レディ達のお茶会 2
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「ディアーナ様は? 私たちの恋愛のお相手基準を聞いて何か思いつきましたの?」
「ディアーナ様にはカインお兄様がいますもん。きっと、カインお兄様が素敵な人を見つけてきてくださいますわ」
頬を染めてくねくね身をよじるケイティアーノを、いつものことだからという様にほおっておいて、ノアリアとアニアラがディアーナへと話題を振ってきた。
「え。えっと。私の結婚相手の条件は、私と一緒にお兄様をお支えしてくれて、私がお兄様を優先しても嫉妬しない方かしら……」
しどろもどろに、漸く条件を口に出したディアーナだったが、友人達はキョトンとした顔をしてお互いの顔を見合わせた。
「ディーちゃん。それは、好みではないわ。私で言うところの「水魔法が出来る方」という部分にあたる、最低限の条件ですわよ」
ケイティアーノが真面目な顔でディアーナを諭して来たが、
「私、ケイティアーノ様の『ディアーナ様と遊ばせてくれる方』も好みとは違うと思いますの」
「ディアーナ様とケイティアーノ様は、ある意味そっくりですもんね……」
ノアリアとアニアラはあきれ顔である。
「こほん。私たちは、おうちの為にも将来は結婚しなければならないんですもの。どういう方と結婚したら、幸せになれるのか。というのを、考えてみるのはいかがかしら」
ノアリアとアニアラの視線を受けてケイティアーノが空咳をひとつ。居住まいを正してディアーナに向き合った。
「私は……」
ケイティアーノの言葉に、少しうつむいて真面目な顔で考えるディアーナ。
自分の幸せって何だろう。
絵本を切っ掛けに、女性騎士になることに憧れた。その為の体力作りとコッソリ練習もしている。でも、サッシャを味方に付けるために本を書いたのも楽しかった。あの後しばらく、絵本作家になるのも良いかなと思っていた。サッシャと一緒に見に行った女性ばかりの歌劇団で、男装の麗人が剣を振るう姿も格好いいと思い、騎士がダメなら偽物だけど男装女優になって騎士の役を演じるのも楽しそうだと思った。イルヴァレーノの身軽さや投げナイフも格好いいと思っていて、ニンジャになるにはどうしたら良いか真剣に考えたこともある。
どれもこれも、ディアーナが「成りたい」「やってみたい」と言えばカインは否定しなかった。親から叱られそうな未来なら、こっそり力を付ける方法をカインは考えてくれた。いつだって、カインはディアーナの味方だった。将来法務省の役人に就職して、ディアーナがなりたい者になれるように法律だって変えてくれると言っていた。カインの口癖は「ディアーナを幸せにするのが僕の幸せだよ」だった。
「お兄様が、女性騎士でも、絵本作家でも、なりたいものになって良いって言ってたの。お嫁に行くのでは無く、やりたいことを、やるのが幸せだってお兄様が……」
ディアーナが、自信なさそうにぽつりぽつりとつぶやいた。
ケイティアーノやノアリア、アニアラが当たり前のように結婚を考えていて、その相手をどう選ぶかという話題で盛り上がっている中、自分の将来について、自分の幸せについて考えてみたら、結婚という選択肢が出てこなかったディアーナ。
「ディーちゃんの騎士姿はきっと格好良いと思いますわ。うちは辺境領じゃないので騎士団を持てませんが、ディーちゃんがどこかの領騎士団に入団するのであれば、その領地の方と結婚するのも良いかも知れませんわね。ディーちゃんが絵本作家になるのでしたら、私はお父様にお願いしてディーちゃんの絵本ばかりを売る本屋さんを作っていただきますわ」
「カインお兄様なら、きっとディアーナ様の夢を叶えてくださいますもんね」
「カインお兄様は、ディアーナ様の絶対的な味方ですの。きっとディアーナ様を幸せにしてくださいますの」
友人の三人のレディー達は、ディアーナの言葉を肯定してくれた。少し自信の無かったディアーナは、ほっとして胸をなで下ろし、カップを持ち上げてお茶を飲んだ。とても喉が渇いていた。
