領地の異変 1

 ネルグランディ城に到着すると、カイン達を出迎えてくれたのは叔母のアルディと従兄弟のキールズだった。城の周りでは騎士や騎士見習い達が慌ただしく動き回っていたのだが、城の中は逆に人の気配が薄くとても静かだった。


「ちょっと今騎士団の方が忙しくなっちゃっていてね」


 と言うことで、挨拶が済むと母エリゼと王妃殿下はアルディと一緒に早々に応接室へと引っ込んでしまった。カインがどういうことかとキールズへと顔を向ければ、キールズは肩を竦めて渋く笑った。


「とりあえずカイン達も休憩にしないか? 馬車の旅で疲れただろう」


 お茶とお茶菓子の用意もしてあるぞ、と言って先頭きってキールズが歩き出す。


「しばらく見ないうちに大人になったんじゃない?」

「嫁さんもらって独立したんだ。大人になってなきゃ困るだろ」


 早足で追いついて並んで歩くカインの言葉に、キールズはむずがゆそうな笑顔でぶっきらぼうに答えた。

 キールズはカインの留学中に領内の騎士学校を卒業し、以前から付き合っていたスティリッツと結婚している。結婚を機にネルグランディ城から出て領都で暮らしていて、ネルグランディ領騎士団へは領都の家から通っているらしい。まだまだ若手なので夜勤が多いらしく「新婚なのに!」とカインに愚痴をこぼしていた。


「あれ? 小食堂?」


 案内された部屋をみて、カインが疑問を口にすると、


「母さんが伯母様と王妃殿下に現状の説明すんのに応接室つかってるからな。サロンの方でもいいけど、どうせ腹へってるだろ?」


 とキールズがドアを開けて中へ入るようにと促した。カイン達が小食堂へと入っていけば、そこにはすぐに食べられる軽食類が所狭しとテーブルの上に並べられていた。


「やった。今日は宿を出たのが早くて朝食も簡単に済ませていたからお腹空いていたんだよな!」


 アルンディラーノがそう言ってジャンルーカとクリスの背を叩き、早足で小食堂へと入っていった。


「小食堂ならおかわりもすぐに出せるからな!」


 腹の虫を鳴かせながら走り込んでいく子ども達を、笑いながら見守るキールズがカインにはやたらと大人っぽく見えた。二歳しか違わないくせに! と精神年齢がアラサーの自覚があるカインが心の中で歯がみする。とはいえ、自分自身も体は育ち盛りのカインも用意されている食事の匂いに腹がキュゥと小さく鳴いた。


 エヘンと空咳をして腹の虫を無視したカインは、ディアーナの手を取ってエスコートしつつ優雅な足取りで小食堂へと入って行った。

 先に小食堂へと入っていたクリスが椅子に座りかけて、ゲラントがアルンディラーノの椅子の後ろに立とうとしているのに気がついて慌てて立ち上がる姿が映った。


「ゲラントは偉いな。心構えがもうすっかり護衛騎士じゃないか」


 感心したようにカインが声をかければ、ゲラントがはにかんだように笑う。こういう所はまだまだ幼さが残ってて可愛いよな、とカインもにっこり微笑み返した。


「お、俺だって……」


 慌ててアルンディラーノの後ろに回り込もうとしていたクリスだが、


「クリスは僕の友だち枠ってことで良いだろ? お腹も空いてるんだし座って食事にしようぜ」


 というアルンディラーノの声と共に手で制されてしまった。


「アルンディラーノ王太子殿下とジャンルーカ王子殿下さえよろしければ、そっちの騎士見習いとカインとディの使用人もご一緒していいですかね」


 王族が相手だというのに、キールズが気安い感じで声を掛けた。


「ここの騎士達が護衛してくれてるんだろう? 僕は構わない」

「私も、構いません。学校ではクリスも同じテーブルで食べてますし、今更でしょう」


 アルンディラーノとジャンルーカも気安い感じで了承した。アルンディラーノが言う通り、ネルグランディ城に到着してからは、旅行に付いてきていた近衛騎士達は休憩に入り、代わりにネルグランディ城に常駐している騎士達が警護の為に周りをかためている。

 この場で一番身分の高いアルンディラーノとジャンルーカが良しとしたことで、クリスもゲラントも入り口近い席へと座る。最初は遠慮していたイルヴァレーノとサッシャも、城付のメイド達に椅子を引かれてしまったので、遠慮がちに席に着いた。


