聖騎士って何だろう 1

 女性向け恋愛シミュレーションゲーム『アンリミテッド魔法学園~愛に限界はありません~』は、基本的には「心に隙間や闇のある男の子達がヒロインに癒され、惹かれていく」ストーリーになっている。


 メイン攻略対象者であるアルンディラーノは王太子という立場の重責や孤独を抱えていて、役割では無くアルンディラーノ自身を見てくれるヒロインに心引かれることになる。

 ゲーム上では「王太子では無くアルンディラーノに対して向き合っている」「失敗してもやり直せば良い」と言った方向の選択肢を選んでおけば好感度があがるチョロキャラクターである。


 ジャンルーカは隣国からの留学生という立場に孤独と不安を感じ、また第二王子という立場から兄に遠慮して存在感を消して生きており、同じく学園の異分子として存在していたヒロインに共感してもらう事で心引かれていく。

 ゲーム上では「一緒の立場であること」「実力を出し切ることで兄を助ける事もできる」といった方向の選択肢を選ぶと好感度が上がる。ただし王族なのであまり下品だったりなれなれし過ぎたりすると好感度が下がる点がアルンディラーノよりはチョロくない難易度のキャラクタとなっていた。


 マクシミリアンは非常にプライドが高く、侯爵家の三男であるが故に兄が家を継げば平民になってしまう事に恐怖し、さらに魔導士団の入団試験に落ちたトラウマから魔法学園の教師という立場に納得いっていない所に、平民出身なのに明るく前向きに頑張っているヒロインが現れ、もう一度魔導士団の入団試験にチャレンジする勇気を貰うことで心引かれていく。

「感情に身分は関係ない」「やり直せない事など無い」といった選択肢を選んでいくと好感度があがる。プライドを刺激するような選択肢を選んでしまうと好感度が下がるので、「感情に身分は関係ない」系の選択肢の中に地雷があったりする難しいキャラクタでもあった。


 ラトゥールは代々騎士を輩出してきた家門に生まれたにもかかわらず魔法に傾倒したことで家族仲が疎遠になっていたこと、魔法で家族を見返すために病的に魔法にのめり込んでいた事が心の隙間になっていた。

 コミュニケーション不全の自分に対して根気よく関わろうとし、魔法を褒めてくれるヒロインに心引かれる。

「一緒に行動しよう」「魔法すごいね!」系の台詞を選ぶと好感度が上がっていくが、ツンデレ気味な台詞に対して素直に引き下がってもノリツッコミしても好感度が下がる難しいキャラクタであった。


 カインは筆頭公爵家の跡継ぎということで、アルンディラーノと似た傾向があった。公爵家の跡継ぎという立場の重責と、妹ほど愛されなかった故に感じた孤独である。アルンディラーノと同じように立場では無く本人を見てくれる、結果を出したときに素直に認めてくれるヒロインに心引かれていく。

「カイン本人を評価する」「家族の温かさを伝える」系の選択肢を選ぶと好感度があがりやすい。ただし、責任感が強いためにアルンディラーノの様に「失敗してもやり直せば良い」といった方向の選択肢だと好感度が下がる。学年が違うため接点が少なく、好感度を上げるチャンスが少ないという点も難易度の高さをあげる要因だった。


 そしてクリスだが。


「ゲームでは、特に心の隙間とか抱えた闇とか無かったんだよな」


 カインはぼそりとつぶやいた。

 夏休みが終わり、最初の水曜日。夏休み前と同じように使用人控え室として借りている部屋にあつまって、放課後の魔法勉強会をしているところである。

 カインは窓際の椅子に座って部屋の様子を眺めていた。


 部屋の真ん中にはテーブルが置いてあり、それを囲う様にしてソファーが配置されている。今は、三人掛けのソファーにディアーナとアウロラとラトゥールが座り、『水魔法で温度の違う水を出せるなら、水と風の複合魔法である氷結魔法を覚えなくても水魔法で氷が出せるのでは無いか?』という事について議論を交わしていた。

 テーブルの上にはメモ書きされた紙が散らばっている。

 テーブルを挟んで向かい側にあるソファーは空っぽだが、その後ろでアルンディラーノとクリスとジャンルーカが魔法剣について議論を交わしていた。室内で魔法剣の実戦をすれば学校に怒られてしまうので議論だけなのだが、どこから拾ってきたのか木の枝に魔法を通してみたり構えてみたりしながら話し合っている。


「クリスって素直だよなぁ」

「そうですか? 結構生意気だと思いますけど」


 カインの独り言に、側に控えているイルヴァレーノが相づちを打った。本人達は議論に夢中なので聞こえる心配は無い。


「素直だからこそ生意気なんだと思わないか?」

「うーん。見方を変えれば……? そうかな……?」


 イルヴァレーノが腕を組んで首をひねる。一生懸命カインの言葉を理解しようとして考え込む姿に、くすりと笑いがこぼれた。

 イルヴァレーノと軽い会話をしつつ、カインは魔法剣について議論するクリスに目を向けた。

 幼い頃から近衛騎士団の訓練に一緒に参加していたクリスのことを、カインはずっと見てきた。アルンディラーノとクリスは攻略対象者なので、ゲーム開始までに心に闇を抱えさせない。健全に育っていくように見守っていたとも言える。

 そんなカインがずっと見てきたクリスの姿は、元気いっぱいでちょっと生意気だけど素直な男の子だった。


 クリスは両親共に健在で、父であるファビアンは近衛騎士団の副団長を務めている。

 副団長をまかされるぐらいなので、人柄は立派でカインから見ても尊敬できる人間だった。近衛騎士団での訓練中にクリスに対する態度や言葉遣いを見ても愛情を感じるし、クリスも父を慕っている様子だった。

 母親についてはカインは会ったことは無かったが、昼食を共にした時に漏れ聞こえてくる分には愛情深く、騎士である夫や騎士を目指す子ども達を心配する良い母親であるようだった。兄のゲラントとも仲が良く、家族仲に不安要素は見つからなかった。

 父を尊敬し、騎士になりたいという明確な目標もあって、それにまっすぐ努力して進んでいける、健全な男の子だった。

 カインが何か特別なことをするまでもなく、健やかに成長していたと思っている。ここまで、クリスに心の闇や隙間といったものは見当たらなかった。


「ゲームの方向性から言って、クリスってちょっと異質なんだよな」


 イルヴァレーノにも気づかれないほど小さな声で、カインがぼそりとこぼした。

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