聖騎士って何だろう 2
ディアーナがカインの側に来て、議論していた魔法について質問をする。カインがそれについて答えれば、納得したディアーナはまたソファーに戻って議論に加わった。
ディアーナとアウロラとラトゥールは、空のカップに水魔法で水を注いでは口に含み、不要な分は簡易キッチンの流しに流す、と言うことを繰り返している。水魔法で氷を出すことはまだ出来ていないようだ。
「そういえば、なんですが」
ディアーナが悪戦苦闘している姿を見ながらニヤニヤしているカインに、隣に控えているイルヴァレーノが話し掛けた。カインはチラリと横に立つイルヴァレーノを見上げて、視線だけで先を促した。
「この国にも聖騎士ってあるんでしょうか?」
「夏休み開始直後の、ジャンルーカ様の話の事?」
「はい」
珍しいね、とカインはイルヴァレーノに先を促した。
「王宮騎士団、王国騎士団、各辺境領の領騎士団。王宮騎士団の中から特に王族を守るために選抜された近衛騎士団。この国ってこの四つの騎士団しかありませんよね」
「アイスティア領は辺境じゃないけど騎士団があるね」
「あそこは……特別でしょう。まもなく解散されますし」
夏休み中に訪れたアイスティア領についてカインが言及すれば、イルヴァレーノは渋い顔をつくった。あえて数に入れなかったらしい。
「騎士団に詳しいサッシャさん? 聖騎士ってこの国にもいたことある?」
カインから椅子一個分離れた窓辺で編み物をしていたサッシャが、突然話を振られてビクッと肩をふるわせた。
サッシャは、エルグランダーク家に侍女として働きに来る前に王城の騎士団で勤めていた時期がある。ディアーナとは別の意味で騎士に憧れ、嫁ぎ先探しを兼ねての就職だったのだが、臭い・ゴツい・でかい・怖いという現実を知って退職した。
華やかな歌劇団の舞台上での騎士道精神は美しいが、実際は荒事をやる集団なので荒々しい男が多いのは確かだ。
「お芝居の題材に、たまに出てくる事はありますが……。実際にいたかというとわかりません」
「聖騎士が出てくるお芝居って、どんな内容なの?」
カインが聞けば、サッシャは編み棒の先にキャップをかぶせると籠へと戻し、カインへと向き合った。
「長くなりますが」
サッシャの目が光る。カインは自分の失敗を悟った。これは、オタクがオタク語りをする時の目だ。同じく気がついたらしいイルヴァレーノが、迷惑そうな目をカインに向けてくる。
「最初にお断りしておきますが、私とて王都にて演じられている全ての演劇を見に行けているわけではございません。見に行けないものについても気になるものはパンフレットを取り寄せるなどしておりますが、それでも漏れている演目がある可能性は否めません。何しろ王都内には劇場が大小八つもございますし、演目は早いモノで二週間で入れ替わる劇場もございます。また小さな劇場の小さな劇団ではそもそもパンフレットを作らない所もございます。また、休息日に中央広場や王城前広場などで行われる即興劇などはたまたま行き会わないと見られない奇跡のようなモノですので私といえども網羅することは難しいのです。そのような、完璧ではない観劇経験からのご説明となりますので、ご承知おきくださいませ」
カインは、聖騎士が出てくる物語をちょこっと教えて貰えれば良いというつもりで聞いたのだが、完璧侍女を目指す観劇オタクのサッシャはそういうわけにはいかないらしい。まずは、自分の知識が完璧で無い事から話が始まった。
イルヴァレーノの目はすでにうつろである。
サッシャの話によれば、演劇で出てくる聖騎士というのは大きく分けて三つに分類できるらしい。
最初から聖騎士として登場し、悪役をバッタバッタと倒していく勧善懲悪物の主人公タイプ。
こちらは、話からすると騎士団に所属していないフリーの騎士という意味合いが強く、「聖」であるのにたいした意味は無いことが多いらしい。
二つ目のパターンは、落ちこぼれ騎士が物語の途中で神の啓示を受けて聖騎士になり、世界を救うタイプ。
こちらは古典と呼ばれる物語に多いらしく、リムートブレイクで信仰が強かった時代のモノらしい。前世の創作物で「神殿騎士」「教会騎士」などという呼ばれ方をしていたモノに近そうだとカインは理解した。
最後のパターンは、トリックスター的に要所要所で一瞬だけ出てきてその場の問題だけを解決して去って行くタイプ。
コレは物語上で便利な問題解決システムとして導入されてるだけで、聖騎士という名前にはあまり意味がないとサッシャは分析していた。
実際、同じ物語なのに脚本家によっては守護天使様だったり通りすがりの冒険者だったりに置き換わっていることがあるらしく、サッシャ曰く「キャスティングする役者にあわせて変えているのでは」ということだった。
美少女戦士を助けるタキシードの人や、少年探偵に必要な証拠をまっとうじゃ無い手段で入手してくれる白い怪盗みたいなものか、とカインは理解した。
「とにかく、聖騎士誕生を題材にしたお芝居については寡聞にして観たことがありません。お役に立てず申し訳ございません」
長い長いサッシャの話は、そうして閉じられた。イルヴァレーノは虫の息である。
「いや、わからないということがわかっただけでありがたいよ。ありがとうサッシャ」
カインが礼を言えば、サッシャは小さく一礼をして編み物を再開した。
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