作戦会議
翌日の放課後、学校で魔王討伐部隊のメンバーが使用人控え室に集まっていた。ディアーナが招集を掛けたのである。
「良くこんな短期間に謹慎が解けたな」
「一週間は出さないからなって父上にゲンコツ落とされたのに」
アルンディラーノとクリスが納得いかない顔でディアーナの顔をのぞき込んだ。
「お兄様の状態を隠したいのなら、私たちが謹慎されているのはおかしいって言っただけよ」
カインが魔族に乗っ取られそうな危機であり、見た目も魔族的になってしまっている、というのを隠すのであれば、ディアーナ達の謹慎理由も正直に言うわけには行かなくなる。普段からよくつるんでいるメンバーが一気に謹慎扱いになっているとなれば、誰に何を勘ぐられるかわかったものではないのだ。
「なるほどね。ディアーナ嬢は賢いですね」
「へへ。それで、今日は皆に相談があります」
ジャンルーカに褒められ、一瞬顔が緩んだディアーナだが、キリッと顔を引き締めて皆を見渡した。
「お父様や国王陛下、騎士団長達はお兄様を生かすか殺すかで迷っているみたいなの」
「そんな!」
ディアーナの言葉に、アルンディラーノとクリスが驚いて立ち上がった。アウロラうつむいて、組んだ指を唇に当てて考え込んでいる。
「一旦は保留になったみたいなのだけど、助かるかもしれない方法だと不確定要素が多すぎて認めにくいって話になって、お兄様がお兄様で居られるうちに……。しょ、処分するって意見が優勢になってきてるみたいなの」
ディアーナの言葉に、みなが沈痛な面持ちで黙り込んでしまう。
その時、コンコンとドアがノックされ、イルヴァレーノが入ってきた。その後ろに、魔法使いのローブを着た大人が一人付いてきている。
「やぁ~やぁ~。こんにちわとはじめましてだねぇ。ボクはティルノーア。魔導士団で結構偉い人だよぉ」
両手をひらひら振りながら部屋の中程まで入ってくると、一人分の隙間が空いていたラトゥールの隣にどかりと座った。
「カイン様は、ボクにとっても大事な大事な愛弟子なんだよネェ。ぜぇったいに助けたい」
ひらひらと手を振って、立ち上がっていたアルンディラーノとクリスに座るようにジェスチャーで指示した。魔導士団員という王宮勤めが王太子殿下に対してする態度ではないが、あまりにも堂々としていたので思わずアルンディラーノもストンとソファーに座ってしまった。
「だから、カイン様には転移魔法を使っていただく」
そう宣言したティルノーアは、転移魔法でカインを救える理屈と、予想されるメリットデメリットを皆に説明した。
「というわけで、なるべくデメリットを潰していきたいんだよネェ。アイデア募集中だヨ」
そう言ってティルノーアはバサリと長い髪をソファーの背もたれの向こうへと投げると、背もたれに背を預けて足を組んだ。王族の前でする態度では無かった。
恐る恐る手を上げて、質問をしたラトゥールを皮切りに皆が意見を出し合った。鋭い意見もあれば、他愛も無い意見もあり、それでも皆真剣に何をすれば危険をなるべく排除してカインを助けられるかを検討した。
みんな、カインが大好きだったので、どうしても助けたかったのだ。
カイン救出作戦の作戦会議は白熱していたが、時々アイディアが行き詰まり皆の口が止まる瞬間があった。
熱気を帯びた議論をしていた最中に、一瞬シーンと無音になる瞬間はその場にいる者みんなが気まずい表情になった。
「そもそも、何故魔の森に行こうなんて思ったノ」
議論が途切れた隙に、ティルノーアが何気なく放った言葉に、ディアーナとクリスがびくりと肩を揺らした。
「……」
「……」
気まずそうな顔をするアルンディラーノとジャンルーカとアウロラ、無表情のラトゥール。それらとは明らかに違うとわかる程に、ディアーナとクリスはしょんぼりと落ち込んでうつむいてしまっていた。その様子から、ティルノーアは主犯が誰で、巻き込まれたのが誰なのかを把握した。
「別にぃ、怒ろうって思って聞いたわけじゃないからねェ? もう、他の大人に怒られてるんでショ?」
ティルノーアはしれっとした顔で、慰めるでもなく怒るでもなく、いつもの調子で言葉を続けた。
「単純に、何でだろうって。森を探検したいだけなら学園内にも魔法の森があるでショ? あそこだって奥の方まで行けば小型の魔獣は出てくるし」
わざわざ、郊外の魔の森まで行った理由が知りたかっただけだとティルノーアは説明した。
「……。魔王をやっつけたくて」
「なんでまた、魔王をやっつけようとか思ったんデス? 女性騎士じゃなくて英雄になる事にしたんですか?」
ティルノーアは、ディアーナが女性騎士になりたがっていることを知っている。時々、冒険者だったり探偵だったり、読んだ本に影響されて夢が変わっている時期はあったりはしたものの、女性騎士になりたいという夢はずっと変わらずに持っていたのを知っている。
「……」
ディアーナが答えないのを見て、ティルノーアは視線をクリスに向けた。
「君は? ファービーの下の息子君だよネ。君も何で魔王倒そうと思ったの」
