領地の異変 3
ディアーナとラトゥールが仲良く(?)歩いているのを後ろから眺めながら、カインものんびりと歩いていた。動きやすい服装の上からティルノーア先生に貰ったローブを羽織っているが、腰にはちゃんと剣も下げていた。
「ここまで魔獣の気配は全くないね」
「だろ? だけど、森の管理小屋とか農作業小屋で作業している人達からは感謝の声もかかっただろ。ちゃんと見回り強化してるぞっていう目に見える保証がある事が大事なんだよ」
「その調子で、このまま叔父さんの後を継いで領地管理よろしく。キールズ」
「はぁ? やだよ。騎士団の面倒も見て領地の面倒も見るなんて無理に決まってるだろ。伯父様の後を継いでちゃんとカインがやってくれよ」
「それこそ嫌だよ。僕は王都で法務省の役人になるんだから」
「伯父様は法務省の事務次官やりながら、領地の税務関係と経理関係と人事関係ちゃんとこなしてるじゃないか」
その結果が、何年か前の領民の暴動だろう。とは、カインも言わないでおいた。そもそも、ディスマイヤが王都にいるのに領地の運営が出来ているのは、領地から上がってくる報告書の類いがきちんと整っているおかげであるし、仕事の半分ぐらいはパレパントルと母がこなしているのをカインは知っている。
「僕はね、キールズ。法務省の役人になって法律を変えてやるんだよ」
「何をどう変えるつもりなんだよ」
「まず、女性も騎士団に入団できる様にするだろ? あとは、貴族女性も爵位を継げる様にして、当主にもなれる様にする。仕事が出来るのであれば、平民でも王城勤務が出来る様にするし、狩猟大会や剣術大会などに令嬢も参加できるようにする」
カインが指折り数えながら言うのを聞いて、キールズは呆れたような顔をした。
「全部ディの為じゃないか」
「当たり前だろ。ディアーナの将来の可能性を広げるために、僕は頑張るんだよ」
「ああ、そうだ。それならディが婿取りして領地管理してくれてもいいぞ。令嬢が表立って仕事しても良いって法律つくるならそれもできるだろ」
良い案だ! という顔でキールズが言う。カインはふむ。と顎に手を当てて考えてみた。確かに、王都から距離をとって辺境のネルグランディ城でディアーナが過ごすようになれば、攻略対象者であるアルンディラーノやクリス、アウロラから距離を取ることが出来る。そうすれば、破滅エンドからディアーナの身を守ることが出来るかもしれない。案外良い案ではないかと思ったが、
「王都で王城勤めをする僕とは離ればなれになるって事じゃ無いか」
却下だ却下! と手を振ってキールズに提案を突き返した。
二時間おきに、乗馬組と徒歩組が入れ替わり、ラトゥールがへっぴり腰で乗っている馬をキールズが引いてやったり、途中で飛び出してきた小型の魔獣を王子達に良いところを見せようとした見習い騎士達がオーバーキルしてみたり、後方での魔法支援として付いてきたはずのディアーナが剣で小型魔物を倒してみたりといった平和な行軍のまま領都へと到着した。領都では騎士学校の食堂で昼食を取りつつ休憩し、町の警邏隊と情報交換をした後に、領城へと向けて別の道を使って折り返した。
行きとは違う道を使っての帰り道も、おおよそ平和なまま終わり無事に城へと帰還することが出来た。
「ご指導いただいた近衛騎士殿達へ礼!」
「ご指導ありがとうございました!」
概ね平和だった領内の見回りについて、正騎士であるキールズと近衛騎士から助言や苦言を貰い、見習い騎士達がお礼を言ってその日は解散となった。
二日目は、二班に分けて手分けをして見回りをすることになった。半数が領都から出発し、半数が領城から出発してそれぞれ別の道で巡回をすることになった。一日目の様子から、人数が多すぎてもとっさの判断と初動に遅れがでる可能性が近衛騎士から指摘された為である。
近衛騎士達はアルンディラーノの側を離れるわけには行かないため、領都出発組の引率はキールズが行い、領城出発組はカインが統率をとることとなった。
「やはりジャンルーカ様は騎士の国の王子様ですね。とっさの時の動きがちがいました」
ゲラントが感心したようにジャンルーカの評価を口にした。人数が減った為、ゲラントとカインが並んで歩く場面も出てきたのだ。
「昨日は途中でウサギとかタヌキが少し出ただけだっただろ? そんなに違いがわかるほど動く場面があった?」
昨日のことを思い出しながら、カインが聞き返す。先頭を歩いていた見習い騎士が魔獣発見の号令をあげた後、王子や近衛騎士に良いところを見せたがった見習い騎士達が一斉に襲いかかってオーバーキルする場面しか思い出せなかった。その後、見習い達は近衛騎士やキールズに叱られてしばらくしょんぼりと歩いていた悲しい背中が脳裏に浮かび、可哀想なのでカインは頭を強めに振って記憶を意識の外に吹き飛ばした。
