転生者会議
ジュリアン問題が解決し、謹慎処分となっていたティルノーアも仕事に戻り、ド魔学では各種試験が行われる等の日常が戻ってきた秋の終わり。
引き続き王宮騎士団のほうでは魔女と魔王の行方を追っているものの、これといった成果はでていないと言うことではあったが、概ね世間を見渡せば平和な日々が戻ってきたと言えるようになってきた。
相変わらず、必要最低限の授業と水曜日の放課後魔法勉強会にだけ自己変装をして学校に通い、それ以外は邸で跡継ぎ教育の一環として父の仕事を手伝う毎日を送っているカイン。
そんなある日、アウロラが一人でエルグランダーク邸へと見舞いにやってきた。
「カイン様、転生者でしょう?」
そろそろ寒くなってきたからと、温室の一角に作られているテーブルセットへと案内すれば、アウロラは開口一番そう切り出した。
「……」
ひとまず、カインは答えず様子を見ることにする。
イルヴァレーノはお茶セットを持ってくるために邸の方へと行っているのでこの場には居なかった。
「転生前は、ド魔学BLで腐女子だったんでしょう? TS転生は大変でしょうに……」
「はぁ!?」
様子見をする予定だったカインだが、思わず声を上げてしまった。何を言っているんだこいつは。カインの顔に困惑が広がっていく。
「それとも、イル様単推しの夢女ですか? 主従関係であるのを良いことにイチャコラしてましたよね」
「待て待て待て待て」
「攻略対象者達からことごとく慕われていますよね。もしかして、逆ハーエンド狙ってます? もともとド魔学には逆ハーエンドは無いんですけど」
「……」
「あ、でも、カイン様が男の子達を落として行ってるから逆ハーじゃないか」
「いや、本当に何言ってんの?」
アウロラの思い込みと暴走に、思わずツッコミを入れてしまったカイン。様子見をするとかごまかすと言った事が出来なくなってしまった。
「はぁ~。そう言うそっちはどうなんだ。ド魔学プレイヤーだったんなら女性かと思ったが、時々漏れてるオタクしゃべりを聞くに前世男オタクだったんじゃ無いかって気もするし」
「失礼ですね。前世も今世も立派な女ですよ。浅く広く色々な事に興味津々なライトオタクガールでしたよ」
そう言ってどかりと椅子に座ると、テーブルにひじを突いて顎を支える姿勢をとった。
「で、腐女子なんですか? 夢女子なんですか? それともガチな感じですか?」
鼻息荒く聞いてくるアウロラに、呆れて大きなため息を一つ。カインはこれ見よがしに丁寧に、紳士的に椅子に座って背筋を伸ばした。
「腐女子でも夢女子でも、ガチでもないよ。前世は普通のサラリーマンだよ」
「うそ。サラリーマンは乙女ゲームなんかやらない」
「偏見がひどい! サラリーマンだって乙女ゲームプレイしたって良いだろう。……ゲーム実況動画の配信者だったんだ。リクエストで上がってきたタイトルに『ド魔学』があったからプレイしていたんだよ。これで納得いったか?」
「デジマ!? 配信者名なんだったんですか? 見てた人かも! もしかしてあれ!? 東京ドームでゲーム配信やっちゃう系でした? あの人あこがれだったんすけど! ゲーム配信なのにドームでやるとか意味わかんなすぎて面白かったです! もしかして私死んだ後にド魔学やった感じ? えーうそー絶対見たかったのにー」
「一生懸命感想述べたところで申し訳ないけど、その人じゃない」
カインの前世の配信動画は、そこそこ人気はあったものの、全国規模でグッズまで販売されるような人気配信者と比べられると恥ずかしい気持ちで一杯だった。
「まぁ、それは追々聞き出すことにします。 男性配信者でド魔学やってた人って少ないから特定待ったなしっすよ。お楽しみに!」
「別に楽しくないし、特定してくれなくて良い」
カインがきっぱりと断ったところで、ティーワゴンを押したイルヴァレーノが入ってきた。茶菓子をテーブルの上に置き、お茶を入れたカップをそれぞれの前に静かに置く。
「イルヴァレーノ、お茶を入れるのが上手くなったね」
「恐れ入ります」
相手はアウロラではあるものの、一応は客ということでイルヴァレーノはよそ行きの顔を作ってカインの言葉に一礼した。
