全ては愛しい妹を守るため!
「あの、一つよろしいでしょうか?」
本格的に議論へと入る前に、カインは小さく挙手をして声を上げた。
「魔の森は、魔獣が良く出る場所として知られていますが立ち入り禁止区域ではありませんよね?」
「ああ。しかし、今回の件を受けて立ち入り禁止区域として指定する事も考えている」
「あそこは、近くに住む平民達の食料調達の場でもあります。安易に全体を立ち入り禁止区域などにしないようにご配慮をお願いします」
魔獣の出没が多く、森の奥の方は自然魔力も濃いと言われている魔の森だが、街道に近い浅いところでは角ウサギや牙タヌキといった小型の魔獣の出没が主であり、多少腕っ節に覚えがある平民は狩りの為に入って行く事もある。
また、魔獣がいるせいで野生動物が少ないらしく木の実やキノコ、山菜といった森の恵みが豊富であるため森の浅い所では子どもが木の実取りに入ることもあるらしい。
カインはそのことを説明して、一律で立ち入り禁止にすることの無いようにと願った。
「今までも騎士団の見回りはしていたんですよね? しばらくの間は見回り頻度を上げるなどして様子見するだけにして、立ち入り禁止は待ってください」
「ふむ……。騎士団長、そのあたりはどうなっている?」
カインの訴えに、国王陛下は頷くと騎士団長へと視線を移した。
「逆ですね。市井の民の為に立ち入り禁止区域に指定しないのであったとしても、現場検証が終わるまでは立ち入りを制限しなければなりません。魔女と魔族の行方に関する手がかりが無いか、あれらが完全に立ち去っていて以前と同程度の危険度に戻っているのか、その辺を確認してからであれば、立ち入り禁止を解除しても良いかと思いますが」
「ふむ。そうだな。魔法や魔力の残滓を探るのに魔道士団の方でも協力するように」
「かしこまりました」
騎士団長の隣に座っている魔道士団の団長に話が振られ、了承されたことで『魔の森が立ち入り禁止になる』のは回避された。
カインの真の狙いは、平民の暮らしを守る事ではない。
「僕は留学から返ってきて四年生からの編入だったので知らなかったんですが、学園入学後の生徒達が家族に黙って遊びに行くのは、ある程度見逃されているんですよね?」
カインは過保護だ、と言われた話を蒸し返す。
「ああ。あまり厳しくしすぎても却って護衛の目を盗む技術などが向上してしまう事がある。市井での金の使い方や人々との付き合い方などを先輩や友人から学ぶ機会であると考えて、ある程度は目こぼしすることになっている」
「とはいえ、大概は見えない範囲に生徒の家が付けた護衛が控えていたり、学園の制服を着た子ども達に対して街の人々や憲兵騎士達が気をつけて見守っていたりするので完全に自由にさせているというわけではありませんがの」
騎士団長と魔道士団長で順番に肯定してくれた。カインの思うつぼである。
「魔の森は元々立ち入り禁止区域では無かった。ド魔学の学園生が家族に内緒で子ども同士で遊びに行くのはある程度見逃すのが恒例になっていた。……であれば、ディアーナ達に落ち度はありませんよね?」
ゲームのシナリオを知っているからこそ、カインは慌てたし焦った。
魔王との邂逅の可能性があると知っていたからこそ、ディアーナの体が乗っ取られる可能性があると知っていたからこそ駆けつけた訳だが、そんなことはこの世界の人間にはわからない。
ディアーナ達の行動は『家族に内緒でこどもたちだけで遊びに出かけた』『立ち入りを禁止されていない森に入った』だけであって、何事もなければ怒られる様な事は何もないのだ。
「ド魔学の一組で成績上位を占めているディアーナ達で魔の森に遊びに行った。これに関してはディアーナ達には何も問題ないですよね?」
魔女に出会ってしまったのは、ディアーナ達の落ち度ではない。強いて言えば、魔獣をけしかけていると噂されている黒衣の女性の目撃情報があったのに見回りを強化していなかった騎士団の落ち度と言える。
「……わかっている。最初に魔の森に入った事に関して子ども達に罰を与える様な事はしない。ただ、体を乗っ取られてしまったカインに対してこちらの思惑を無視して行動した事に対しては叱らねばならぬ」
「それも、不安になっているあの子達に随時情報共有をしてあげなかったからですよ。ディアーナもアルンディラーノ様ももう十二歳なんです。大人達が思っているよりも思慮深いですし理解力もちゃんとあります。実際に黒衣の女性と女性の連れていた魔獣と対峙して、僕の体が変わっていくのを見ていた彼女達に話を聞くべきでしたし、話して聞かせるべきでした」
「……」
「もちろん、陛下や父上達を出し抜いて『危険があることがわかっている魔の森』に子ども達だけで出かけたのは褒められたことではありません。でも、ディアーナ達はバッティやティルノーア先生には相談をして、一緒に出かけてるんですよね? 全く大人に頼らなかった訳でもないんですよ」
「我々とて、魔封じの檻に入れて公子を確保しようとしていた。すぐに危害を加える予定ではなかったのだ。子ども達が勝手をした結果、転移魔法の利用で公子は救われたが黒衣の女と複製体の男は逃がしてしまったのだ。それについては、子どもといえども責任を追及せねばなるまい」
