いじめっ子は自分の行いをいじめだとは思っていない事がある

「では、両者構えて。はじめ!」


 長兄が号令をかけて手を振り下ろす。


 直後、ラトゥールは剣を逆手に持ち替え、グッと体をひねって剣を下げる。リンダールはそんなラトゥールにまっすぐに突っ込んでいった。


「ストラッシュ!」


 かけ声とともに、ラトゥールがひねった体を戻しつつ剣を振り上げた。

 ラトゥールとは思えないはっきりとした大きな声と共に、振り抜かれた剣から衝撃波が打ち出される。

 とっさに剣と腕を交差させて衝撃波を受けたリンダールに向かって、姿勢を低くしてダッシュするラトゥール。

 身の前で腕と交差させていた姿勢から無理矢理剣を振ってラトゥールを牽制しようとしたリンダールだったが、頭を下げて倒れ込むように低姿勢になったラトゥールの頭上を空振ってしまう。

 ラトゥールはそのままリンダールの横を通り過ぎて後ろを取ると、ダンスのように体を回転させ、その勢いで剣をリンダールの胴にたたきつけた。


「それまで!」


 長兄が号令とともに手を挙げた。試合終了。


「ラトゥールの勝ちだ。すごいな、魔法学園に入学したのに剣が上手くなって帰ってくるなんて」


 朗らかに笑う長兄は、その大きな手をラトゥールの頭に乗せてわしゃわしゃと髪の毛をかき回した。


「か、かて、た」

「くそう! 今のはなしだ! ずるいだろ! 通常魔法は無しのはずなのに、最初に風魔法つかっただろう!」


 胴を抱えて転がっていたリンダールが、起き上がるとともに猛然と抗議をしだした。

 アルンディラーノとクリスが顔を見合わせる。ディアーナも「お兄様の言った通りの事を言ってますわね」とこっそりカインに耳打ちしている。


 ゲラントから聞いていた人物像から、勝てばこうやって難癖付けてくるだろうことは予想していた。奇襲作戦であることは確かなので、もう一戦となればまたラトゥールが勝てるとは考えられなかった。入学時から比べれば強くはなっているが、しょせん付け焼き刃。幼い頃からずっと剣の修行をしている人に常に勝てるほどには強くなってはいないのだ。


 さて、審判として立っている長兄がどうでるか。審判がやり直しを命じたときにはまた別の対応をしようと、カインと一年生組で相談はしてあった。


「往生際が悪いぞリンダール。最初の一撃は確かに剣から打ち出されていた。あれは魔法剣の範囲だ。後ろに見学者がいる中で、衝撃波を避けずに受けたのは偉かったが、その後の剣の振りが適当だからラトゥールに避けられたんだ。動きが大きいからその後に体勢を立て直すのにも時間がかかっていたし、自分の未熟を反省しろ」


 どうやら、長兄は剣の試合に関しては誠意があるらしかった。カインはほっと息を吐いた。


「で、両親の許可って何が必要なんだ?」


 そう言って見下ろしてくる長兄に、ラトゥールはオロオロしながら見学者達の方を振り向いた。

 ジャンルーカが鞄の中から一枚の用紙を取り出してラトゥールのもとへと移動する。


「こちらです。入寮届けにサインをいただきたいんです」


 その紙を受け取り、ざっと目を通す長兄。顎に手を添えて「ふむ」と小さく頷いた。


「どなたかペンはお持ちか?」

「あ、私持ってます」


 アウロラが、ポケットからペンを出して長兄に渡した。


「おお。予約が一杯で入手困難な万年筆じゃないですか。失礼ですがこれは?」

「父がアクセサリー工房の職人なのです。ペン先の加工を請け負っているので、見本用として何本か工房に置いてあるのを借りてるんです」

「なるほどね。いやぁ、貴重な体験だなぁ。ラトゥール背中貸せ」


 万年筆に感動していたかと思えば、ラトゥールに後ろを向かせた。長兄はその背中を机代わりに、その場で入寮届けにサインを入れた。


「私から、学校へ提出した方が良いか?」

「いえ。私たちが寮生なので直接寮監に提出します。でも、このサインは……」


 アウロラが答え、ジャンルーカが書類を受け取った。

 ジャンルーカの手元の紙をのぞき込み、アウロラが顔を曇らせている。おそらく、サインが両親の名前では無いのだろう。


「私はまだこの家の当主ではありませんが、すでに成人しています。先日私個人に騎士爵もいただいておりますので、そのサインで大丈夫ですよ」


 背中に手をやってペンの走ったあたりをさすりつつ振り向いたラトゥールに、長兄が話しかける。


「良い友だちができたな。元気でやれよ」

「兄上……」


 ラトゥール虐待に参加していたんだろうに、あっさりと入寮を許可する長兄にカインは眉間にしわを寄せるが、ここで口を挟んで入寮取り消しになっては元も子もない。

 だまって事の成り行きを見守っている。


「ジャンルーカ王子殿下。どうか弟をよろしくおねがいします」


 そう言って、長兄は頭を下げた。後ろでリンダールがぎゃあぎゃあと騒ぎ立てていたが、長兄にゲンコツを落とされた後は静かになっていた。

 こうして、ラトゥールは無事に入寮資格をえて、夏休みも家へ戻らずに済むようになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る