子犬系アル様の尊みぃ

 そうして、間に合唱祭と遠足という学校行事が挟まりつつ、まもなく夏休みというある日。ラトゥールに学校経由で手紙が届いた。


「いい加減家に帰ってこいと」

「そう書いてあるの?」


 ラトゥールは小さく頷いて肯定をしめす。ついに来たか、とも思うが家出した息子に帰ってこいというには遅すぎる気もする。


「まあ、そろそろ良いんじゃないか?」

「そうですね」


 カインがクリスに向かって言えば、クリスも腕組みをしながら頷いた。


「先日さ、父上に頼んで近衛騎士団と王宮騎士団の合同訓練を見学させて貰ったんだよね」


 カインもクリスも、学校が始まってからは近衛騎士団の剣術訓練には参加していない。それを寂しがっていたのか、近衛騎士団の練習を見学したい。できれば参加したい。と言えばファビアンは喜んで受け入れてくれた。

 そこで、クリスとカインはラトゥールの一番目の兄と二番目の兄の訓練の様子を見学し、軽く稽古を付けて貰っていた。


「上の兄ちゃんは厳しいけど、下の兄ちゃんなら不意を突けば一撃はいけると思う」

「クリスに賛成。下の兄があの程度なら、まだ騎士学校で習ってる最中の三男ならギリギリ勝てるんじゃ無いかな」

「兄上に全然敵わないらしいですし」

「いや、ゲラントは強いだろ……」


 カインとクリスの会話に、手紙を読んでいたラトゥールが顔を上げる。


「兄に、私が、か、勝てる?」

「色々やって、ギリギリな」


 さて、とカインが立ち上がった。


「ラトゥール、一度家に帰りますって返事をしてくれる?」


 カインの言葉に、顔をこわばらせるラトゥールだが、


「ちゃんと『友だちを連れて行きます』って書くのを忘れないようにね」


 とカインにウィンクで返されてしまった。


「アル殿下、いつが暇です?」

「学生のうちは公務も大幅に免除されてるから、夏休み入る前なら大丈夫だよ」


 自分も仲間に入れると知って、アルンディラーノは尻尾を振る子犬のようにカインの側に寄ってくる。


「もちろん! お兄様が行くなら私も行きますわよ!」


 ディアーナが対抗してカインの反対側にピタッとくっついた。


「子犬系アル様尊みが深いぃいい。……っと、万が一のために、ご一緒させてください。治癒魔法を大盤振る舞いしますから!」


 よだれを拭う仕草をしながら、アウロラも手を挙げた。


「高貴な目があった方が良いんなら、私でも良いですよね? まさか仲間はずれにしませんよね?」


 隣の国ですけど、一応王子ですけど。とジャンルーカも乗り気である。

 授業の邪魔をしないために、魔法の話はここでしよう。そう誘われてきた使用人控え室。

 そこで出会った人達。自分が迷惑をかけたことがきっかけで集まった人達が、自分の為に何かをしようとしてくれている。

 人間が信じられず、友人なんていらないと心を閉ざしたままではこうはならなかった。


「あり、がとう」


 小さくつぶやいたラトゥールの声は、少し震えていた。




 夏休み前最後の休息日。シャンベリー子爵家の前庭では、ラトゥールとすぐ上の兄が剣を握って対峙していた。


「自分の行いを反省して戻ってきたのかと思えば、決闘しろだって? 偉い人と仲良くなって自分まで偉くなったと勘違いでもしたのか、ラトゥール!」

「してない」


 嫌味に顔をゆがませて、握った剣でラトゥールのほっぺをペタペタと叩いて挑発してくる兄。それに対して、ラトゥールは落ち着いていた。

 いつからか、兄をみると勝手にビクビクと肩が跳ね、手足はブルブルと震えるようになっていた。剣を握っている人を見れば冷や汗が止まらなくなり、まだ打たれてもいないのに脇腹や背中が痛むような気がしていた。


「私が勝ったら、一緒に父様と母様を説得して貰います」


 後ろに、友人達がいる。そう思うだけで、もう兄と対峙していても肩は跳ねないし手足も震えない。剣を向けられていても冷や汗も出ない。ラトゥールは自分が思う以上に落ち着いていることに驚いているぐらいだった。


「へっ。後ろに王太子様がいるからって気が大きくなってるのか? 魔法学園に通って剣が上手くなるわけねぇだろ。俺は騎士学校にもう二年も通ってるんだぞ。おまえが家出してからもさらにつよくなってるんだからな」


 ラトゥールと三男の周りには、カインやディアーナをはじめとする水曜日の放課後魔法談義の会のメンバーが立っている。

 シャンベリー家側は、兄一人が様子を見守っていた。両親はラトゥールが帰ってさえ来れば良くて出迎える気が無く、二番目の兄は仕事で不在だと説明されていた。


「では、私が審判をやろう」


 そう言って、シャンベリー家長男が進み出てきた。それを合図にラトゥールと三男は距離を取り、三メートルほど離れて向き合った。


「剣による試合のため、ラトゥールは通常魔法の使用は禁止。魔法剣の範囲であれば許可だ。リンダール、おまえも同じでいいな?」

「俺も魔法剣使って良いって事だよな、兄貴。剣術のケの字も出来ないやつには使うまでもないけどな」


 生意気三男の名前はリンダールっていうのかーとどうでも良いことに感心しているカイン。そんなカイン以外のメンバーもラトゥールが負けることは想定していない。


「王宮騎士でもシャンベリー家の名前はよく聞いているよ。良い試合を期待しているからね」


 アルンディラーノが王族スマイルを湛えて、よく通る声で二人を鼓舞する。ラトゥールに意識がいっているリンダールの意識に『王族が見て居るぞ』というプレッシャーをかけたのだ。


「騎士の国から来たジャンルーカも、楽しみだろう?」

「ええ。魔力持ちだからと言うことで魔法学園に入学しましたが、この国の騎士の試合を見られるなんて、とても楽しみです」


 爽やか系王族スマイルでジャンルーカも圧力をかけていく。


「ふっ。ラトゥール。おまえのおかげで俺の評価が上がるかもしれねぇな」


 プレッシャーと、下心が湧いてきたことがリンダールの顔からうかがえた。カインとディアーナは顔を見合わせてニヤリと笑う。


「では、両者構えて。はじめ!」


 長兄が号令をかけて手を振り下ろす。

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