魔王の正体
「はぁ~? ここが隠れ家ぁ?」
「何よ、文句でもあるの?」
ディアーナの泣き叫ぶ声が聞こえなくなった頃、カインは黒衣の女性とつれだって『ちょうど良い隠れ家』にやってきていた。そこは、頭を下げなくても通れる程度に天井が高い洞窟だった。
「なんか自信満々にお誘いしていたから、山小屋かなんかを整えてくれていたのかと思ったのに」
「そんなところに潜んでいたら、見回りの騎士に見つかってしまうじゃない。バカなの?」
「そこは、なんか凄い魔法で隠遁するとかなんか出来ないのぉ?」
カインは馬鹿にするような口調で話しながら洞窟の中程まで進んでいき、座るのにちょうど良さそうな岩を見つけたのでそこに腰を下ろした。
「はぁー」
盛大なため息を一つ。体の中にある疲れを吐き出すかのように息を吐き出しきると、パンと両手で自分のほっぺを叩いた。
「間に合って良かった!」
自分の膝を握りしめ、顔はうつむいているがカインの声は明るかった。
「ディアーナが魔王に乗っ取られるのを防げて良かった。クリスが気絶していたおかげでその場で魔王として退治されなくて良かった。アウロラ嬢が居たからアル殿下の怪我も心配ない。今のところ僕の意識もはっきりしている」
「キミ?」
「まだ最悪じゃない!」
ガバリと身を起こしてカインは叫んだ。洞窟の中に声が響いていく。
「なあ、あんた。ずっと昔、神渡りの日に広場と王城の前庭をつなぐ通路であった人だろ」
「あら。そんなことあったかしら」
「ここではない、別の世界があるって知ってるかって俺に聞いただろ」
「どうだったかしら」
「あの時は、神渡りの日だったから神様の世界のことを言っているのかと思ったんだけど」
「……」
カインは黒いドレスの女性を見上げた。
「魔族の国の事だったんだな」
カインの言葉に、黒いドレスの女性は肩を竦めると、やはり座るのに良さそうな岩に優雅に腰を下ろしてカインと向き合った。
「何を、どこまで知っているのかしら?」
カインに転がされて砂だらけになっているが、そんなことは気にしないで女性は優雅に微笑んだ。
カインは、自分の考えとツラツラと話した。
まず、サイリユウム留学中に『魔女の村』と呼ばれる場所に行った事があること。そこには草も生えない巨大な魔方陣と、その周りだけ増えた魔獣がうようよいたこと。
その後、ジャンルーカからサイリユウムの『聖騎士』の話を聞いたこと。
「後は、魔獣は魔脈の近くや魔石鉱山の近くなんかの魔力の濃い場所に良く出没するっていう領騎士団の知識だね。それで、旧魔女の村には魔族の国へつながる出入り口があって、それを聖騎士が魔方陣で塞いだ。魔方陣は魔力を遮断するモノだからその上には魔獣は入ってこない。でも、魔方陣のフチ? 隙間? から漏れ出る魔力に惹かれて周りには魔獣が沢山居る。これだと、つじつまがあうだろう?」
昔は森や山ではなく、平野にも魔獣が出たという。コレも、合唱祭で先生から聞かされた『昔は空気中に漂う魔力が濃かったから、歌魔法という魔法があった』という話とも合致する。魔族の国との通路がつながっていれば、おそらく空気中の魔力も濃くなるのだろう。
「魂が乗っ取られかけているとき、イルヴァレーノやディアーナ達がうっすらと光っていて、なのに胸のあたりに影が渦巻いているのが見えた。そして、その渦巻く影が食べたくて食べたくて仕方が無いって衝動に駆られたんだよね」
カインは座っていた岩からおりて、今度は岩を背もたれにして床に座り込んだ。思う以上に疲れているらしく、普通に座っているのも辛くなってきていた。
「渦巻く影が美味しそうに見えて仕方が無いんだけど、もっと大きく暗くしたいって気持ちが湧いた。襲って、脅かして、恐怖心を膨らませたい。切りつけて、貫いて、痛みを与えたい。そうすると渦巻く影が美味しくなる。なんか、そう感じたんだ」
床に座ったことで、さらに高い位置になった女性の顔を改めて見上げる。
「おそらく、アレって魔獣の本能だよね。魔獣は恐怖や痛みといった負の感情が餌なんじゃない? だから、家畜を追いかけ回していたぶって殺すことはあっても、食べる事は無いんだ」
カインの話が終わると、黒いドレスの女性はおざなりにパチパチパチと拍手をすると、また肩を竦めた。
「おめでとう。だいたい合ってるわ。あっていたところで、どうしようもないでしょうけど」
「そんなことない。コレを解決したら、騎士団や領地の叔父に報告して対策して貰うし」
「帰れると思っているのね」
「もちろん!」
カインは今、強い眠気に襲われていた。森の入り口から全力疾走で走り続けていたり、ディアーナを心配しすぎたストレスだとも考えられる。
「多分、この眠気って魂が体を取り合ってるからとか、そういうアレだよね」
そう言って自分の胸を軽く叩く。前世で良くあったホラー漫画なんかだと、この展開で寝ると体が乗っ取られる可能性が高い。
「ところで、僕の中に入ってるこの人は本当に魔王なの?」
重いまぶたを必死にこじ開けて、眠気覚ましの為にどうでも良い質問をするカイン。
「魔族の国のことは良くわからないわ。それでも、今こちらの世界にいる魔族はあの人だけだから、魔族の中で一番偉い人って意味では魔王かもしれないわね」
『魔王』という言葉を楽しそうに、異常に期待して口にしていた子ども達を思い出し、黒いドレスの女性はクスリと笑った。森に入った頃から、遠見の魔法で子ども達の様子をずっと見ていたのだ。
「いい加減だな」
「国なんて団体を作って、偉いだとか卑しいだとか身分を別けて生きている方なんて息苦しいもの。いい加減な方が楽しく生きていけるのよ」
「……」
「後から来たもう一人の男の子、あの子も凄い魔力を持っていたからあっちでも良かったかもしれないけど、ちょっと体が弱そうだったのよね」
「……」
「でも、愛しい人ともう一度過ごすためにはやっぱり男の子の方が良かったわね。あの女の子をかばってくれて良かったわ」
「そうだな。我も出来れば同じ性別の体が良かったからな」
「あら、あの子は寝ちゃったのね」
カインの口調が変わり、それを見て黒いドレスの女が立ち上がってカインの隣に座る。しなだれ掛かるようにもたれると、女性は幸せそうに笑った。
寄り添う女性の髪を優しく撫でつつ、カインはニヤリと笑った。いつものカインとは違う、冷ややかな笑い顔だった。
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