さようなら

 夏も盛りにはいり、夏休みも折り返しという時期に、王兄殿下は静かに息を引き取った。


 元々、もう長くはないだろうと言われていたのもあって王妃殿下はアルンディラーノを連れてアイスティアに視察に来ていたのだ。

 先代国王と王太后によってその存在を隠され続けていた王兄は、葬儀もひっそりと行われた。しかし、アイスティア領騎士団の団員や領主館の近くに住む領民達、王妃殿下とエリゼ、そしてリベルティとティアニア。近しい人達から、心から惜しまれて送り出されていることがわかる、良い葬儀だったとカインは思った。


「穏やかなお顔でしたわ」

「そうだね」


 涙をこらえて、笑顔を作ろうとしているディアーナの肩を抱き頬を寄せてカインも頷いた。


 ゲームには出てこない、画面の外の人物。カインとしての王兄殿下はそういった認識の人であった。それでも、イルヴァレーノの姉貴分であるリベルティを通じてその不遇な人生を知り、ビリアニアやティアニアと接している時の言葉遣いや態度から優しい人柄を知った。

 カインは王兄殿下とは会うのが今回で二回目という程度の顔見知りでしかない。今夏はひと月ほどアイスティア領主館に滞在していたが、やはり体調不良の日が多いせいか顔を合わせた回数は少ない。

 それでも、その程度でも顔見知りの人物が亡くなるというのは悲しい物だった。


 カインとディアーナの祖父母はカインが生まれる前に馬車の事故で亡くなっている。曾祖父母は健在だが諸国漫遊の旅をしていてあった事も無い。


 ディアーナは初めての死別、葬式を体験したことになる。ディアーナが体験する初めての『永遠の別れ』が、この穏やかな別れで良かったとカインは思った。


 青空に響き渡る弔慰の鐘に、カインは深々と一礼をした。

淡々と、粛々と受け入れていたつもりのカインだったが、頭を下げた視界の先、自分の靴にぽつりぽつりと水の玉が落ちるのが見えた。


 思ったよりも、あの穏やかな老人のことが好きだったのだと、その時カインは気がついたのだった。

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