確保したのち、逃げられないようにした上で転移魔法による分離を試すことも出来たはずだと、騎士団長は渋い顔で言う。
「あの時、まだ魔の森を立ち入り禁止にしていませんでしたよね? イルヴァレーノは私への差し入れとして食料を持って魔の森に通っていましたし」
「それは……」
「父上達がどのような予定で行動しようとしていたのかを知らなかったディアーナ達は『立ち入りが禁止されていない森』に『兄の安否を確認』しに行っただけ。以前の事を受けて安全のためにバッティとティルノーア先生という保護者を連れて行ってます。父上や陛下の話し合いの結果を子ども達に伝えていなかったのなら『騎士団が翌日行動を起こす事をディアーナ達は知らなかった』のですから、意図的に邪魔したとは言えませんよね」
ディアーナは屋根裏の散歩者であるバッティを通じて知っていた訳だが、そんなことは言わなければわからない。
ティルノーア先生は天井裏に聞き耳を立てていた人物がいたことに気がついていたので、騎士団長が気がついていなかったとは思えないが「天井裏で話を盗み聞きしていただろう?」とエルグランダーク家当主のいるこの場で言えるわけもない。
「もう一度確認しますけど、『大人達が翌日行動を起こすことを知らなかった』子ども達が、『立ち入りを禁止されていない森』に行き、『兄の安否を確認するだけ』のつもりが、『偶然黒衣の女性とやり合うことになって』しまい、結果的に『私を救うことに成功した』だけですよね? ディアーナ達に何か負わねばならない責任はありますか?」
実際、ディアーナ達は危ないことをした。バッティに内偵をさせて大人達を出し抜いたし、カイン救出を優先したために魔女達を逃がしてしまった。
最終盤でジュリアンが空から降ってこなければそもそもの弱体化作戦も失敗していた可能性すらある。
しかし、それぞれの心の内や表沙汰に出来ない事を『無かった事』にして、見える事実だけを並べて見れば、ディアーナ達に落ち度はない……ように見えるのだ。
「……。たまたま魔女とかち合ったのだとして、逃げずにその場に残って戦った事については厳重注意をさせて貰う」
騎士団長が渋い顔をして、めちゃくちゃ低い声でうなるように言った。カインは心の中でガッツポーズをしつつ顔には神妙な表情を浮かべ、
「昨日今日と沢山叱られたと聞いています。ほどほどにしてあげてください」
と頭を下げた。
「一番の被害者はエルグランダーク公子、君だろう? 君は良いのかい?」
おっとりした声で、魔道士団長が聞いてきた。
「ディアーナと一年生仲間やイルヴァレーノ等、あの時あの場にいた者で転移魔法が使えたのは私だけ。むしろ、幸運だったと思っています」
ディアーナを魔王にして、クリスに討たせる。そんなことにならなかったのだからカインとしては大金星なのだ。
その後は、魔女達の行方の探索や各貴族達へ公開する情報の範囲について等の政治的な話なのでカインはここで謁見室から退場ということになった。退室して、背中で大きなドアが閉まる重たい音が聞こえた。
「はぁ~」
なんとか、口八丁でディアーナ達への責任追及を躱すことができたのでほっとするカイン。
一緒に謁見室から出てきたイルヴァレーノが首をぐるりと回してこりをほぐしている気配がする。
「よくもまぁ、ごまかしたもんですね。敵と対峙して逃げなかった事に対する厳重注意だけに納めるなんて……」
「愛のなせる技さ」
ディアーナの輝かしい未来の為なら、屁理屈だってひねり出してみせる。そううそぶいて、廊下を歩き出したカイン。
「そういえば、王宮にイルヴァレーノ連れてきたのに誰も何も言わなかったことに気がついた?」
突然振り返ってカインがニヤリと笑った。
「本来なら、僕の侍従とは言え平民のイルヴァレーノは王宮まで入れない。ましてや国王陛下との謁見室なんてなおさらね」
「そういえばそうでしたね」
母はディアーナの付き添いで先に王宮に来ていた。
父は朝から聞き取り調査のために謁見室に入り浸り。パレパントルはその父の補佐として一緒に朝から王宮詰め。
イルヴァレーノを連れて王宮に向かうカインに、注意する人間が屋敷に誰もいなかったのだ。
今回の件については、イルヴァレーノも当事者だったこともあって謁見室にいた人たちもイルヴァレーノの存在に違和感を覚えなかったらしい。
そもそも、カインとしつけ担当の家庭教師サイラス先生とで仕込みに仕込んだのでイルヴァレーノの立ち振る舞いは美しい。元々攻略対象なのもあって顔も綺麗だ。
わざわざ平民だと言わなければわからない。そもそもが、貴族と平民は生まれた家が違うだけで同じ人間なのだ。ひとめ見ただけで違いなどわかるわけがないのだ。
「これを皮切りに、どんどんイルヴァレーノが王城や王宮に入り込んでいくのに違和感なくしていって、身分で仕事が出来ないなんて話をうやむやにしていこうな!」
「……その場合、バレた時にまずいことになるのは僕なのではないですか? カイン様」
歩きながら腕を振り回すカインに、ジト目で言い返すイルヴァレーノだったが、その口角はすこし持ち上がっていた。
将来、王宮で仕事をするカインを自分が補佐できるかもしれないと思えば、心が浮きたつのを抑えることは出来なかったのだ。
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