ジュリアンの飛竜越境ごまかし大作戦
カイン救出作戦から一週間が経ち、アルンディラーノとクリスの仲が回復し、アウロラがカインの事を前世腐女子の転生者だと勘違いした頃、王都のエルグランダーク邸に思いもよらない客人がやってきた。
「ご無沙汰しております、カイン様。お元気そうでなによりです」
豪華な馬車から降りてきたのは、シルリィレーアだった。
急いでいたらしく、先触れの手紙が届いたのはおとといだった。エルグランダーク家には王家経由で届いたために一日余分に時間がかかっている。
「シルリィレーア様こそお元気そうで何よりです。……で、コーディリアはどうして?」
シルリィレーアの後に続いて馬車から降りてきたのは、カインとディアーナの従姉妹であるコーディリアだった。サイリユウムの貴族学校に留学中のはずで、こんな所にいるはずのない人物である。
「あー……。えーっと。同行者がジュリアン様で間違い無い、という証人になるために同行した……」
歯切れ悪く、目を泳がせながらそう言うコーディリアの後ろに、背の高い騎士服の少年が降りてきた。
「ハッ……」
「ひさしぶりであるな、カイン。お前の親友ジュリアンであるぞ」
どう見てもハッセにしか見えない少年が、カインの発言にかぶせるように挨拶してきた。自分はジュリアンである、と。
カインは目の前のシルリィレーア、その隣に立つコーディリアへと視線を流して(どういうこと!?)と目で聞くが、シルリィレーアは貴族の微笑みを称えたまま無言で、コーディリアは「はははは」と笑ってごまかしていた。
「え、えーっと。遠路はるばる我が家へお越し頂き恐悦至極に存じます。立ち話もなんですから、どうぞお入りください」
「うむ。苦しゅうない」
ウェイブのかかった金髪のカツラをかぶり、胸を張って偉そうな言葉遣いでしゃべっているハッセだが、騎士として鍛えているせいなのかジュリアンというには体つきが立派すぎる。
本物のジュリアンを知らなければなんとも無いのだろうが、知っていれば違和感がすごすぎて笑いがこみ上げてくるレベルである。
応接室へと案内し、メイドにお茶と茶菓子を用意して貰った後は人払いをして戸を閉めた。
「風よ、部屋を包み音の震えを遮れ」
ソファーに座ったカインは空中へと手を差し伸べて、部屋全体へと防音の魔法を掛けた。
「今日は平日なので、父も母も不在なんだよね。おとといに連絡を貰っていたから客室の用意は出来ているけど、仕事の調整とお茶会の予定はどうしてもずらせなかったみたいで」
「こちらこそ、急な訪問でもうしわけありませんわ」
カインの謝罪に、シルリィレーアが却って申し訳なさそうな顔で答えた。コーディリアはテーブルの上に盛られた茶菓子を遠慮無くもぐもぐと食べている。
「ひとまず、情報のすりあわせをさせていただきたいのですけどよろしいかしら」
「もちろんです」
シルリィレーアの言葉に頷くと、カインはちらりとハッセへと視線を移した。最後に会ったのはもう半年以上前だというのに、さらに体がでかくなっている気がする。
ジュリアンの護衛騎士兼側近として仕えるために、筋トレや訓練を欠かしてないのだろう。
良くこんな似ても似つかぬハッセをジュリアンの影武者として連れてきたもんだとカインは顔に出さずに苦笑した。
「そもそも、なんでジュリアン様が突然空から降ってきたのかもわかっていなくてですね……。助けに来てくれたらしいのですが、タイミングがバッチリすぎるので、本当の目的はなんなのかさっぱりで」
このタイミングでシルリィレーアとジュリアンを名乗るハッセがやってきたのは、もちろん飛竜で密入国してきたジュリアンがらみであろう。それしかありえない。
「それが、私たちもさっぱりですの。一週間ほど前に突然、竜騎士のセンシュールを捕まえて飛竜に乗ってどこかに行ったかと思ったら、夜になってセンシュールだけが戻ってきましたの」
頬に手を添えて、令嬢らしい憂えた顔をしてみせるシルリィレーア。
「本当に……。センシュール殿を問い詰めてみれば、殿下を置いてきたという! 全くあのお方は、遷都を控えて仕事だって山積みだというのに何をしたかったのか!」
静かに、低い声で怒るハッセはなかなか怖かった。
カインは、まぁまぁと二人をなだめてお茶のおかわりを勧めると、コーディリアへと顔を向けた。
「さっきの話だけど、ジュリアン様じゃない人を、ジュリアン様として国境を通すために一緒に帰国したってこと?」
そうだとすれば、だいぶ問題のある行動である。
「うん、そう。去年の試験対策のノートも貸してくださるっていうしちょっと学校休むぐらいは良いかなって。あと、国境まで飛竜で来たから、領地からここまで来るのにうちの馬車をお貸しする為もあって付いてきた!」
コーディリアはしれっとした顔であっけらかんとそう応えた。その態度にカインは頭を抱えた。
「コーディリア嬢には無理をお願いしてしまいましたわ。どうか、カイン様からもエルグランダーク子爵様に口添えをお願い致しますわ」