「でも」
ディアーナがゆっくりとお茶を飲み、カップを置くのを待ってケイティアーノが声を掛ける。
「でもね、ディーちゃん。ディーちゃんの努力とカインお兄様の努力で、きっとディーちゃんは騎士になれると思うわ。でも、周りの女性が一人もいない職場で頑張らなくちゃいけなくなるわ。貴族の大人達からは『女性のくせに騎士なんて』って陰口を言われてしまうかもしれないし。エルグランダークのおじ様とおば様からはとても怒られて、嫌われてしまうかもしれない。ディーちゃんの味方は、カインお兄様と私たちだけになってしまうかも。私たちも、ディーちゃんの味方でいたいけど、お父様やお爺さまの意向によっては、表だっては仲良く出来なくなってしまうかもしれない」
ケイティアーノはゆっくりと、できるだけ優しい声になるように気をつけて発言をした。ディアーナの顔は、困惑している。
「ねぇ、ディーちゃん。ちゃんと考えて? カインお兄様の考えるディーちゃんの幸せと、ディーちゃんの考える自身の幸せは、きっと似ているようで違うと思うの。私は、ちゃんとディーちゃんが考える、ディーちゃんの幸せ。ディーちゃん自身が幸せだなって感じる、そんな風に幸せになってほしいのよ」
「ケーちゃん……」
ディアーナは、今まで見たことのない真剣な顔のケイティアーノから視線が外せなかった。
ノアリアとアニアラは、そんな二人を温かい目で見守っている。ケイティアーノがちょっと厳しいことを言ったところで、実際にディアーナが変な未来を選んだとしても全力で応援するに決まってる。そんな確信が二人の心の中にはあるからだ。
なんだかんだ仲良し四人組と周りからは思われているが、ケイティアーノのディアーナ愛についてはマネできないし間に入れないのだと、それなら二人が繰り広げるドラマを一番前でみられる傍観者であろうと、ノアリアとアニアラはもうずっと前から達観していたのだった。
さわさわと、四阿の下にある池の水が風に吹かれて小さく波立つ音が過ぎていく。無言でお茶を飲むノアリアとアニアラ。そして、見つめ合うディアーナとケイティアーノだったが、パシャンと小鳥が池に飛び込んだ音を切っ掛けに、ケイティアーノがふっと息を吐き出して肩を下ろした。
「さて、恋愛話はここまでにして、夏休みが終わった後のお話をいたしましょう?」
努めて明るい声をだして、ケイティアーノがにこやかに笑う。
「後期の最初の月は何の行事があるのでしたっけ?」
「学園内にある畑で、魔法薬の材料になる野菜や薬草を収穫するんですの」
「あら、それは再来月じゃありませんでした?」
「夏休み明けにあるのは、魔法の実技テストですもん」
「体力測定もあるんじゃなかったかしら」
ケイティアーノの一声でお茶会の空気が変わり、いつも通りに四人で会話が弾み出す。
ほっとしたディアーナも、何も無かったように薬草の収穫や体力測定が楽しみだ、と会話にまざった。エルグランダーク家でお披露目した綿菓子も、高位貴族の家ではお茶にいれる砂糖代わりに出すところが増えていて、ケイティアーノのお茶会でも出されている。
メイドが新しくいれてくれたお茶の上に、ディアーナは桃色の小さな綿菓子をぽんと乗せる。じわじわと溶けていく綿菓子を眺めながら、ディアーナは「カインが思うディアーナの幸せと、ディアーナが思う本人の幸せは違うかもしれない」というケイティアーノの言葉について考えていた。
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一つ前の『レディ達のお茶会1』に記載漏れがありました。
2024/02/08に漏れていた部分を挿入しました。
2/7にお読み頂いた方も、もう一度前半だけお読みいただければ幸いです。
2/8日以降にお読みの方は、問題無く読んでいただけます。
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