作戦会議 2

 クリスのしゃくり上げる声が落ち着いた頃、ティルノーアが「パンッ」と空中で小さく空気をはじかせた。


「ファービーの2番目の息子君。ボクからも一個面白い話をしてあげようねぇ」


 音を立てて皆の注目を集めておいて、そう語り出した。


「ボクとファービー。君のお父さんは、この学園の卒業生なんだよ。知ってた?」

「父上が、魔法学園の卒業生?」


 クリスの父親は、クリスが物心ついたときにはすでに近衛騎士団副団長だった。身分と年齢を考えれば騎士学校卒業した上で早い出世をしなければ到達できない位置である。


「てっきり、騎士学校を卒業したんだとばかり思っていました」

「デショー。でも、ボクと同級生だったんだよネ」


 にやにやと笑いながら、ティルノーアは腕を組んでソファーの背もたれに体を預けてずるりと深く座り込んだ。とてもだらしない座り方である。


「三年生ぐらいまではね、ふっつーの学生だったヨ。ボクは超優秀だったんで、テスト前にいっつも泣きついてきててさぁ。魔法剣だけはピカイチなのに、普通の魔法がてんで下手くそ!」


 思い出したのか、ティルノーアは話ながらハハハと声を上げて笑い出した。クリスは、自分も普通の魔法がちょっと苦手で、魔法剣は特別講師に来ている王宮騎士に褒められる事を思い出し、父との共通点があることに嬉しくなった。


「だけどねぇ。四年生になったとき、新しく入学してきた女の子に一目ぼれしちゃったんだよね。ファービーが」

「一目ぼれ……それが、母さんだったりする?」

「残念だけど、今の奥方とは別の方だ。侯爵家のご令嬢だったんで、親が一代貴族の騎士爵をもってるだけのファービーには高嶺の花だったんだよねぇ」


 ティルノーアが、ソファーの背もたれに頭を乗せて、天井を見上げた。懐かしい何かを思い出しているようで、穏やかに小さく笑っている。


「だけど、正騎士とかになればワンチャンあるかもよ! って事で頑張り始めたのね、ファービー。高位貴族なんかは、騎士団は持てないけど身の回りを護衛する私兵として少人数の騎士を雇うことは出来るからね」


 ティルノーアの話に、ジャンルーカもうんうんと頷いていた。サイリユウムでも騎士の就職先としてそういう道があったので、一目惚れした令嬢の護衛騎士に、という考えに理解を示したようだ。


「だけど、卒業間近って頃になって事態が一変しちゃうノ。その一目惚れしたご令嬢がね、王太子殿下……今の国王陛下に見初められちゃったんだよねェ」

「母上⁉︎」


 アルンディラーノが変なところから声を出した。


「こうなると、話は別になっちゃうよねぇ? 貴族家の身辺警護の騎士には正騎士に任命されていればなれるけど、王族の護衛ってなれば話は別だよね。近衛騎士団に入って、さらに護衛に抜擢されなきゃならないんだから、茨の道だよ」


 普通に騎士になる為の努力では、足りない。


「そっから先はすんごーい。鬼気迫るっていうのはアァいうのを言うんだって思ったねぇ。同級生の中では伝説だよぉ」


 ケラケラと笑いながら、ティルノーアが身振り手振りでファビアンの奮闘ぶりを説明した。


「卒業後、見習い期間を一年で終わらせたんだ。サボり癖のある見習い仲間の穴を積極的に埋めて街の巡回に出かけたり、みんなが通りを流すだけの巡回をしているのにファービーは路地裏までのぞき込んで回ったり。とにかく手柄をあげ続けて、あっというまに見習いを卒業しちゃった。所属騎士団を決める組み手でも、わざわざ近衛騎士を指名して……あれは指名じゃなくて挑発だったけどねぇ。挑発して、ボロボロになりながら勝ちをもぎ取ったんだよぉ。顔の形かわっちゃってて、爆笑しちゃったよね!」


 そう言いながら、思いだし爆笑を始めたティルノーア。


「さて、クリスティ君」

「クリスです」

「君のお父上は、今何をしているかい?」

「……近衛騎士団の副団長で……王妃殿下とアル様の護衛騎士」

「その通り! しかも、君が生まれたときにはすでにそうだったでしょ!」


 ティルノーアは、パチンと指を鳴らしてクリスを指差した。


「棒を振るしか能の無い騎士団連中の中で、ボクが騎士と認めるのは彼だけさ!」


 学園卒業後のスタートでは間に合わない。二年早く生まれて、三年早く卒業する兄にどうしたって間に合わない。そう諦めて、魔王を倒すという近道をしようとしていたクリス。

 あきらめず、まっすぐに正規の道を最短距離で走り抜けたお手本が身近に居たことを教えて貰ったことで、目の前の景色が明るくなった気がした。


「四年生になってからちょっと本気をだして、卒業間際からすごい本気を出してアレなんだヨ? 君は一年生の後半から本気が出せるんだから、さらに上をいけると思わないかい?」


 そういって、ティルノーアはパチンとウィンクしてみせた。


「だから、魔王退治は独り占めしないで、皆でがんばろーネ!」


 面白いってのは、重要だよ。とティルノーアはまた笑った。

 


「えーと、それではここまでの意見をまとめますね」


 アウロラはそう言ってメモを持ち上げた。しゃべりすぎたのか、皆がお茶のおかわりをサッシャにお願いしている。


「まずは、カイン様を助けるためには転移魔法をカイン様に使って貰う」

「新しい体を作って魂を、移動する魔法だから、……今回の魂の分離には最適だと……思う」


 アウロラの読み上げた項目に、ラトゥールが補足する。


「次に、カイン様の魂と一緒に魔族の魂がくっついてこないように、魔族の魂を疲れさせる」

「その為に、魔族が表に出ている状態で戦闘を仕掛ける。なるべく魔法を使わせる」

「カイン様が転移魔法を使う魔力まで無くならないように気をつける」


 次の項目に対しては、クリスとアルンディラーノが注意事項を再確認の為に口にする。


「最後に、転移元の体に魔族の魂が残ったまま体が消滅しなかった場合は……」

「皆で攻撃してボッコボコにする!」


 ディアーナが拳を握りしめ、アウロラの言葉を引き継いだ。


「ちょっと姿は変わっているけど、カイン様の顔してるんだけど大丈夫?」

「そうしたら、闇魔法で顔のあたりを隠しちゃうよ!」

「そ、そうね」


 方針がきまれば、ゴールが見えてくる。もう進むだけ、となればディアーナは元気を取り戻す。

 今度は最初からラトゥールも参戦するし、ティルノーアも付いてきてくれることになっている。大人達がカインの処分を決定するより早く、カインを助け出さなくてはならない。

 ディアーナがバッティを間諜に使って大人達の会議の進捗を確認しつつ、皆で必要な準備をしていく。魔王版カインを疲れさせるための攻撃の連携方法や交代の順番、タイミングなどを練習して、本番に備えた。



 その夜。イルヴァレーノはいつものようにカインの食事を持って森に行き、転移魔法で魂の分離を試してみてほしいこと、その為にディアーナ達がやろうとしていることをコッソリと伝えた。


「わかった。皆にありがとうって伝えておいて」


 と笑ったカインは、少し痩せていた。

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