領地の異変 2
「最初は、新しい魔脈の発見か? とか言って浮かれていたりもしたんだけどなぁ」
魔獣の発生場所を騎士団が調査をした結果、違ったらしい。
キールズの話をまとめると、
・魔獣の出没数が増えている。
・魔石の鉱脈などと関係の無い場所で発見されることが増えた。
・森の獣や家畜が襲われたケースでは、追いかけ回したあげく痛めつけるだけ痛めつけて放置されていて、動物が魔獣に食べられた形跡がなかった。
・一カ所に出没する魔獣の数は多くないが、領内のあっちこっちで出没している。
と言うことだった。
「対処しなければならない場所が多いし、不安になっている領民の為の見回り場所や回数も増やしているんだ。戦力が分散して手が足りなくなってきてるんだよ」
一度に出てくる魔獣の数が少ないため、騎士たちはたいした怪我もしていないし死者もでていないらしいが、とにかく疲れ始めているということだった。
「そこで相談なんだが!」
ひときわ声を大きくしたキールズが、小食堂のテーブルを囲むメンバーをぐるりと見渡す。
「ネルグランディ城周辺と領都周辺の見回りと小物魔獣退治を手伝ってくれないでしょうか?」
「無理だよ!」
キールズの言葉に、カインがかぶせるように応えた。
「我が国の王太子殿下と隣国の王子殿下だぞ!? ダメにきまってるだろ」
「夏休みの間動員される、領都の騎士学校の三年生達と一緒だから! ちゃんと見習い騎士に見合った内容だから! 新人だけど正騎士の俺も一緒だから!」
キールズはテーブルに手を突いて深々と頭を下げた。
ネルグランディ城と、城から馬でのんびりで半日、急げば一時間という距離にある領都とその周辺は、今のところ新規の魔獣の出没情報は無いらしい。
いるのは元々生息していた角ウサギや牙タヌキと言った小型の魔獣ばかりなのだが、領内全体で魔獣被害が出ている為にそんな小物魔獣に対しても怯えてしまっているらしい。元々は、領都の住民でも腕っ節に自信がある成人男性なら難なく倒せる程度の魔獣である。
キールズとしては、その今のところ安全な場所の見回りを騎士見習いの学生に任せて、正規の騎士を他の地域に割り振りたいのだろう。
「私でよろしければ、ご協力させてください」
手を上げたのは、ゲラントだった。
「私も王都の騎士学校の三年生で、来年から騎士見習いという立場です。経験を積むチャンスですから、参加させていただきたいです」
ゲラントの言葉に、ガバリと顔を上げたキールズは嬉しそうだ。
「俺も! 俺も参加します! まだ一年生だけど近衛騎士団に交じって練習してきたから!」
ゲラントについで、クリスも元気よく手を上げた。チラチラと兄のゲラントの様子を見つつ一生懸命に出来る事をアピールしている。
「父は騎士爵を頂いている騎士ですが、息子である僕らは平民です。何かあっても責任を追求されることはありませんし」
というゲラントの言葉は、カインに向かってだった。反対していたのがカインだったからだろう。
「いけませんよ」
サッシャの声がしたと思って振り向けば、いつの間にかディアーナの後ろへと移動していたサッシャが、挙手しようとしていたディアーナの手を下ろさせている所だった。ディアーナの顔は不服そうである。プクッと膨らんだディアーナのほっぺたがとても可愛いとカインの目尻が下がる。
「いま、ジャンルーカと相談したんだけどさ」
と、今度はアルンディラーノとジャンルーカが小さく手を上げた。
「見回り範囲はいつもと変わらぬ状況というのであれば、視察と言うことにして僕が同行すれば良いと思う」
あくまで視察であり、騎士団の手伝いで魔獣退治をしにいくのではない。ということにしようというアルンディラーノの提案である。
「それに、僕が行けば近衛騎士が護衛として何人か付いてくる。領騎士団の騎士の穴埋めには十分だろう?」
「ありがとうございますっ!」
アルンディラーノの提案に、キールズが間髪いれずに感謝の言葉を叫んだ。カインに邪魔させないためである。
キールズのそんな顔をみて、カインは「ああ、キールズの本当の狙いはコッチか」と気がついた。結婚して独立をしてから、ずいぶんとしたたかになったものである。