「……。俺は……」
つぶやいて、クリスがちらりとアルンディラーノを見た。
「俺は、アル様の護衛騎士になりたかったんだ」
「僕の?」
突然、話の矛先が自分に向いて驚いたアルンディラーノが、自分の顔を指差して目を丸くする。
「なるだろう? クリスの実力なら、卒業する頃には入団試験は余裕だろうし、正騎士に任命されれて王宮騎士になって近衛に抜擢されれば、僕の幼なじみであることが考慮されるはずだから、僕の護衛騎士になるはずだ」
「それは! 何年後の話ですか!」
アルンディラーノが、当然のようにクリスは自分の護衛騎士になるのだと説明するが、クリスはそれが気に食わなかったらしい。大きな声を出した。
「卒業するまであと五年半、一般的な見習い騎士期間は三年~五年。正騎士に任命されて王宮騎士団に入れても近衛に任命されるまでにまた何年かかかってしまう」
クリスは拳をぎゅっと握りしめ、自分自身を落ち着かせるために大きく息を吸い込んだ。
「兄上はもう来年から見習い騎士です。騎士学校卒業だと見習い期間も短くなります。夏休みの時、近衛騎士達からも沢山ほめられていたし……。なにより、アル様が護衛騎士は兄上が良いって言っていたし」
「え、僕そんなこと言った?」
「言った! ネルグランディ領でジャンルーカ殿下の送別会した時に! そうじゃなくても、いつも兄上と比べて、俺は友人枠だからって言って護衛させないし。俺のこと、頼りないって思ってるんだろ? だから、だから……」
だから、魔王討伐という功績を得て一足飛びに護衛騎士に任命されようと思った。
クリスは口に出さなかったが、その場にいる皆が「だから」の後に続く言葉を容易に想像できた。
「クリス!」
アルンディラーノが、クリスの名を大声で叫んだ。
「まず、僕とクリスは友だちだ。それは、絶対だ」
「……ああ」
真面目な顔で、アルンディラーノはクリスの顔をまっすぐに見ている。
「クリス、ここに座れ」
そう言って、アルンディラーノは自分の隣を指差した。三人掛けのソファーの真ん中に座っていたアルンディラーノの右側。左側にはジャンルーカが座っている。
別のソファーに座っていたクリスは、静かに立ち上がるとテーブルを迂回してアルンディラーノの右隣に浅く座った。
「ここが、友人の位置だ」
そう言って、ポンポンとクリスの太ももを軽く叩く。
「そして、あそこが護衛の位置だ」
アルンディラーノは振り向くと、ソファーの後ろ、三歩下がったあたりに立っているイルヴァレーノを指差した。
カイン不在の今、イルヴァレーノはディアーナの使用人として学園に付いてきている。カイン救出作戦に参加はするが、使用人という立場なのでソファーには座らずに使用人の立ち位置に立っていた。もし、学園にアルンディラーノの護衛騎士が付いてきていれば、まさにその位置に立っていただろう。
「護衛するには最適な場所だけど、あの位置じゃ内緒話もできなし生意気な事を言ったときに小突いたりも出来ないじゃ無いか」
「アル様……」
「僕は、クリスが僕の護衛騎士になるって信じてるんだよ」
イルヴァレーノから視線を戻し、クリスの顔をのぞき込む。アルンディラーノの顔は穏やかだ。
「信じてるからこそ、今はまだ……学園生のうちは、ここに……隣に座っていてほしいって思ってるんだよ。夏休みに、僕が何をクリスに言ったのか覚えていないけど、きっとそういう意味で言ったはずだよ」
「アル様」
アルンディラーノは、太ももに置いていた手をあげて、今度はクリスの肩を強く叩いた。
「陛下だってまだまだお元気だし、僕が王様になるのはまだずっと先だ。僕は王太子として勉強することが沢山あるんだよ。護衛騎士を引き連れて外遊、なんて卒業後だってまだまだ先だよ。慌てなくって良いんだ。僕は、クリスと友だちで居たいんだよ」
「アル様……」
夏休みのネルグランディ城で、アルンディラーノの言葉に期待されていないと思ったクリス。
「急がなくて良いよ」と言う言葉は、どうでも良いよという意味じゃなかったと言うことが、アルンディラーノの口から語られた。
「隣に、います。学園生のうちはずっと隣にいます」
「ああ、出来れば来年は一組に上がってきてくれよ」
「がんばりますっ」
「大人になって、護衛騎士になったとしても、プライベート時間はまた隣に座ってくれ」
「座ります……アル様が王妃殿下をお迎えするまでは、お隣に座らせてくださいっ」
クリスの顔は、涙でべちょべちょになっていた。
「僕が結婚するより早く護衛騎士にならないと、卒業後は隣に座れないぞ」
「がんばりますっ」
アルンディラーノは、笑ってクリスの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。クリスが自分の護衛騎士になる未来を全く疑っていなかったアルンディラーノは、クリスが護衛騎士になるのは大前提として「ゆっくりでいい」と言っただけだった。
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