その頃カインは

 一方その頃、カインは父ディスマイヤに連れられてあちこちの貴族と顔合わせをさせられていた。


「おまえ、サイリユウムに留学する前言っていたよな?」

「はい……」

「学校とは学ぶばかりで無く、縁をつなぐ場所だって」

「言いました」

「それで? 留学から帰ってきて魔法学園に入学して前期が終わったわけだが」

「はい」

「狩りやボート遊びやゲーム会、何でも良いが友人からの招待が一個もないってどういうことだ」

「でぃ、ディアーナに来ていた招待状も、ケイティアーノ達幼なじみからだったじゃないですか!」


 馬車の中、カインは向い合わせに座っている父に言い訳をした。学園入学前からの友人だから、学園で作った友人じゃないから、自分と同じだ! という主張である。通るとは、カインも思ってない。念のため言い訳してみただけである。


「ディアーナには、学園に入ってから出来た友人からも招待状は来ていたぞ」

「あぁ~」


 やはり言い訳が通じなかった事に、カインはわざとらしく頭を抱えて見せた。午前中にディスマイヤに連れて行かれた貴族家の令息はカインと同じ組の生徒だったのだが、あまり関わりが無かった為にお互いにギクシャクとした会話しか出来なかったのだ。招待状が来ないどころか、同級生と仲良く出来ていない事が父親にバレてしまったのである。


「まぁいい。午前中の家門で同級生がいたのはたまたまだしな。今日はエルグランダーク家としての仕事のついでだ。取引先の当主と後継者にお前の顔と名前を覚えて貰うのが目的だからな」

「法務省の方の仕事は連れて行って貰えないんですか?」


 カインは将来法務省に勤めたいと思っているし、ディスマイヤもそれを知っている。法務省の事務次官は世襲制では無いため、跡継ぎとしてという側面はないが、カインはコネが作れるなら作っておきたいと思っていた。


「法務省の方は機密事項も多い。家の仕事じゃないから、家族にも明かせないことが多いんだ。連れ回すことは出来ない。法務省に入りたければ、学園の勉強を頑張りなさい」

「はぁい」


 気のない返事をして、馬車の外を眺める。高い塀と、鉄格子の様な立派な門扉。門の隙間から広い庭とその奥にお屋敷が見える。そんな家ばかりを何軒か通り過ぎ、目的の家へと馬車は入っていく。


「ディアーナは今頃、きゃっきゃうふふの女子会なのになぁ。僕は将来お付き合いするおじさんに顔を売りに行くお仕事……」


 カインはぼそっとつぶやいたつもりだったが、入った屋敷の石畳の手入れが行き届いていた為か、馬車内はとても静かだった。


「私だって、カイン宛ての招待状が来ていれば、仕事に連れ出さずにそちらに行きなさいと言ったさ」


 呆れたようにディスマイヤに言われてしまった。ディアーナやラトゥールにかまけて自分の交友関係を広げていなかったカインの胸に、グサリと刺さる言葉だった。


「何にしろ、お前はもうサイリユウムの貴族学校を卒業しているんだ。それにアンリミテッド魔法学園の勉強も座学分は全て卒業分まで終了しているんだろ。魔法学園は成績さえ維持できていれば出席日数による留年はないんだ。ぼちぼちエルグランダーク公爵家の仕事を覚えて貰うぞ」

「出来る事は少しずつやってるじゃないですか」


 カインは領地から届いた陳情書の内容を確認し、他の領地の資料や過去の陳情書などを参考にして、妥当で受け入れるべき陳情であるかどうかを判断する、という仕事を請け負っている。休息日や学校から帰ってきた後に少しずつだが、パレパントルに教わりながらこなしていた。もちろん、パレパントルとディスマイヤがダブルチェックをしていて、カインが「不許可」としたものが「許可」に変わったり、その反対になることもある。


「今日は、隣の領地との諍い事に関しての話し合いだ。多分揉めるから、後々国王陛下へと裁定のお願いに行くことになると思う。どんな風に話し合うのかちゃんとみておけよ」


 カインは面倒くさいなぁと思いつつも、「はい」と短く答えておいた。

広い庭を抜け、馬車が止まったのでカインとディスマイヤが降りる。恰幅の良い高そうな服を着た貴族のおじさんが出てきて、にこやかにディスマイヤと握手を交していた。


「やあ、ようこそエルグランダーク公。今日こそ話し合いに決着が付くとよいですなぁ」

「歓迎ありがとうございます。こちらこそ、いい加減話をまとめたいのですがね」


 お互いににこやかに見えるが、よく見ると目が笑っていない。カインが父の手元に視線を落とせば、握手している手はお互いにぎゅうぎゅうと力一杯握り合っていた。

 これから「勉強のため」という理由で見せつけられる、貴族家当主同士の会談という名の舌戦を思うとカインは胃が痛くなるようだった。

 その後、やはり話し合いは決着が付かず、王城へ行くことになった。一時的に領地の境目に王国の騎士団を派遣して様子見、と言うことで話が付いた。

 その後、相手貴族が帰った後に謁見室とは別の応接室へと通され、


「アイスティア領とネルグランディ領の間にある領地であるが、もうどうにもならん。今の領主から没収するつもりなのだが、隣地のよしみでネルグランディ領に接収して一緒に管理してくれんか」


 と王様からぶっ込まれたのに、カインは気が遠くなりそうになった。もともとネルグランディ領は広い土地なので、さらに広がるとなると色々と調整が難しくなる。今の領主がダメダメで~ということなら、エルグランダーク家であらたにその地域を管理する代官を任命しなければならない。

 陳情書などを裁いていてある程度領地の問題に目を通していたカインは頭が痛くなる思いだった。地域毎に置いてある代官に対する、領民のクレームというのは案外多いモノなのだ。

 新しく下賜される土地の代官にふさわしい人物を探すところから始めなければならない。まさか、まだ学生の自分にその辺の仕事振ってこないよね? とカインはうかがうように父の顔を見た。


「有り難いお言葉ですが、現在頂いている領地でも手一杯でございます。私の領地が広がれば南や西の諸侯が黙っていないでしょう」


 ディスマイヤが、貴族間のパワーバランスを理由にいったん断りを入れた。カインは、「王様の依頼って断れるんだ?」とちょっと驚いた。


「うーん。そうだ。いっそカインに爵位を与え、カインの領地として収めてみるのはどうだ?」


 良いことひらめいた! みたいな顔して何言ってんだ! カインは思わずツッコみそうになるのを必死でこらえ、下唇をぎゅっとかみしめて声が出るのを抑えた。


「新たに爵位を頂かなくても、卒業後には余っている侯爵の位を譲る予定です。あと、まだ学生のカインにいきなり荒れ放題の領地を治めさせるのは無謀ですよ、陛下」


 きちんと断ってくれた父に、カインは心の中で感謝の言葉を連呼した。ディアーナの破滅フラグを折りまくるという仕事がカインにはあるのだ。今はまだ休息日や帰宅後になんとか回せている仕事も、領地の運営となれば学校を休まざるを得ない時が増えることが予想される。

 そんなことしたら、ディアーナと一緒にいられる時間が減るじゃ無いか! カインは、自分の頭上で交わされる父と国王陛下のやりとりを、無事に断る方向で終われ! と心の中で念じ続けた。

 結局、領地をネルグランディ領に合併する話はカインの卒業までは保留とすることになり、ネルグランディ領から代官を一人出すことで話は終わった。


 貴族当主になったら、毎日こんなことをやらなければならないのかと思うと、前世の安月給サラリーマン時代が懐かしくなるカインであった。

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