その後、「騎士じゃ無く、後方支援の魔法使いとしてついて行きます! 後方支援なら危険もないし、令嬢らしさを保ったままやれます! 将来の天才魔法使いラトゥールも一緒なので大丈夫です!」とディアーナが主張したことにより、我関せずを決め込んで本を読んでいたラトゥールも巻き込まれることになった。
その時のラトゥールの凄い嫌そうな表情を見て、カインは「ディアーナの愛らしさに惑わされない男子生徒か……」と、側に置いて安全な男子と捉えるかディアーナのかわいらしさをわからない大馬鹿者と捉えるか大いに悩んだのだった。
その日の夕飯時、王妃殿下と母エリゼからの許可も無事に得られたので、翌日から学生騎士見習いによるパトロールが行われる事になった。
カインとしては、王妃殿下から反対されると思っていたので許可された事に驚いたのだが、「もう学園に入学しているのだもの。あまり過保護にも出来ないわ」という事だった。そもそも、近衛騎士も付いてくるし、見習いとはいえ卒業間近の騎士学校の生徒がぞろぞろと周りを固めるのだから、まずまず安全でしょうという判断らしい。むしろ、
「あの子をいつまでも子ども扱いしているのは、むしろカインの方ではなくって?」
と笑われてしまった。四歳の頃から見ている上に、留学中はほとんど顔を合わせていなかったのだ。カイン自身も「もしかして、俺が思うより攻略対象者達は成長しているのか?」と考えを改める切っ掛けとなった。
早朝ネルグランディ城に集合した見習い騎士達と近衛騎士、カイン達帰省組は全部で二十名ほどの団体となった。半分が馬にのり、半分は徒歩での行軍となる。
馬に乗った者達は、歩兵にあわせてゆっくりと馬を走らせる練習になり、徒歩で行く者達は体力を温存する歩き方や馬を驚かせないように行動する練習になる。そして、二時間置きに乗馬組と徒歩組は交代することになっていた。
先頭には騎士学校最終学年で成績上位者の数名が立ち、続いて近衛騎士二名に挟まれたアルンディラーノとジャンルーカ、そのすぐ後ろにクリスとゲラントがくっついて歩いている。
そこからまた見習い騎士達が整列して歩き、周りを乗馬組が見習い騎士と近衛騎士半々で囲むように進んでいる。
「天気が良くて良かったですわね」
「……」
「会話しながら歩くのも、体力作りの一環ですのよ?」
「……」
「そういえば、お天気によって魔法の使いやすさって変わるのかしら」
「雨の日は水魔法が強くなるという学説があったけど、五年前に否定されている。魔法で作り出した水魔法に自然界の水である雨が干渉してしまって指定した方向へと飛んで行かない事があるという研究結果が出たからで、むしろ雨の日は水魔法の威力および操作のしやすさが下がるというのが今の定説。ただし、風魔法は風上から風下に向けて竜巻系の魔法を打つときは威力が増すとされており、風の刃系の魔法は威力は増すが操作性は下がると言われている。しかし、風魔法については定量的な実験がされたわけではなく、提唱者のアラン・スミシーは自身と弟子一名のみで実験した結果を基に論文を書いたと言われていて、再実験の必要性が問われているものの実験するに値する程の強風が発生する日を予測することが出来ないために保留とされているんだ。土魔法については、単純に雨が降ると地面が泥状になるため扱いにくくなるが、コレは地面に水をまいても同じ事がおこるので厳密には『天気による不利』とは言えない」
「魔法のことになると急におしゃべりになりますわね」
「ハァ……ハァ……」
「息切れしてますわね。魔法使いも最終的に物を言うのは体力ですわよ」
見習い騎士達の見回り行列の後ろには、後方支援の魔法部隊として歩いているディアーナとラトゥールも楽しそうにおしゃべりをしながら歩いている。ラトゥールは半袖シャツに学園制服のズボンという姿で、ディアーナは女性用の乗馬服を着て腰には細身の剣を佩いていた。母と王妃に見送られた出発時には、クリスがまるで二刀流でもあるかのようにディアーナの剣も佩いた状態で整列してごまかした。
行列の最後尾には、カインとキールズが並んで歩いている。脱落者が居ないか、落とし物が無いか、進行速度が速すぎたり遅すぎたりしないかを確認する為である。
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