「あれ? ラトゥールは?」


 全員座ったのを確認しようとしてカインがテーブルを見渡したところ、一人いなくなっていた。ラトゥールは基本的にこちらから話を振らなければ口を開かない人間なので、居なくなった事に気がついてなかった。


「……探してきます」


 カインの言葉を受けて、いったん座ったイルヴァレーノが席を立ってラトゥールを探しに行き、

程なくイルヴァレーノがラトゥールを抱えて戻ってきた。玄関から小食堂までの移動途中、装飾用の飾り棚に収納されていた本の中に魔導書を見つけたらしく、廊下の柱のくぼみにハマって本を読んでいたらしい。




「食事をしながらで構わないので、聞いていただきたい話がございます」


 ようやく全員そろったところで、キールズが真面目な顔でそう切り出した。口の中いっぱいに鶏肉を頬張っていたアルンディラーノはコクコクと首を縦に振って許可をだし、ジャンルーカは「どうぞ」とにこやかに頷いていた。

 キールズの話は、最近のネルグランディ領の魔獣出没率の高さについてだった。神渡りが終わり、寒さが一段と深くなった頃から、徐々に魔獣の目撃情報が増え始めていたのだという。


「父上に報告は?」


 カインは、父ディスマイヤからそういった話を聞いた覚えが無かったし、ゲームでも地方で魔獣が増えているというイベントは特になかったはずである。確認の為に聞けば、


「親父……団長経由で伯父様に報告は行ってるはずだ」


との事だった。


「今回カイン達がコッチにくるのに、王都邸に行っていた領騎士団員を多めに連れて帰ってきてくれただろ?」


 というキールズの言葉に、そういえばとカインも納得した。

いつもより多いエルグランダーク家の護衛騎士は、領地の魔獣対策用の補充要員も含まれていたからだったようだ。

 アルンディラーノと王妃が同行するために付いてきた近衛騎士もいたので大分余裕のある警備体制だなぁと思っていたのだ。

 アルンディラーノやクリスに騎士見習いとしての指導をしてくれていたのは、王都からネルグランディ領までの道程の治安が良いからだと思っていたが、護衛の人員に人数的な余裕もあったからだったのだろう。


「第三部隊の人数が増えているおかげで今のところ人的被害はないが、家畜がやられたり畑を荒らされたりという報告が領地内のあちこちから届いているんだ」


 だんだん余裕がなくなってきている、とキールズは顔を曇らせた。


「原因に何か心当たりがあったり、調査でわかったこととかは無いの?」


 カインが食事の手を止めてキールズの顔をのぞき込む。ゲームでは一年生の夏休みに、こんなイベントは無かったはずだ。

 一年生の夏休み時点では、まだヒロインの能力値は高くない。だからこういった魔獣討伐系のイベントは発生しない。

 五年生か六年生になってから、聖騎士ルートの『魔の森に魔王討伐に行く』というイベントの伏線として、『王都近くの魔の森で魔獣の出現率が増えている』という情報が入ってくる程度である。

 もちろん、ネルグランディ領は隣国と接する辺境の地なのでゲームの舞台となっている王都まで情報が届いてなかったり、学生であるキャラクタ達には伝わっていなかったりしただけの可能性もある。


「魔獣っていうのは、魔石の鉱脈がある所……魔脈の近くに出ることが多いっていうのが通説だっただろ? だけど、最近ウチの領内に出てくる魔獣はそういうのに関係なく出てきているんだよな」


 領民からの通報による初遭遇場所と、駆けつけた騎士が魔獣を実際に討伐した場所などの報告をまとめると、いつもの出現場所とは異なっているそうだ。


「魔脈の近く……」


 キールズの言葉を受けて、ジャンルーカが考え込むようにフォークをテーブルに置いた。

 サイリユウムは基本的に魔法のない国なので魔法道具も少ない。それゆえに積極的に魔石を使う国ではないので魔石の採掘や魔脈の調査などをしていないのかもしれない。

 そうであれば、魔獣の出没場所を特定するのにそういった視点はなかっただろう。

 カインは、ジャンルーカがこの情報を持ち帰って、ジュリアンの遷都計画の役に立つといいなと思った。

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