第451回ラトゥール君の夢を叶えてあげよう会議

 ラトゥールを家まで送ってあげた日以降、ラトゥールの髪がバサバサになることもシャツのボタンがちぎれている事も無かった。

 それでも、相変わらず徒歩で通っているし眼鏡は瓶底のままだった。

 登校してくるたびに、アウロラがラトゥールの身体チェックをしているらしく、事情をしらないクラスメイト達からは『アウロラさんって痴女なのでは』とちょっとよそよそしくされてしまっているらしい。

 それでも、アウロラの見た目のかわいらしさと朗らかな性格、ディアーナのフォローなどのおかげで仲間はずれにされたりいじめ(育ちの良い貴族ばかりなので、貴族言葉による嫌味の応酬程度)の対象などにはなっていないらしい。


 『今日のラトゥール様』と称してディアーナが逐次カインに報告してくれるので、現状把握できてありがたいと思いつつ「ラトゥールばっかりじゃなくて僕の事も見て!」とラトゥールに嫉妬してしまうカインである。その度にディアーナからよしよしと頭を撫でられてなだめられていた。


 そうして、水曜日がやってきた。


 エルグランダーク家で借りている使用人控え室に、魔法談義のメンバーが集まっていた。ラトゥールとディアーナの要望で、メンバーにアウロラが加わっている。


 それによって、一組からはアルンディラーノ、ラトゥール、アウロラ、ディアーナが参加している。二組からは、クリスとジャンルーカ。そして、カインとイルヴァレーノもいるので、現在魔法学園に存在しているゲームのド魔学メンバーがそろい踏み状態である。


「じゃあ、魔法について意見交換しようか」


 カインが、いつものように軽い調子で会の開始を宣言すると、ラトゥールがすっと手を小さくあげながら立ち上がった。


「その、前に。私から皆に話したいことが、ある、けど。いいですか」


 入学から三ヶ月程、人見知りも緩んできた仲間達の前ではあるが、それでも全員の注目を浴びるというのに緊張しているのか、ラトゥールの言葉は少したどたどしい。


「もちろん。この場は授業じゃないからね。問題無いよね?」


 カインはにこやかに頷きつつ、台詞の後半を他のメンバーを見渡しながら誰とも無く聞いた。カインと目が合うたびに、他のメンバーも力強く頷いている。

 ここ最近、ラトゥールの様子がおかしかったのはもう皆知っているので、そのことについてだろうと予想はしているようだ。


「お茶をお入れします」


 そう言ってサッシャが簡易キッチンへと向かうのを合図に、いつものように部屋の隅で木刀を構えていたクリスもテーブルの側まで来てどかりと床に座り込んだ。人数が増えて、椅子の数がたりていないせいなのだが、クリスは気にしていないようだった。

 いつもの会では、三々五々しゃべりたい人としゃべっているのであちこちバラバラに座ったりしているのだが、今日はみなソファーとテーブルのある部屋の真ん中に集まっている。


「私は、家族から、あまり愛されて………いなかった」


 その言葉から始まったラトゥールの告白は、クリスが集めた情報メモよりも、アウロラとディアーナが中庭のベンチで聞き出したラトゥールの告白よりも辛い内容だった。

 剣術訓練を切り上げるタイミングで家族が食事を取っているため、部屋で勉強をしているラトゥールは度々食事を忘れられていた事。

 小遣いをコツコツ貯めて買った魔法の指導書を兄達に何度もバラバラにされてしまったこと。

 家族がラトゥールを適当に扱うせいで、使用人達もラトゥールを適当に扱うようになっていたこと。

 その他色々、語られた内容はラトゥールが魔法にのめり込み、人と上手く付き合うことを諦めるのに十分な内容だった。


「そして今、魔法学園を辞めて経営学校へ転入しろって言われてる」

「言われたとおり、学園を辞めるのか?」


 そこまで黙って聞いていたアルンディラーノが、少し怒った調子で口を挟んだ。王妃様主催の刺繍の会や、世話係が連れてきた孫たち。親に用意された場で出来た友人しかいなかったアルンディラーノが、自分で作った初めての友人なのだ。ラトゥールは。


「辞めたくない。私は、もっと魔法の勉強がしたい」


 きっぱりと、言い切った。瓶底眼鏡越しで瞳は見えないものの、しっかりとアルンディラーノを見つめているのがわかる。


「カイン先輩に言われて、考えた。いっぱい、考えたんだ」


 ぎゅっと拳を握って、大きく息をすった。


「見た目を整えてもらったら、クラスのみんなに遠巻きにされなくなった。レベルの低い人とは会話したくないって考えてたけど、魔法の知識とは関係ない会話からも新しい発見やアイディアのきっかけがあるって気がついた。ううん。魔法と関係ない話をするのが、楽しくなってきたんだ。皆ともっと一緒にいたい。魔法学園は辞めたくない」


 使用人控え室にいる皆の顔を順番に見ながら、ラトゥールはきっぱりと言い切った。


「魔法が好きだから、将来は魔法を仕事に出来る魔道士団に入りたい。騎士団の事務係なんてイヤだ」


 クリスを見ながら言う。クリスは苦笑いして頷いて返した。


「剣術が得意じゃ無いって理由で私を見下して、雑に扱ってきた家族を見返したい。独学で魔法を習得して、披露したのに褒めてくれなかった両親に、魔法を認めさせたい!」


 普段から声を張ってしゃべることの無いラトゥールが、大きな声を出した。


「全部、諦めたくない!」

「よく言った! その言葉が聞きたかった!」


 ラトゥールの叫びに、カインがそれ以上の大きな声で答えながら立ち上がった。カインの台詞に、アウロラが目を見開いている。


「さぁ、みんな。第四百五十一回、ラトゥール君の夢を叶える会議を始めよう!」

「また、適当な会議名を……」


 爽やかに宣言するカイン、その後ろでやれやれと目頭をもんでいるイルヴァレーノ。そして、ぽかんとした顔でカインを見つめる一年生達。


 それらの背景で、下校を催促する鐘が鳴り始めた。

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