならば今までやってきた事でも元に戻ってないとおかしくないですか?」
イルヴァレーノが首をひねる。
今まで、金髪のカツラと瞳が青く見える眼鏡を掛けた状態で鏡を見つつ転移魔法を使うとか、男装したディアーナを見ながら転移魔法を使うといった『イメージ先行作戦』はいくつかやってきているのだ。
カインに自分自身が金髪青目だった時のことをイメージさせてから転移魔法、という意味ではそれらも同じだろうと、イルヴァレーノは言いたいのだろう。
「本の中で書かれていた実験にさ、催眠術で『自分は有名な舞台女優だ』って暗示を掛けてから転移魔法を使わせたってのがあったんだけどね」
「はい」
「一応、その実験は成功したんだ。転移先に現れたのは元の姿とは似ても似つかない、有名な舞台女優にそっくりな人間だった」
「それなら、カイン様に『姿が変わってない、昔のまま』って暗示を掛けて転移すれば良いってことですか?」
「それがさ、転移魔法した人がね、顔を洗っても洗ってもアイシャドウも口紅も取れなかったんだって。爪も、赤いままどんどん伸びるし生えてくるありさまだったって」
「ああ……」
暗示を掛けられた人は、舞台女優の素顔を知らなかったから、化粧バッチリの姿で転移魔法を完成させた事になる。
「でも、カイン様は『髪と瞳の色が変わらなかった』と暗示を掛ければ別に不具合ないのではないですか?」
イルヴァレーノの言葉はもっともである。しかし、カインには一つ懸念事項があった。
「髪と瞳が変わる前の自分。それを暗示されたとしてさぁ? いつ頃の僕になると思う?」
「いつごろ、とは?」
「僕はさ、身支度なんかはイルヴァレーノがやってくれるから普段あんまり鏡見ないんだよ。最近は心配になって『もしかして戻ってないかな?』とか『カツラズレてないかな?』とか色々理由があって鏡見るようになったけどさ。自分の中の『以前の僕』が思ったより幼かったらどうしよう?って心配があるんだよ」
「なるほど?」
いまいち納得いっていない表情のイルヴァレーノであるが、カインの心配事はもう一つある。暗示のかけ方によっては「カインの前世の姿」まで戻ってしまうのでは無いか、と言うことだ。
鏡をよく見ていた頃といえば、おそらく自分で身支度をしていた留学時代になる。絶賛成長期であるカインは、二、三歳若くなるぐらいでも印象はだいぶ違うはずである。
それでも、カインの姿であればまだいい。『前の姿』という暗示で、スーツを着たアラサーサラリーマンの姿が出てきてしまっては困るのだ。
「まぁ、お願いする催眠術師の腕によるかなぁ。そもそも、そんな暗示をお願いするとなるとこの姿が変わってしまった事についても話さなくてはならないから、信頼の置ける相手を選ぶ必要があるしな」
暗示条件を細かに指定できるとか、事前に詳細に打ち合わせが出来るタイプであれば、確かになんとかなるかもしれないし、最後の最後は頼らざるを得なくなるかもしれない。
「パレパントル経由で、お父様に催眠術師を探してもらう様にお願いしてみるか」
「後で聞いてみます」
イルヴァレーノが手元のメモ帳に用事を書き込みながら頷いた。
「あの」
ふと、何か思いついたようにイルヴァレーノが顔を上げた。
「黒髪であることを気にされて、鏡を見ることが多くなったと先ほどいいましたよね」
「実際そうだろう?」
「たしかに、カイン様は以前はさほど鏡を気にされておりませんでした。……『イケメンポーズの練習』をしていたときぐらいでしたから」
「……そういうのは、思い出さなくて良いんだよ」
カインは自分の容姿の良さを自覚しているので、誰かに何かをお願いするとき等に自分の顔面を利用する事がある。おねだりするときに、事前に鏡の前で一番格好良く見える自分を研究していた事があり、それをイルヴァレーノに見られていたのだ。
「鏡をよく見るせいで、余計に自分が黒髪金目であることを意識してしまってるのでは無いですか?」
「あ」
一理ある。目から鱗の意見である。
「髪の色と瞳の色が変わってしまってから、転移魔法で体を分けるまで一週間ほどしか無かったのに変わってしまったのって、川で自分の姿をみてショックで印象強く残っちゃってたからってのもあるのかなぁ」
「自分の中にある、自分自身の姿のイメージが重要なのだとすればそうかもしれませんね」
この日以降、エルグランダーク家から全ての鏡が撤去された。全て倉庫へとしまわれたので、カインの姿が元に戻れば再び設置される予定となっている。
カインは倉庫への立ち入りが禁止された。