「魔獣発見の号令が掛かった瞬間、剣に手を掛けるのが誰よりも早かったのはジャンルーカ様でした。駆け出さずに重心を落とし、別方向からの襲撃に備えていたようでしたので、さすがだなと思いました」
ジャンルーカのその状態を見ていたと言うことは、ゲラントは他の見習い騎士のように「わー!」っと駆け出さず、落ち着いて状況確認をしていたと言うことである。
「クリスとアル殿下の面倒みていたからそんなにおちついてんの?」
ゲラントはカインの一歳年下で、クリスとアルンディラーノの二歳年上である。カインが留学して以降は近衛騎士団に交じっての剣術訓練では子ども世代の最年長ということになる。その上、クリスもアルンディラーノもヤンチャなところがあるので、自然と世話焼き係になってしまうのかもしれないとカインは思った。
「そんなことは無いと思いますけど。ああでも、アル様はジャンルーカ王子殿下という王族友だちができたせいか、少し大人っぽくなった気はしますね」
そう言って、ゲラントは視線をクリスに向けると「クリスももう少し落ち着いてくれると良いんですけど」と続けた。
二日目もお昼頃に領都に到着し、騎士学校の食堂で昼食を取らせて貰うと休憩後に領城へ向けて折り返した。途中、野生のイノシシと、イノシシに柵を壊されて逃げだした羊に遭遇するというハプニングもあったが、ジャンルーカとクリスが率先してイノシシを倒し、ゲラントとカインとディアーナで羊を集めて元に戻した。ラトゥールは密集して移動する羊に挟まれて、流されるように農場へと連れ去られそうになって近衛騎士に助け出されていた。
「少人数の部隊となったせいか、ハプニングがあった割には見回りが早くおわりましたわね」
ネルグランディ城が視えてきた頃に、ほっとしたような声でディアーナが言った。
「そうだね。気をつけていたつもりでも、大勢で歩くとどうしても早くなったり遅くなったり、統率をとるのは難しいよねぇ」
馬に騎乗して並んであるくディアーナへ、カインが腕を精一杯伸ばして頭を撫でてやる。自分のペースで歩けないというのは、精神的にも肉体的にも疲れる物だ。
カインは、前世で人があふれるショッピングモール内の玩具屋に営業に行ったときのことを思い出す。ゆっくりと歩く親子連れを追い越すに追い越せずに自分もゆっくりと歩いたり、ちょっと様子が見たかった店舗の前なのに人の流れが速くて立ち止まれずあっという間に通り過ぎてしまった事などを思い出して、ぐったりした。
「昨日は、先頭を学生見習い騎士達が歩いていましたからね。すぐ後ろにいる王太子殿下を意識してしまって歩速が遅くなりがちだったようです」
「そんな中で、さすが副団長のご子息ですよね。ゲラント君は殿下を誘導することで先頭メンバーをコントロールしていたみたいです」
ゴールである城も視えてきて気が抜けてきたのか、後方を歩いていた近衛騎士が話し掛けてきた。カインが留学前に一緒に訓練したこともある人達なので、気安いというのもある。
「ゲラントって、どうですか?」
カインは留学から帰国後、学園編入までのわずかな期間に近衛騎士団の訓練にも顔を出していた。そこでゲラントと手合わせなどもしたので剣の腕前が上達しているのはわかった。しかし、騎士というのは、さらに近衛騎士を目指そうというのであれば剣の腕前が良いだけでは話にならない。
「剣の腕前はカイン様もご存じの通りですね。現役の騎士に比べればまだまだですが成長期ですしね、期待の星ですよ」
「何より、ゲラント君は礼儀正しいし人当たりも良い。すっきり系の美少年な所も良いですね。王宮騎士団や近衛騎士団向きですよ」
王宮騎士団は王宮や王城、王都の貴族街などが管轄の騎士団で、近衛騎士団は王族を守る為の騎士団だ。貴族と相対する機会が多いので礼儀正しいとか見た目が麗しいというのは重要な要素なのである。
「では、ゲラント様はいずれアル殿下の近衛騎士になるのかしら?」
「そうですね。幼い頃から遊び相手としてお仕えしておりますし、そのように手配されるでしょうね」
ディアーナの質問に、近衛騎士の一人がにこやかに答えた。「それでも、実力的な贔屓はされませんから卒業から数年はかかるでしょうね」ともう一人の近衛騎士から付け加えられていた。
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