ラトゥールの葛藤 5

 ディアーナとアウロラはラトゥール越しに顔を見合わせると、小さく首をかしげた。アウロラは、今の状態のラトゥールに覚えがあった。前世での記憶だが、こうして服に隠れて居る場所ばかりを狙って痛めつけるのはいじめか虐待だ。見えるところに傷を付けて、教師にバレて叱られないために、また世間にバレて世間体が悪くならないために、そうするのだ。


「ここまでするのか………」


 アウロラもゲームのド魔学をクリアしているプレイヤーだ。ラトゥールの背景設定は知っている。騎士一家に生まれた魔法使いになりたい少年。家族から否定されて独学で頑張って魔法学園に入学したが、それまでの家族関係から人間不信のコミュ障になってしまっている。ゲームのテキストから読み取れるのはその程度。


 アウロラも所属している一年一組は貴族子息令嬢が多く、みなお上品なので今のところいじめなどは無い。なにせ、ゲームで一番いじめっ子だったディアーナが良い子になっているので、クラスの雰囲気はとても良いのだ。

 ゲームでのキャラクタ設定と現実での良い雰囲気のクラス。そこから導き出せる答えは一つだ。


「ご家族からやられてるのね?」


 アウロラの言葉に、ラトゥールがびくりと肩をふるわせる。相変わらず何も答えないラトゥールだが、その肩の震えが答えているようなものだ。


「家であざが残るほどにぶたれて、それでも学校に通って来たんですのね」


 ディアーナが泣きそうな顔でそう言い、そっとラトゥールの頭に手を置いた。後ろに立っているサッシャの拳が強く握られて小さく震えていた。


「ラトゥール様、頑張りましたね。頑張って学園に登校してきて、えらいですわ」

「ふぅっ。うっ。うぅううう」


 ディアーナのねぎらいの言葉に、そして優しく頭を撫でる手に、ラトゥールは泣き出してしまった。




 泣きながら、ラトゥールは自分にあったことをぽつりぽつりと話し始めた。ディアーナとアウロラにラトゥールが語った内容は、カインがクリスから渡されたメモの内容とほぼ一緒だった。

 ただ、本人から語られるそれはより具体的で、感情がこもっているだけに聞いているアウロラとディアーナの心もとても痛くなってしまっていた。


「おちつきまして?」


 そう言ってディアーナが差し出したハンカチを素直にうけとり、目元の涙を拭くラトゥール。もう新しい涙は出てきていないようで、嗚咽も引いていた。


「ごめん。………アウロラ嬢、ディアーナ嬢。いやな、はなしをきかせた」

「ううん。言ってくれて良かったよ」


 午後の授業が始まっている時間だったが、泣いているラトゥールをほっておく訳にもいかないので三人そろってサボってしまった。


「先日の魔法談義のお部屋で、私がアル殿下と剣術で良い試合をしたのはご存じですわよね」


 唐突に、ディアーナが語り出した。


「私ね、少女騎士ニーナという絵本が大好きで、騎士になるのが夢だったんですの」

「絵本。私も、ファッカフォッカという絵本を読んで、魔法使いに憧れたんだ」

「まぁ、一緒ですわね」


 ラトゥールの素直な言葉に、ディアーナも笑顔で返す。


「お兄様とこっそり剣術の練習をしていたんですけど、ある日お母様にバレてしまいましたの。それからは、もっと慎重に隠れて練習をするようにしたんですのよ」

「いや、止めないんかーい」


 アウロラが、誰もいない空間に向かってひじから先を横に振ってツッコミをいれていた。


「私は、頑張っても騎士にはなれませんの。貴族の令嬢が騎士になるなんて前例も無いですし、受け入れてくれる騎士団もありません。ニーナは一人でも少女騎士を名乗れましたけれど、この国では騎士団に所属していなければ『ただの剣が上手な人』でしかないんですのよ」


 ディアーナが、自分の手のひらを見つめる。サッシャが丁寧に手入れをしてくれているので傷一つ無いすべすべの手のひら。それでも、よく見れば指の付け根や手のひらの一部の皮膚が硬くなっている所があるのがわかる。


「剣術は、やろうと思えば工夫次第で練習できます。実際、近衛騎士団と一緒に訓練をしているアル様と良い勝負ができていたでしょう? 私は結構強いんですのよ」


 そこまで言って、ディアーナはベンチの上で座る位置をずらしてラトゥールに向き合った。


「魔法も同じで、どこでも学ぶことは出来ますわ。実際、入学式の日の組み分けテストで見せたラトゥール様の魔法の龍は素晴らしかったです。あれも、ほとんど独学だったのでしょう?」


 ラトゥールが静かに頷き、顔を上げてディアーナを見た。


「ご家族との仲を戻したいのであれば、言われた通りに経営学校に入学し直すのも手だと思いますの。そうして、魔法の勉強はこっそり続けて卒業後に魔道士団の採用試験を受けるんです。魔法学校を卒業していなければ入団試験が受けられないという決まりは無いはずですから」


 騎士団と並んで王国の柱となっている魔道士団だ。入団してしまえば親も無理矢理退職させることは難しい。


「私は騎士になれない、と先ほど言いましたけどまだ諦めていませんのよ。お兄様が法務省にお勤めになって、女性騎士を採用出来るよう法律を変えてくださるかもしれません。サイリユウムには女性騎士もおりますし、第二側妃様は王宮で剣を振るっておられます。いざとなれば隣の国で騎士になるという選択肢もあるんです。周りに隠して、いざというときのために剣術の訓練をつづけているんですの」

「魔法学園を辞めて、親の言うことを聞いたフリをして、魔道士団を目指す………そういう方法もある、のか」


 せっかく出来た魔法について語れる友人達。ディアーナ、アウロラ、アルンディラーノやジャンルーカ。彼らと別れなければならないのは寂しいが、それも一つの手かもしれない。ラトゥールは小さく頷いた。

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