「じゃあ、男装した私が鏡に見立てた木の枠の向こうに立って、お兄様と鏡ごっこをしたのも、『自分の姿』と認識出来ていなかったからダメだったんですのね」
「どう見ても可愛い可愛いディアーナだったからねぇ」
ラトゥール経由でティルノーアから禁書を見せて貰った日の夜。ディアーナと二人で向き合って夕食を食べているところである。
「でも、サッシャやイル君からは、そっくりだーそっくりだーって言ってもらえてたのになぁ」
「ディアーナ検定一級の僕のディアーナ選別眼を舐めて貰っちゃ困るよ」
「ふふふっ。お兄様は、私大好きね!」
使用人達とカインの接触を少なくするため、カインは用事がなければ自室で食事をとっている。カツラやメガネで見た目をごまかしていても、いつどんな事故が起こるかわからない。客人が来たなど、理由があれば家族や客人と一緒にお茶を飲んだり食事をしたりもするが、その時はとても緊張していて気が抜けない。
「お兄様の肖像画を眺めて、これが自分だー! って思い出そうとしたのも?」
「なんか、お抱え絵師の描いてくれた肖像画ってあんまり僕に似て無くない?」
この方法も、考えたときは良いアイデアだと思っていた。そもそも、カインが自分の姿が変わっていると認識したのが流れる小川にうつる自分の姿を見たからだった。
流れる水に映る画像はゆがんでいて、鏡のように綺麗に映っている訳ではなかったが、髪が黒くなって瞳が金色になっている事ははっきりとわかったのだ。
「あの程度で自分の姿を認識するなら、肖像画だって変わらないと思うんだけどねぇ」
「実物のお兄様の方が美しいもの。カツラとメガネをして鏡をみてもダメだったのに、肖像画ではますます自分の姿だという意識をもてなかったのですわね」
そこまで言って、ディアーナがクスクスと笑い出した。
「ましてや、画家でもない私たちが書いたお兄様ではますますダメでしたわね」
魔法はイメージが大事、とはずっと言われていることなので鏡や男装ディアーナなどの施策を色々ためしていた訳だが、肖像画作戦の時は『似てないせいじゃないか?』とアルンディラーノが言い出したせいで、放課後魔法勉強会のメンバーでカインの肖像画を描いてカインがそれを見ながら転移魔法を使う、という事までやっていた。
「いやぁ。さすがにアル殿下は家庭教師が良いのか上手かったけどね、やはり絵は絵だなぁって感想になっちゃったからねぇ」
アルンディラーノやジャンルーカはそこそこ上手かった。
音楽芸術系は王族や高位貴族など、身分が高ければ高いほど教養として学ぶ機会が多い。
アルンディラーノとジャンルーカとディアーナは普通に上手かったが、『普通』に上手いの範囲を超えなかった。
「むしろ、クリスやラトゥールの描いた通りの僕にならなくて良かったでしょう?」
「確かに! くすくすくす」
二人の描いたカインの肖像画を描いて思い出し笑いが止まらなくなってしまったディアーナ。ちなみに、アウロラの描いたカインはアニメ調でゲームのイベント画面の模写みたいな絵だった。
「アウロラ嬢の……油絵の具使ってるのにセル画塗りが出来るのってある意味すごいよね」
「アーちゃんは、不思議な塗り方でしたわね」
セル画が何かはわからなくても、変わった色の塗り方だったという思いはあったようだ。
「屋敷内の鏡を全て撤去したんですってね、お兄様。今の話を聞くに、黒い髪の毛の毛先が目に入らないようにした方が良いでしょうから、これを貸してあげますね!」
そう言って、ディアーナは自分の髪を結んでいたリボンをほどいてカインへと渡してくれた。髪がほどけてゆるりとウェイブした髪が肩にゆれる。
「そうしてると、ディアーナも大人っぽくみえるね」
「そう!? じゃあ、明日からサッシャにお願いして髪を巻いて貰おうかな?」
三つ編みのあとがついて緩くカーブしている髪を指先でくるくると巻き取りながら、ニコニコとわらってディアーナが言う。
おもわず、ドリル巻きされた髪のディアーナを想像してしまい、カインが身震いした。
「普段とのギャップがあるからこそ、グッとくるんだよ、ディアーナ。普段はいつも通りの方がいいよ」
「そう?」
特にこだわりがあったわけでもないらしく、ディアーナは素直に髪から指を放した。
その後は、食後のお茶をゆっくりと飲みながらディアーナの学校での様子を聞いて過ごす。
おやすみなさい、と挨拶を交わしてその日は素直に就寝した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます