ラトゥールの葛藤 6

「はいはーい! 私からも一つ提案します!」


 しんみりとした空気の中、アウロラが元気よく手を挙げた。ディアーナと向き合う形で斜めに座っていたラトゥールは、今度はアウロラに向かってベンチに座り直した。


「家出しちゃえば?」

「家出?」


 アウロラの提案に、ラトゥールでは無くディアーナが首をかしげた。白くて細い指を添えて、コテンと小さく倒された顔はとても愛らしい。


「くっ。さすがライバルの位置に君臨するだけあって造形が可愛いっ」


 グッと拳を握りしめて、アウロラはぎゅっと目をつぶって深呼吸をした。


「そんな、人から見えない場所を狙って傷つけてくるような家族と今後も一緒に暮らすとか辛くない? 人様のご家族をとやかく言うのも下品かなって思うけど、距離を置いた方が良い関係になれる場合もあるしさ」

「でも、私たちはまだ未成年ですのよ? 家を出てどこで暮らしたら良いの?」

「寮に住めば良いですよ。アンリミテッド魔法学園は王都に邸の無い貴族の子や、優秀で入学金が払える商人の子なんかを受け入れるために立派な寮があるんですから。寮に住んでいると、魔道士団からの『魔石に魔力を込める』とか『魔石に呪文を彫り込む』とかのお手伝いを受けられるので、それで寮費や食費を工面することもできますよ」

「魔道士団のお手伝い?」

「魔石に魔力を込めるお仕事……」


 ラトゥールは興味津々に、ディアーナは思い当たることがあるような苦笑い。


「魔法学園の寮に入れば、もう両親からさげすまれたりお兄さんからいじめられたりすることもなくなるし、魔道士団の人と知り合いになれる可能性もあるし、一石二鳥じゃない」

「………」


 その可能性に、ラトゥールは考え込んだ。


「子どもは親の道具じゃ無いですよ。やりたいことを貫きたいのなら、今は家族と距離を取って、将来魔道士団に入って見返してやればいいんですよ。もし、授業料を払わないって言われたら奨学生を目指せば良いんです。私は平民で、入学までの魔法知識も独学でやってきました。平民街からは通えないから寮暮らしだし、奨学生を狙って頑張って勉強している最中ですよ。私に出来て、ラトゥール様に出来ないなんて事ありませんよ」


 そして、将来ラトゥールから親に向かってザマァするのだ。『騎士になれないもやしっ子だからと家から追い出されましたが、魔法の才能があったので稀代の魔道士になりました。今更家を継いでくれと言ってももう遅い⁉』って感じかしら、とWeb小説風タイトルを考えてニマニマするアウロラ。


「魔法学園を辞めて別の学校に通いつつ、こっそり魔法の勉強を続けて魔法使いになるか、家を出て寮に入り、親を無視して魔法学園に通い続けるか………」


 ラトゥールがつぶやくのを、ディアーナとアウロラが静かに見つめていた。


「こんな所にいたんだね。教室に迎えに行っても居ないからさがしちゃったよ」


 中庭に、カインが入ってきた。


「授業サボったんだってね。初サボりには良い天気だったね」


 中庭には通路用の石畳の道があるというのに、カインはサクサクと落ち葉をふみながら植木の間を抜けて向かってくる。

 目の前まで来ると、上着を脱いでディアーナの肩へとかけた。


「寒くない? 良い天気だったけど、今はもう大分日がくれてきているからね」


 そうしてディアーナのほっぺたを自分の両手で包むと「冷たくなってるじゃん!」と目を見開いて一生懸命ほっぺたをさすった。


「アウロラ嬢は寮だったね。もうそろそろ部屋にお帰り。ラトゥールは、今日はウチの馬車で送っていくよ。そのシャツをなんとかしないといけないからね」


 カインは、どうしてともなにがあったとも聞かずに、淡々と話を進めていく。ラトゥールの顔をのぞき見て、後ろに控えていたイルヴァレーノに何事かを耳打ちした。イルヴァレーノは音も無く近づいてくると、ラトゥールの目元に手をあてて、泣いて赤くなった目の周辺を治療した。


