カイン救出作戦 1

 再び、ディアーナ達は森の中へとやってきた。

 カインの居る洞窟の場所はイルヴァレーノしか知らないので、戦闘はイルヴァレーノである。


「いやぁ、なんで俺まで」

「共犯共犯」

「一蓮托生」


 イルヴァレーノのすぐ後ろには、ディアーナの馬車の御者をしているバッティが歩いていた。魔の森の入り口までは、ディアーナの馬車に皆で乗って来たのだ。屋根裏の散歩者で、そこそこに強いと言うことを知っているディアーナは、持久戦の一角として仲間に連れ込んだのだ。

大人達に秘密で行動する必要があるため、アルンディラーノはカインに教わった秘密の通路で城から脱出し、街中でディアーナの馬車に拾ってもらってやってきている。他メンバーも、それぞれ目立たない場所まで出てきてディアーナのバシャに乗り込んでやってきた。


「カイン様―!」


 洞窟の近くまで来て、境界線の目印の前で立ち止まるとイルヴァレーノは大きな声でカインを呼んだ。


「あらぁ。いつかのお子様達じゃないの」


 先に出てきたのは、黒いドレスの女だった。


「私たち、カインお兄様を呼んだんですのよ!」

「あなたはお呼びじゃありませんから、引っ込んでいてくださいませんか」


 ディアーナとジャンルーカが黒いドレスの女を邪険にして追い払おうとした。ディアーナはシッシと手を振って追いやる振りまでしている。


「……大人を怒らせるんじゃ無いわよ?」


 ドスの利いた低い声でそう言うと、黒いドレスの女は羽扇子をパチンと閉じた、地面がむき出しの場所なので足音はしないのだが、石畳の上なら甲高くコツコツと音がなるであろうビシッとした歩き方で、ディアーナとジャンルーカの方へ向かって歩いてくる。


「風の盾!」


 アルンディラーノが黒いドレスの女に向かって魔法を放つ。いつか、自分とカインとイルヴァレーノを守るために使った魔法で、カインがすごく褒めてくれた魔法だった。

 うっすらと緑がかった薄いベールのような風が黒いドレスの女を半球状に包み込む。


「防御魔法? 私を防御してどうしようって……」


 自分を包む魔法を眺め、馬鹿にするように鼻で笑った女。風の結界魔法は、中からは外にでられるが、外からは中に入れないという魔法である。攻撃を防ぎつつ、必要があれば中から攻撃するための魔法だ。

 中からは外に出られる魔法。そう認識しているからこそ黒いドレスの女は余裕を見せているのだ。


「反転!」


 魔法を掛けるために伸ばしていた手を、叫ぶと同時にぎゅっと握った。アルンディラーノ宣言に答えるように、黒いドレスの女を包んで居た緑の捲くがくるりと反転した。


「!」

「これで、そなたはそこから出られぬ! 指をくわえて見てるが良い!」


 アルンディラーノが、威厳を持って宣言した。魔法が反転したことで、外からは入れるが中からは出られない魔法に変わったのだ。


「よし、コレで邪魔は入らない。魔法維持のために僕は中盤まで下がるから、クリス、ジャンルーカ頼んだ!」

「頼まれた!」


 アルンディラーノとクリスがハイタッチして立ち位置を交代する。

 クリスとジャンルーカが剣を構えて前へ出る。魔法で補助、援護をしつついざとなったら剣も振るうディアーナとイルヴァレーノはその後ろ。魔法援護のティルノーアとラトゥール、回復要因のアウロラは後方へと陣取った。


「カイン様! 作戦開始です!」


 イルヴァレーノが声を掛けると、洞窟の奥からカインがゆっくりと出てきた。洞窟の入り口ギリギリに立つ。あの場所から皆が立つ境界線の手前までが、カインが理性をたもてるギリギリの距離だ。


「良いか皆! ダメそうだってなったら構わず逃げるんだよ!」

「わかってる!」

「もうちょっとかも! でも自分もギリギリかも! って時も逃げるんだ!」

「わかってるってば!」

「今日がだめでも、出直してやり直せばいいんだからね!」

「分かってますわお兄様!」


 カインは、自分が助かることより皆が怪我をしないことばかり願っている。カインは今日がだめでも出直せば良いと言ったが、そんな時間は無かった。

 明日には、魔導士団と近衛騎士団が秘密裏にこの場所へとやってきて、カインを魔封じの施してある檻に入れて移送する事になっている。大人達は、すぐには殺さないが飼い殺しにするという事に決めたのだ。


 でもそれをここで言って、カインを不安にさせる訳にはいかない。最後の最後、疲れ切った体からの脱出時には気力が必要なのだから。


「さぁ、お兄様! こちらへいらっしゃって!」


 ディアーナが手を広げてカインを呼ぶ。胸に飛び込んでおいで、とでも言うように。

 ふらふらと、カインが洞窟からゆっくりと出てきた。一歩外に出る度に、手で胸を押さえて苦しそうに背を丸め、さらに一歩進むと反対の手で眉間を押さえて目をぎゅっとつぶった。そうして散歩進んだところで、急に姿勢が良くなった。


「我が最愛を、閉じ込めたのは誰か?」


 声に温度があれば、真冬の空気よりも寒そうな声だった。声そのものはカインの時と変わらないのに、冷え冷えとした響きはとても低く感じた。


「また、その方らか。命がいらぬと見える」


 金色の目を細め、対峙している一同をぐるりと睥睨した。ぐっと力を込めたかと思えば両手が肥大していき、黒い鱗のようなモノで覆われていく。爪がギシギシと伸びていき、鋭く長い刃の様になった。


「死ね」


 一言、何の温度感もなくつぶやいて、黒カインはダッシュした。風の盾を作っているアルンディラーノめがけて爪を振り上げていたが、回り込んだクリスが剣をすくい上げるように振り上げて爪をはじき飛ばした。

 爪をはじかれたことでほんの少し態勢を崩した瞬間を見逃さず、ジャンルーカが懐に飛び込んで剣の柄を力の限りでたたき込んだ。


「うぐぁ」


 しっかりと胃にヒットしたようで、黒カインは胃液を吐きながら咳き込んでいる。金色の目がぎょろりと光り、怒りにメラメラと燃えていた。


「地面よ凍れ~氷結~」


 ティルノーアの気の抜けたような呪文で、黒カインの足下がみるみるうちに凍っていく。踏み出そうとした黒カインは足下がつるつると滑ってまともの前に進めない。


「闇よ。我が手からあらわれ、あのものの視界を塞ぎなさい。暗転!」


 続いてディアーナが闇魔法で黒カインの視界を塞ごうとするが、大きな手で魔法を払われて無産してしまった。


「あれぇ?」

「おそらく、アレも、闇属性持ち。たぶん。だから、相性悪い」

「おー。良く見抜いたねぇ。偉いぞぉ」

「水よ!我が指先に集まり、かの者の足下を濡らせ!」


 ティルノーアの褒め言葉を無視し、黒カインの足下に水の塊を落とす。無視したように見えて、ラトゥールのほっぺは真っ赤になっている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る