アルンディラーノの顔が溶けている

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 馬車の中では元気のなかったアルンディラーノだが、アイスティア領に付いて一晩寝たら元気になっていた。深夜の到着だったのでカイン達はそのまま客室へと案内されて休み、翌朝改めてのご挨拶、という段取りになっていた。


「おじいちゃまは少し体調が不安定で……。代わりに私がご挨拶する事、おゆるしください」


 朝食の席で、王妃殿下とエリゼに丁寧に挨拶をしたのは、リベルティだった。母親から孤児院に預けられ、迎えが来ないまま貴族家に専属の針子として雇われていた元平民のリベルティだが、王妃殿下に助けられ、アイスティア領で領主夫人として過ごすうちにマナーをしっかりと身につけたようだ。


「カイン様、ディアーナ様。お久しぶりでございます! イル坊も元気そうね! さぁさぁ、昨日は一日馬車旅で疲れたでしょう? 沢山食べて元気だしてね!」


 カインが感心した途端に、気安い口調で元気いっぱいに話し掛けてきたリベルティ。平民として保護されていた時期に知り合ったせいで、気が抜けてしまうのかもしれなかった。孤児院でイルヴァレーノと一緒に過ごしていた時期があったらしいので、イルヴァレーノの身内という立場から気安く接せられるのであれば、カインはむしろ嬉しい気持ちだった。

 朝食をすませ、子ども部屋へと案内して貰えば、三歳になったばかりのティアニアも乳母との朝食を終えたところだった。


「まぁ! ディおねしゃまが、だんせーになっちゃわ!」


 カインの顔を見たティアニアは、舌っ足らずの言葉でそう叫んだ。


「あー……ティアニア様、僕の事覚えてませんかぁ」

「どうちまちょう! あるでぃらのにーしゃま! ディおねしゃまをおよめしゃんにできなくなっちゃわよ!」


 カインの声を無視して、ティアニアは一生懸命に叫ぶ。カインが前にティアニアに会ったのは、ティアニアが生まれてすぐの頃だった。

アルンディラーノはお気に入りの従姉妹と言うことで暇と許可があれば会いに来ていたらしく、ディアーナも領地に行く事があれば、前後でアイスティア領によっていたという事で、二人はティアニアからちゃんと認識されていた。


「こいつとは結婚しないから」

「アル殿下にはお嫁にいかないから」

「ディアーナの嫁ぎ先はまだ決まってないから!」

「う?」


 アルンディラーノとディアーナ、そしてカインから否定の言葉が一度に発せられ、ティアニアは混乱した。


「ディおねしゃまが、ふたり?」


 コテンと小さな頭を倒して疑問を口にする、その姿がとても愛らしかった。カインとアルンディラーノはそろって「ふわぁああああ」と口から魂でも出ているのかという声を漏らした。


「うふふ。ティアニア様。こちらは私の兄ですわ。そっくりでしょう?」

「ディおねしゃまの、おにーしゃま?」

「そうよ」


 そっくりな顔だけど、髪型も違うし身長も違う。カインとディアーナがそれぞれ別の人間だと理解したらしいティアニアは、絹で作られた涼しげなジャンプスーツの腰のあたりをつまんで持ち上げ、ぺこりと小さくお辞儀をした。


「はじめまちて、ティアニアでしゅ」

「はじめまして、カインです。可愛らしいレディとお会いできてとてもうれしいです」


 ティアニアのなんちゃって淑女の礼に対して、カインはきっちりと紳士の礼で返した。言葉はなるべく平たく、わかりやすく心がけたおかげでティアニアにはきちんと伝わったらしい。

 ニパッと笑うとカインの手を引いて部屋の隅に片付けてある色々な宝物を見せてくれた。


「可愛いねぇ。ディアーナの幼い頃を思い出すよ」

「ディアーナが三歳ということは、僕も三歳だろ……その頃、カインは六歳じゃないか」

「頭の良い六歳だったのさ。なぁ、イルヴァレーノ! 三歳の頃のディアーナはすっごい可愛かったよな!」


 カインが壁際に控えていたイルヴァレーノに向かって声を掛けた。イルヴァレーノはカインが六歳の時に裏庭で拾って以来の付き合いなので、当然ディアーナが三歳の頃のことを知っている。


「……デザートの食べ過ぎで、お腹を壊しておいででしたね……」


 気まずそうに、目を泳がせてイルヴァレーノがつぶやいた。とっさに思い出したディアーナとの初期の思い出が、よりによってそれなのかよと、カインがジト目でイルヴァレーノをにらむ。