「あ、そういう使い方もあるのか…」

「じゃあ、アウロラ嬢。寮までお気を付けて」

「あ、はい」


 ラトゥールの手を取って立たせたカインが、その体を支えて中庭の出口へと向かって歩き出す。


「アーちゃん、また明日!」


 ディアーナは、声は元気に、態度は淑女の礼をしてカインの後に続いていった。

 ディアーナに対して上着を掛けてあげた行動以外、ラトゥールやアウロラに対するカインの言動はクールで淡々としており、まさに『クールビューティな氷のイケメン先輩攻略対象者』のイメージそのものだった。




 馬車の中、カインとディアーナが隣同士に座り、向かいにラトゥールが座っている。イルヴァレーノとサッシャは、御者席で御者と一緒に座っていた。


「君の人生だから、君の決定を支持するけれど」


 ゴトゴトと石畳の段差を行く振動を聞きながら、カインがそう切り出した。


「我慢はしない方が良い。自分が我慢をすれば、自分以外はうまく行く。そう考えてする我慢なんて、未来できっとゆがみが出てくる」


 馬車が大きな辻に入って窓の外に見える建物が途切れる。大分傾いた日差しが馬車のなかへと入り込み、お互いの顔が西側だけオレンジ色に染まる。


「ラトゥール。君の本当の望みが何であるのかを見誤るな。魔法学園に通いたい? 魔法使いになりたい? 魔道士団に入りたい? 家族と仲良くなりたい? それとも全部叶えたい?」


 まだ十二歳の少年に、酷なことを言っているという自覚はカインにもある。

本来なら、とりあえず学校に入って、将来については勉強しながら考えたって良い年頃なのだ。


「お兄様……」


 いつになく真剣な顔のカインに、ディアーナが不安そうな顔でその袖を小さくつまむ。袖が引かれた感覚に視線を動かして、ディアーナの白い手が自分の袖を掴んでいるのを見て薄く微笑んだ。


「君は、ディアーナの友人だ。君の決定を僕は応援すると約束しよう」

「お兄様は凄いのよ! お兄様が応援してくれるのであれば、きっとうまく行くのよ!」


 馬車がまがり、西日が馬車の後ろへと移動する。カインをみて横を向いているディアーナの明るい表情はよく見えるが、カインの顔は逆光の為に見えなくなっていた。

 馬車が止まり、戸が開けられる。


「送ってきた事情を説明するから、まずは馬車で待ってて」


 そういってラトゥールを馬車においてカインだけがシャンベリー子爵邸の玄関へと向かっていった。最初は執事が出てきて対応し、慌てて引っ込むと次に一番上の兄が出てきたのが見えた。


「あれが、お父様ですの?」

「あれは、一番上の兄」

「お兄様ですのね」


 カインが何事かを話しているらしく、ラトゥールの兄が大げさな身振り手振りで対応していたが、やがてがくりと肩を落として頷いている様だった。

 カインが馬車まで戻ってきて、さっと手を差し出した。


「さぁラトゥール。ひとまず今夜はぐっすり眠れるはずだ。安心して家に帰ると良い」


 女の子のようにカインに手を支えられて馬車を降り、エスコートされて玄関前まで連れて行かれた。


「それでは、僕はこれで。ラトゥール、また明日学校でね」


 玄関に立っている兄には厳しい顔で、となりに立つラトゥールには優しい笑顔を残してカインは馬車へと戻っていった。

 サッシャとイルヴァレーノが馬車の中へと移動して、今度はエルグランダーク邸へと向かって馬車が再出発する。


「お兄様、なんて言ったんですの?」

「イカサマと虐待は、バレないうちは気持ちが良いだろうがバレたら破滅しかないぞっていう、当たり前のことを教えてあげただけだよ」


 ニヤリと悪そうな顔で笑ってディアーナを脅かすが、ディアーナはコロコロと楽しそうに笑うばかりだ。


「ラトゥール様のお決めになることですけど、私はラトゥール様と一緒に魔法学園を卒業できたらいいなって思いますわ」

「アル殿下や、クリスやジャンルーカ殿下もね」

「もちろん! アーちゃんやケーちゃん、ノアちゃんとアーニャちゃんとも、皆一緒に学校を卒業できたらいいなって思います」

「そうだね」


 ゴトゴトと、石畳の上を夕日に照らされた白い馬車が走っていく。エルグランダーク家まではあともう少し。

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