領地の異変 4

 ネルグランディ領の見回り三日目。


 騎士の国サイリユウム出身であるジャンルーカと、騎士見習いのクリスとゲラントは率先して騎士団の手伝いに走り回った。遊撃隊的に領地を飛び回っていた第三部隊(通称脳筋部隊)の一部が戻ってきたのもあって、見回りメンバーに余裕が出来たのもあり、アルンディラーノとカインとディアーナは騎士団の訓練所等の見学をすることになった。


「とはいえ、今は皆出払っているんで空っぽですけどね」


 カイン達を案内してくれているのは、第三部隊所属のマルシェロ・バルミージャ。マクシミリアンの友人で、以前ネルグランディ城に不法侵入した罪を償うために過酷な第三部隊に無理矢理入隊させられた人物である。当初はひょろひょろした体型で剣より魔法が得意なタイプだったはずだが、すっかり騎士らしい筋肉質な体になっていた。


「がっしりとした騎士らしい体つきになったじゃないか」


 そう言ってカインが褒めたら、


「いやぁ、隊長達みたいに筋肉に力を込めてシャツを破く事もできませんし、まだまだですよ」


 と言って照れていた。そこ、照れるところなの? とカインとディアーナはシンクロした角度で首をかしげた。


「騎士学校を卒業しても居ないのに騎士団に入団させていただいたこと、感謝しております」

「運動が苦手そうな人達に、無理矢理騎士団の地獄の訓練を受けさせようって罰則だったんだけどね。しかも、一番最前線に近い部隊にいれることで最悪死ぬ可能性だってあったのに」


 正規の手順で騎士団へ入団したわけではないので、部隊移動の申し出も脱隊の申し出も出来ないしさせないという刑罰だったのだ。場合によっては遠回しな死刑と言っても過言ではなかった。


「ええ、実際に十数回ほど死にかけました。おかげで、生きてるって素晴らしいと思えるようになりましたし、幼い命を奪ったかもしれない過去の自分の愚かさを反省することが出来ました」


 死にそうになる度に、筋肉がよみがえり、成長する感覚があるんですよ。と恍惚とした顔を浮かべていたので、カインはもう「良かったね」としか言えなかった。

脳筋部隊に入って苦労しろ! というつもりだったのに、見事に脳筋に染まってしまっていた。罰則になっていたのか微妙な所ではあるが、更生したと考えればまぁ良かったのだろうとカインは思うことにした。


「それで、ネルグランディ領騎士団の第三部隊と言えば遊撃隊だろう? 魔獣発見の報を受けて一番に駆けつける部隊として、何か気がついたことはないか?」

「はっ。詳細については書類にて騎士団長へと報告済みではありますが」

「構わない、ざっくりとでいいから気になったことを報告せよ」


 一緒に訓練場や騎士団詰め所の見学をしていたアルンディラーノが、王太子っぽく問いかけた。その、堂々とした姿にカインはまた驚いた。

 前世の記憶のあるカインにしてみれば、十二歳というのは小学校六年生という意識がある上に、アルンディラーノは四歳の頃から成長を見守ってきた相手である。こんな立派に王族らしく振る舞えることに驚いてしまったのだ。魔法学園での放課後魔法勉強会など、カインの前では子どもらしく振る舞っているので気がつかなかったが、考えてみれば乙女ゲームの攻略対象者なのだ、それらしく振る舞えるに決まっていた。


「現れる魔獣に統一性がない事が気になりました」

「というと?」

「森では、元々森に住む獣に似た魔獣が出るとか、川なら川に、山なら山に住む獣に似た姿の魔獣が出ることがほとんどでしたが、今年に入ってからの魔獣騒ぎでは、その法則から外れていることが多いです」

「ふむ」


 魔獣というのは、本来は野生の獣が魔脈から漏れる魔力とかに影響されて変化した物なのかもしれない。マルシェロの話を聞いてそう思ったカインが聞いてみれば、


「そうですね、今のところ世間的にはその説が有力です」


 とマルシェロは出来の良い生徒を見るような目でカインを見つめてきた。今は発展途上マッチョなマルシェロだが、元々マクシミリアンの友人なので学力は高い。貴族だが三男だか四男だかという話だったので、マクシミリアンの悪巧みに乗っかっていなければ魔法学園の教師になっていたかもしれない人なのだ。年下で現役学生であるカインやアルンディラーノが少しの説明でその先を理解できる事が嬉しいようだった。