その後、カインの後ろに立って控えようとしたので、カインが小さく手を振った。
「あっちに庭師の若い子がいるから、手伝ってやってくれないか。なんかさっきから不穏な音が聞こえてくるんだよ」
カインの言葉に、イルヴァレーノはピクリと眉を震わせた。
エルグランダーク邸の庭師はずっと年老いた男性だったのだが、カインが留学する頃に引退をしている。弟子だった若い男性が引き続き庭師として入って居るのだが、この人間がおっちょこちょいで、良く植木鉢をひっくり返したりじょうろを持ったまま転んで水浸しになったりしている。
この時間は、客人の目につかない奥の方で温室内の花の世話をしているはずである。
イルヴァレーノはカインの腹心ではあるが、転生がどうのこうのという話を聞かせる訳にはいかないので、用事を言いつけたのだ。
「本来は、男女二人っきりにするわけには行かないってわかってますか?」
「わかってるよ。でも、温室のガラス越しに庭を行き来する使用人の目は届くし、そもそもアウロラ嬢だよ?」
カインの言葉に、ちらりとアウロラの顔をみたイルヴァレーノは、それもそうかという顔をして温室の奥へと歩いて言った。
「失礼極まりなくないですか。失礼ここに極まれりですよ。なんですか、私とでは間違いは起こらないってことですか? アウロラちゃんはめっちゃ美少女だと思うんですが?」
イルヴァレーノが背を向けたところで、アウロラが小声で抗議をしてきたが、カインは聞こえないフリをした。
「さて、じゃあ情報交換と行こうか」
「切り替えはやっ! さすが元社会人は違うぜ」
やがてイルヴァレーノの姿が大きめの観葉植物の向こうへと消えると、カインとアウロラは自分たちの前世や今現在で知っている事について情報交換を始めた。
カインは前世アラサーサラリーマンであり、ド魔学については全ルートクリア済みであること。ディアーナの破滅エンドを回避するため、アルンディラーノとの婚約を邪魔している事や、攻略対象者達とディアーナの間に友人関係を作る事で破滅回避を狙っている事などを説明した。
「私の前世は、まぁ大雑把に言えば不労所得で生きる勝ち組ニート……かな」
えへへ、と照れくさそうに言うアウロラに、カインは真面目な顔で向き合う。
「不労所得だとしても、自分で管理して収入を得ていたのならニートじゃないだろう。前世でいつも思ってたんだけど、『不労』所得って言葉が悪いよな」
ふんっと鼻息荒く言うカインに、アウロラは一瞬あっけにとられ、そしておかしそうに笑い出した。
「あははははっ。君は……カイン様は真面目っすねぇ! そうだね、それはそこまで頑張って積み立ててきた物が返ってきているだけだね」
アウロラは、カインが『不労所得』という言葉から何を想像したのかなんとなく察したが、あえて訂正しないでおくことにした。
「女は秘密があるほうが魅力的だもんね」
「?」
「ゲームも漫画もアニメも特撮も一通り嗜む感じのミーハー系ライトオタクだったっすよ。ド魔学は好きなゲームではありましたが、いざ自分がヒロインだよーとか言われても困るぅ~って感じっすわ」
アウロラは全攻略対象者をクリアしてはいるが、全エンドクリアしてるわけじゃないと言うことだったが、他エンドについては攻略ページやSNSのファンコミュニティやゲーム配信動画でだいたい知っているということだった。
「で、結局カイン様の前世は『腐男子』だったってことですか」
「腐れから離れてくれないか。イルヴァレーノを膝抱っこしただけで腐男子扱いとかひどいだろう」
「ちぇ」
舌打ちをしつつ「ハイハイ、ブロマンスブロマンス」などと訳のわからないことを言い続けるアウロラに、カインは空咳をして話題を戻した。
「全員死ぬ『皆殺しルート』はご覧の通り回避済み、ディアーナが死ぬ『聖騎士ルート』も俺が2Pカラーになるだけで回避できた。その他は、ボチボチ回避方向に進んでいるはずだ」
「そうですね。ジャンちゃまはなんか私以上に魔法やリムートブレイクの貴族文化に詳しいし、ラトゥールはジャンちゃまに懐いていて女子に興味なさそうですし」
「……なに、ジャンちゃまって」