「わたちは、ちゃんとケーキはんぶんこのやくそく、まもれてましゅわよ!」


 ティアニアが偉そうに胸を張ってみせ、そして頭が重いせいかそのままコロンと後ろに転がってしまった。ふわふわのラグが敷いてあるので痛くは無さそうだったが、アルンディラーノが慌てて抱き起こし、ディアーナが優しくその頭を撫でてやった。

 カインとディアーナとアルンディラーノがティアニアと楽しく遊んでいる頃、ラトゥールは蔵書が充実している書庫で黙々と本を読んでいた。

 クリスとゲラントは、国の正規騎士団でもなく辺境領の騎士団でもない、国内でも数が少ない「許可を得た私設騎士団」という存在について、訓練に混ぜて貰いながら色々と教わっていた。

 王妃殿下と母エリゼは、ベッドの上で過ごすハインツ王兄にお見舞いにうかがい、色々な話を交していた。


「王兄殿下が布団に伏せり気味になられた事で、領地の雰囲気が暗くなりそうだったそうなのだけど」

「ティアニア様とリベルティ嬢がとにかく明るいので、救われているそうよ」


 とは、王妃殿下とエリゼが夕食で語った話だ。

アイスティア領はあまり広い領地ではないが、淡水湖があって真珠が取れる。そのため金銭的には困っておらず、騎士団もあるため治安も良い。

 カインが提案した車椅子が騎士団の元馬車職人や家具職人らの手で完成した後は、ハインツ王兄殿下も庭や領内を散歩するようになり、その穏やかで優しい人柄から領民にしたわれていたそうだ。


「魔脈のある場所、魔力の濃い場所に魔獣が出やすいというのは統計的に言われていることですが、それとは別に『治安が悪く、世相が暗くなってくると魔獣が出没しやすい』という迷信もこのあたりにはあるんですよ」


 と、アイスティア領騎士団の団長であるビリアニアが語る。ビリアニアは攻略対象であるマクシミリアンの兄で、リベルティに手を出した男の兄でもある。つまり、ティアニアの伯父にあたる人物である。ハインツ王兄殿下の身の回りの世話をする代わりに、王兄殿下亡き後この領地を下賜される予定となっている。しかし、ビリアニア本人は自分の騎士になるという夢を叶えてくれたハインツ王兄殿下を尊敬しているため、なるべく長生きしてほしいと願っている。


「我が領の騎士団は、王兄殿下をお守りするためだけに存在します。王兄殿下亡き後は解散することになっていますから、彼女たちの明るさは救いですよ」


 世相が暗くなると魔獣が出没しやすい。そういう迷信があるのだとすれば、領民皆が明るく朗らかでいる事が魔獣の出没を抑止できる方法だといえる。


「ビリアニア様は、騎士団のお仕事と領地運営のお勉強、その他にも沢山お仕事を抱えていらっしゃるのに、ティアニアと沢山あそんでくださるんです。おじいちゃまにも私にもお優しいから、頼りにしているんです」


 そういってビリアニアに寄り添うリベルティは、ちょっとテレながらも嬉しそうに笑っている。

 カインは、おやつのドーナツを半分に割りながら、皮肉な話だなとリベルティを眺める。

サージェスタ侯爵家を継ぐためにリベルティを捨てた次男は、王家に忖度した世代交代で子爵となったが、財務省顧問の座を引退させられた祖父からひどい叱責を受けたらしく、領地に閉じ込められているらしい。そんな次男から継承権を奪うために、リベルティとその子どもを誘拐しようとして失敗したマクシミリアンは、魔導士団で下っ端としてこき使われている。

騎士になりたくて侯爵家を捨てた長兄のビリアニアの方が、このあと領地持ちの伯爵になり、王族の妻を娶ることになりそうだという皮肉な話。


「結局、情けは人のためならず。ってことだよな」

「何の話ですか?」


 カインのカップにお茶のおかわりを注ごうとしたイルヴァレーノが、カインの独り言を聞いていた。


「リベルティ嬢が明るく楽しく過ごしている事で、領地の皆が元気づけられれば魔獣も出にくくなるっていうのなら、巡り巡ってリベルティ嬢やティアニアも安全に過ごせるって事だなって」

「ああ、なるほど」


 イルヴァレーノはリベルティと幼い頃の知り合いなので、カインはことわざの意味を良い方の話として伝えた。



イルヴァレーノに聞かれたときに、「悪いことをした人には悪いことが返ってくるというのは、因果応報って言うんだったな」と思い直したからだ。

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祝!400話


いつも誤字脱字報告ありがとうございます。

大変助かっております。

7巻発売からひと月経ちました。お読みいただいた方、いかがでしたでしょうか?

これからも悪役令嬢の兄に転生しましたをよろしくお願いします。


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