「ですが、水辺の近くに居るはずのワニ型の魔獣が山奥から出てきたり、川の中から鳥形の魔獣が飛び出してきたり、森の浅い場所に大きな角の鹿の様な魔獣が出てきたりしてるんですよ」

「それは、確かに変だな」


 言われた魔獣が出てくるところを想像したのだろう、アルンディラーノが変な味の物を口に入れたような奇妙な顔をした。


「後、コレは関係あるかどうかわからないんですが……」


 ネルグランディ領の騎士団武器保管庫を案内しながら、マルシェロは声を潜めた。訓練所や詰め所は、騎士が不在とはいえ通りすがりの使用人や厨房に通う料理人などがいる可能性があるが、武器保管庫は閉じた場所なのでドアを閉めてしまえば無関係の目は届かなくなる。あまり人に聞かせたくない情報なのかもしれない。


「黒いドレスの女が魔獣をけしかけてきたんです」

「は?」


 カインは冗談かと思ったのだが、マルシェロは大真面目な顔をしている。

魔獣というのは、魔力を帯びていて魔法に似た力を使ってくる獣である。凶暴な性質を持っていて、人や獣が遭遇すると襲いかかってくる。普通の農民相手でもやられてしまう様な角ウサギや牙タヌキですら、人を見かけると逃げること無く襲いかかってくるのだ。過去に色々試した研究家もいたようだが、飼い慣らすことも繁殖させる事もできなかったので、倒すしかない害獣なのだ。

そんな魔獣を、人がけしかけてきたのだとマルシェロは言う。


「元々その人が襲われていたけど、騎士団が駆けつけたから標的を変えたのを見間違えたんではないのか?」


 アルンディラーノが難しい顔で聞き返す。襲いかかってきた魔獣の後ろに、たまたまその黒いドレスの女がいただけでは無いか? というのはありえそうに思えるが、おかしい話である。


「森の中にしろ、山の奥にしろ、領民が発見して騎士団の派遣を要請してたどり着いて……その間『ドレス姿の女性』が無事に立っていること自体がおかしいですよ。アル殿下」

「見回りしていた騎士団が発見した魔獣だってあるのだろう?」

「それはそうですが……。女を見かけたのは私らだけでは無いんですよ」


 複数箇所で目撃情報があるのか。カインは口のなかで繰り返して、思案する。どういうことだろうか。


「それで……その。言い訳に聞こえるかもしれないんですが」


 そこまで来て、マルシェロがさらに言いにくそうに口ごもる。


「なんだ?」

「コレはまだ、騎士団長へもご報告していない事なんです。でも、カイン様にはお聞かせしておこうかと思いまして……」


 コレまでは、形として王太子殿下であるアルンディラーノへ報告しているていで会話していたが、ここに来てマルシェロはカインへと向き直って姿勢を正した。


「マックス……。マクシミリアンに、兄上に隠し子がいる事を公表して立場を失墜させてその地位を奪えってそそのかし、ネルグランディ城に隠し子がいるって教えてきた女に、似てるんです」

「そういえば」


 あの時、黒い女にそそのかされたみたいなことを言っていた事を思い出してカインは頷いた。


「もちろん、あれから何年も経っているのに同じドレス着てるとかおばさんになってないとか、不可解な点はあるんですが、似てるんですよ」

「黒いドレスの女って?」


 アルンディラーノが不可解な顔をしてカインを見上げてくるので、カインは簡単に説明した。アルンディラーノも、ティアニアが過ごしていた『ゆりかごの部屋』襲撃事件の事は覚えていて、その時の実行犯達をそそのかした人物が『黒いドレスの女だった』といえばなるほどとすぐに頷いた。


「今夜、母上に話してみる。貴殿も過去の過ちを改めて報告するのは辛いかもしれないが、きちんと騎士団長へと報告するように」


 アルンディラーノが立派な言葉遣いで自分の二倍も体積がありそうな騎士へと指示する姿をみて、カインは『こんなに立派に育って……』と父親の様な気持ちで涙ぐみそうになったのだった。

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