「一部のファンの間ではそう呼ばれていたんですよ……。不敬でしたね」
「マックス先生も魔道士団にぶっこんで教師にさせなかったんで、このルートもない」
「あ、マックス先生居ないのもカイン様のしわざだったんですね。どうりで……」
二人で情報をすりあわせ、後は来年春に入ってくる下級生ルートのみ、それをどうするかについて話し合った。
「エディ……エドアルドは腹黒ショタっすね」
「平民だけど豪商の息子なんでお金持ち。貴族向けに商売してるから商談中に同年代の貴族子息の遊び相手にさせられていて、そこで平民だからと下に見られて虐めに近い遊ばれ方をしていたので貴族を憎んでいる……。学園では表向きは貴族に対しても友好的だけど本心では馬鹿にしていて、ガラクタを高値で売りつけたり噂話で貴族同士を仲違いさせたりして楽しむクソ野郎。同じ平民なのに貴族相手に対等に友情を育んでいる主人公を最初は憎むが、関わり合うウチに身分で差別しているのは自分も一緒であることに気がつき、主人公に心引かれる」
「良く覚えてますね。なんか腹黒キャラだったなぁぐらいの認識でしたわ」
「ディアーナの将来がかかってるからね。必死に思い出したんだよ」
そして、鍵付きの日記帳に書き残してある。時々、イルヴァレーノすら寝静まった夜に読み返して、クリアできたっぽいルートのページには現状を追記している。
「ちなみに、エドアルドルートのトゥルーエンドではディアーナは主人公へのいじめを捏造され退学、修道院送りだ」
「やはりクソ。現実だと思うと、攻略対象者は顔がいいだけで恋愛対象としてはノーサンキューな男の子ばっかりっすね」
「二年生が始まるまではあと数ヶ月あるから、出来る対策はしておきたいな」
「まぁ、私も今のディちゃんとは普通に友だちなんで。フラグ折りに関しては協力しますよ」
「そういえば、アウロラ嬢の恋愛観……っていうか、攻略対象者達に対する恋愛感情ってどうなってるんだ?」
アウロラの恋愛相手によって、ディアーナの破滅方法は変わってくる。ここまでアルンディラーノとディアーナの婚約を一生懸命邪魔しようと頑張ってきたカインだが、そもそもアウロラがアルンディラーノルートに入らないなら、婚約の有無は関係なくなるのだ。
「さっきも言いましたけど、どの人もこの人も面倒くさいのでお断りですね。ああいうのを『自分の影響で良く変わっていく!』って面白がれるのはゲームだからっすわ。そもそも、前世の享年の影響かみんな子どもすぎて……」
やれやれ、と肩を竦めて攻略対象者達を全否定するアウロラである。カインはふと思い出したことがあった。
「そういえば、前に俺の顔を見て『サイオシキター』って叫んでいただろう? ってことは俺が好きなんじゃ無いのか?」
アウロラの態度からそんなことないとわかっているが、あの時の台詞が気になってつい質問してしまった。ソレをきいて、今度は呆れたような小馬鹿にしたような顔になったアウロラに、
「それこそ逆ですね。大人っぽくてクールで冷静沈着できれい系だったカイン様ならアリでしたけどねぇ。現実のカイン様は解釈違いですよ。本物が解釈違い」
『公式が解釈違い』みたいなノリで言われてしまった。
カインとしても、ゲームのシナリオから逃れるために見た目やしゃべり方を意識的に本来のカインと変えてきたので、『解釈違い』は望むところではあるのだが。
「なんか、釈然としない……」
「そんだけシスコンムーブかましておいて、モテると思ってるところが逆にびっくりですよ」
その後は、年下の後輩ルートのシナリオを二人でおさらいし合って、さらにカインの髪色と瞳の色を元に戻す方法についても考えてみる、という事で話は終わり、お茶の時間はお開きとなった。
門までの見送りにはイルヴァレーノも付いてきたのだが、
「立派に育って……幸せにおなりよ……」
と涙目で言ってくるアウロラにイルヴァレーノがドン引きしてしまい、アウロラがさった後に、
「あの平民のお嬢さん、ちょっと気持ち悪いんですけど」
と鳥肌の立った腕をさすっていた。
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