シルリィレーアが申し訳なさそうに、しかしにっこりと笑顔でそんなことを言ってくる、これは、おそらく向こうの王族もからんでそうだ。カインはさらに頭を抱えた。
エルグランダーク家の領地はジュリアン達の国サイリユウムと接地していて、両国の国境通過のための門が設置されている。カインも、留学終了時には国境まで飛竜で半日、領地から王都まで馬車で四日という旅程で帰ってきている。飛竜で国境まで来ると、リムートブレイク王国内の移動用にシルリィレーア達は自分たちで馬車や馬の手配をしなければならなくなってしまう。
そのために、辺境領の領主代理の長女であるコーディリアが同行を頼まれたのだろう。
「もう、それは別にいいです……」
そもそも、国境を守る門を通らず空を飛んで国を超えてきた王子様が一番悪いのだ。なんかあれば、全部ジュリアンのせいにしてしまおう。助けて貰ったけど、それはそれ、コレはコレである。
「ジュリアン様は今どちらにいらっしゃいますの? てっきりカイン様のところでお世話になっているとばかり思っていたのですけれど」
「ジュリアン様は、今アンリミテッド魔法学園の寮にいます」
カインの言葉に、ハッセがピクリと眉を動かす。
「ジャンルーカ様の元にいらっしゃるのでしょうか」
「そうですね。ひとまず、領空侵犯といいますか密入国と言いますか。ジュリアン様のお立場をどうすればいいのか判断しかねたので、ジャンルーカ様のところに居て貰ってます」
サイリユウムの貴族学校の寮とは違い、ド魔学の寮は身分によって部屋のランクが違っている。隣国の王族という立場のジャンルーカの部屋は広くて個室になっているので、人をかくまうのにはちょうど良かった。ラトゥールも正式に寮生になるまではお世話になっていて、『ジャンルーカ様の部屋のソファーは実家のベッドより寝心地が良い』と話していたぐらいである。
「学園には、視察というか見学という形で入れていただくことはできますかしら? まずは、ジュリアン様がなんのためにこちらに来たのかをお伺いしませんと」
シルリィレーアの言葉に、カインは改めて「おや」と思った。シルリィレーアとハッセも、ジュリアンがやってきた理由を知らないようだった。
「実はですね」
カインは、魔の森の一連の事件について、シルリィレーアとハッセに話すことにした。どうせ近いうちにジュリアンの口からバレるに決まっているので、適当に話されるよりは自分から丁寧に説明しておいた方がいいだろう。
「先日、魔の森という場所で魔女と思われる人物に襲われまして……」
カインは、事件の概要とジュリアンが空から降ってきたこと、ジュリアンの助力に助けられたことを端的に話し、かぶっていた金髪のカツラを外して黒くなった髪を見せた。
シルリィレーアは痛ましいという表情でカインを見つめ、ハッセは眉間のしわを三本に増やして厳しい顔をした。
「そんなわけで、ジュリアン様には危ないところを助けて頂いたので、なるべくおとがめ無しになる方向で話を持っていきたいんですよ」
実はジュリアンがリムートブレイク王国に侵入したことについて、カイン救出隊メンバー以外に気づかれていなかった。
事件後、空を飛んで逃げたはずの魔女と魔王について騎士団が駆り出されて王都の住民や近隣領地の貴族への聞き取りを行ったが、有益な情報がなかったと言う。
そう、飛竜がリムートブレイク王国の上空を飛んでいたという情報も、出てこなかったのだ。
ジュリアン曰く、乗ってきた飛竜は超高高度を飛んできており、地上から見上げても鳥かなにかだとしか認識されなかったのではないか、ということだった。
サイリユウム王国内を飛竜で移動する場合にも、気難しい領主が治めている領地の上を飛ぶときなどは超高高度を通って気づかれないようにする事があるらしい。つまり、確信犯である。
「騎士団などから、飛竜の目撃情報が出てきたら改めて『ごめんなさい』するつもりでジャンルーカ様の部屋にかくまって貰っていたんですが、全然情報が出てこなかった為に、ここまでズルズルとその存在を隠し続けるはめに……」
見た目が変わってしまったカインは、現在学園を休みがちなのだが、一年生達はもう普通に学校に通っている。ディアーナが言うには、ジャンルーカは口では色々言っているものの、兄と一緒に寝起きする生活を楽しんでいる様子だそうだ。
「今日の晩餐には父も母もいますから……このままハッセをジュリアン様ですと紹介するわけにもいきませんね。母はジュリアン様の顔を知ってますし」
カインは何通か手紙を書くと、イルヴァレーノに渡してそれぞれ届けて返事を貰ってくるようにと指示を出した。
「ジュリアン様の替え玉を用意した意義があったでしょうか」
「ナイス判断でしたよ、シルリィレーア様」
一時間ほどで戻ってきたイルヴァレーノが持ち帰った手紙に目を通し、カインは立ち上がった。
「今日のところは、ひとまず親族としての面会という形でジャンルーカ様の部屋へ訪問する許可がでました。行きましょう、シルリィレーア様、ハッセ」
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