お城への呼び出し

 カイン救出作戦の翌日。

 王宮の謁見室へと呼び出されたカインは金髪のカツラと瞳の色が青に変わって見えるメガネを掛けて登城していた。

 カインがディアーナの授業を見守る時にイルヴァレーノが替え玉として授業を受けていた時の道具類である。

 まさか、それを自分自身で使う事になろうとは、とカインは苦笑いをうかべる。


 王宮は人払いをしてあると聞いていたが、それでもいつ誰とすれ違うかわからない。

 そもそもエルグランダーク家の家紋付きの馬車で城まで来ているので道中どこから誰にみられるかわかった物ではない。用心するに越したことはない。


「話の向かう方向によっては、そのうちこの容姿で指名手配されるかもしれないしねぇ」

「カイン様の複製じゃなくて、魔女の方を手配すればいいんですよ。あっちは元々領地や近隣国での目撃情報もあるんですから」


 カインが少し蒸れるカツラの付け根をポリポリと指先でかきながら、王宮の廊下を歩いて行く。

 後ろには侍従としての礼服を着たイルヴァレーノが付いてきていた。


 謁見室へ向かう曲がり角で、向こうから歩いてきたアルンディラーノとクリスに出会った。


「あ、カイン」

「カイン様。これから謁見ですか」


 カインより先に国王陛下や宰相、騎士団長あたりからお叱りをうけたであろう二人は、落ち込むでも無く朗らかな顔でカインに声をかけてきた。


「あれ。意外と怒られなかった感じ?」

「ううん。すごい怒られた」

「昨日もすでに父上に怒られたのに、団長にまた怒られました」


 首をかしげるカインに、アルンディラーノとクリスの二人はわざとらしく肩を落として見せた。


「でも、ついさっきそこでエルグランダーク公にお会いしたんだ」

「お父様に?」

「うん」


 アルンディラーノが小さく頷く。


「エルグランダーク公に、カイン様を助けてくれてありがとうって言われたんです」


 ね、とアルンディラーノとクリスが顔を見合わせた。


「すごい怒られて凹んでたけど、エルグランダーク公に感謝されたことで『ああ、良いことしたんだな』って凸れたところ」

「凸れたってなんだよ。ウクククっ」

「しょんぼりすることを凹むっていうなら、元気になることは凸るだろう?」

「なんだよそれ、意味わかんねぇな」


 アルンディラーノの言いように、クリスが思わずといった感じで笑う。少し前までのクリスの不安そうな様子は無くなっており、二人の仲は以前のような幼なじみの距離感に戻っているようだ。


「それじゃあ、僕たちはこれで。カイン、めちゃくちゃ怒られるだろうけど頑張って!」

「カイン様、心を強く持ってくださいね」

「……なんでだよ。僕は被害者だよ」


 カインに手を振りながら、アルンディラーノは王宮の奥へ、クリスは玄関の方へと去って行った。



 謁見室に入れば、一段上がった玉座には国王陛下、隣に王妃殿下。その前にUの字型のテーブルが置かれており、左側にディスマイヤが、右側には騎士団長と魔道士団長が座っていた。


「国王陛下、王妃殿下。カイン・エルグランダーク、招聘に応じまかり越しましてございます。ご尊顔を拝し恐悦至極でございます」

「面を上げなさい」


 カインは膝をついて最上礼をし、国王陛下の言葉を得て立ち上がった。


「さて、午前中にエルグランダーク公女とアクセサリー職人の娘、サイリユウムの王子とシャンベリー家令息、つい先ほど我が息子とクリスにそれぞれ聞き取りを行った。それぞれからも事情を聞き出しているが、改めてカインからも聞きたい」

「仰せのままに」


 ここに来る途中にアルンディラーノとクリスに出会ったが、それより前にも魔の森に出かけたメンバーが二人ずつ呼び出されていたらしい。

 ディアーナが朝早くから出かけていたので、乗っ取られていたカインを取り戻そうとしたディアーナ達と、乗っ取られていたカインを別々に調書を取るんだろうとは思っていたが、さらに少人数ずつ分けて聞き取りをされていたとは思っていなかった。


 王宮の使用人に促されて、Uの字のテーブルのカーブ部分、国王陛下と向かい合う席へと座るカイン。そのうしろにイルヴァレーノが立って控える。

 とりあえず、カインに対しては叱責なしで聞き取り調査だけのようなので、カインは無表情のまま心の中で胸をなで下ろした。

 朝早く出かけたはずのディアーナとは家でも王宮でもすれ違わなかったので、ディアーナとアウロラが実際に叱責されたのかどうかはわからないが、アルンディラーノとクリスは『めっちゃ怒られた』と言っていたので、カインも叱責を覚悟はしていたのだが。


(いや、聞き取り調査の後に怒られるのかもな。先に叱責してしまうと、さらに叱責されることを恐れて隠し事をするかもしれない……からな)


「事のはじめは、先週の休息日の事です。ディアーナがサラティ侯爵令嬢の元へ遊びに行くと出かけていったにもかかわらず、サラティ侯爵令嬢がディアーナを訪ねてきた事が始まりでした」


 ケイティアーノの家に遊びに行ったはずなのに、ケイティアーノがディアーナを訪ねてきたのが、カインにとっての魔の森事件の始まりである。

 ディアーナ達はそれより前から計画を立てていたのだろうが、カインはそれに気がつかなかった。ディアーナに相談されなかったこと、隠し事をされたことに対して地味にショックを受けていたカインだが、今はその感情はそっと仕舞っておくことにする。


「友人宅に行くと言って別の場所に出かけるというのは、学園生が学校生活に慣れてきた頃には良くあることだろうに……。良くディアーナ嬢を追いかけようとしたな」


 騎士団長がゆったりとあごひげを撫でながら鷹揚に言う。

 貴族の令息令嬢たちには、学園に通い始めると『お忍びで街に遊びに行く』という流行はやりが起こるらしい。

それまで家族と使用人、そして家庭教師という限られた人間関係と、屋敷や領地の中のみといった閉じた世界で生きていた子ども達が、学園に通い始めることで家族以外の人間関係ができていき、行き帰りの馬車や学園という親の目を離れる時間ができる事で、冒険がしたくなるのだろう。


 これはド魔学によらず、騎士学校や家政学校でも同様らしく、両親や祖父母も自分たちが学生だった頃を思い出して「そういう物だと思ってある程度はお目こぼしする」というのが慣例なのだそうだ。もちろん、家によっては護衛がこっそり付いていたりする。


 だから、兄であるカインに嘘をついて街に繰り出す、というのは良くあることとも言えるので、普通はカイン程慌てる事はないらしい。


「カインは極度に過保護ですもの」

「……」


 王妃がコロコロと笑いながら、カインの代わりに答えた。

 カインが四年生からの転入生でそういった流行に疎いからとか、バッティが護衛も出来る御者であることをカインが知らなかったから、といった理由では無く『シスコンだから』で納得されるのもどうなんだ。

 と、カインはチラリとイルヴァレーノを振り返ったが、イルヴァレーノは「さもありなん」という顔で無視した。


 そこから、学園に行ってラトゥールを捕まえてさらに移動したことを聞きだし、行き先が魔の森であることを知ってさらに追いかけて、襲われているディアーナを庇った事で体を乗っ取られかけたこと。

 覚醒していれば自分の意識を持っていられたが、寝てしまうと乗っ取られてしまったこと。

 同居していた魂は人や動物の負の感情を糧にしているらしく、近くに生き物がいると破壊衝動に駆られてしまっていたこと等を説明した。


 カインの一通りの説明が終わると、大人達でこれまでの子ども達の証言やティルノーア先生の証言を元にあーだこーだと今回の件の処理だの処罰だの今後の対策だのを話し合いはじめた。




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