剣術訓練 2

 ジャンルーカとディアーナはカインがサイリユウムに留学していたときに、一度だけ剣で決闘をしている。その時はほぼ互角の戦いだったので、「ディアーナは強い」と言ってしまったのだ。

 しかし、対外的にはあの時ジャンルーカと決闘をしたのは『カイン』と言うことになっており、実際に決闘をしたのは男装してカインのフリをしたディアーナだった。あの後母親からめちゃくちゃ怒られたとカインもこぼしていたし、口止めもされていたのを思い出したのだ。


「ほら! ほらな! やっぱり、ディアーナは今でも剣の練習をしてるんだ! ジャンルーカが知ってるって事は、そういうことだろ!」

「いえ! ディアーナ嬢が何も言っていないのなら、知りません。私は何も言ってません!」


 慌てて首を横に振るジャンルーカ。口止めされたのを忘れていたと言うよりも、ディアーナと剣術試合したいと言ってるということは、ディアーナが剣を握る事を知っていると思ったからの発言だった。水曜日の放課後魔法談義の会ではディアーナとアルンディラーノも仲よさそうにしていたし、クリスもアルンディラーノの幼なじみだと聞いていたので、当然秘密を共有しているものだと思っていたのだ。


「知りません! 知りません!」

「知ってるんだろ! ディアーナはどれくらい強いんだ? 今の僕と比べるとどうなんだ? なぁ、ジャンルーカ!」

「知りませんってばー!」


 ジャンルーカの肩を掴んでガタガタと揺さぶってくるアルンディラーノに、胸を両手で押し返しながらしらをきろうとするジャンルーカ。


「まぁまぁ。今は剣術訓練補習の最中ですから。ほら、王宮騎士の先生がこっちにらんでますよ」


 クリスが仕方が無い奴らめ、という顔で取りなそうとしてきたが、


「元はと言えばおまえの不用意な発言のせいだろう!」


 と、アルンディラーノに怒られた。



 その日の剣術補習が終わった後、三人は改めてディアーナの剣術について話し合うことになった。ジャンルーカは日を改めて場を設けるつもりだったのだが、


「詳しいことを聞かせて貰うからな」


 と怖い顔で迫るアルンディラーノを躱すことが出来ず、アルンディラーノと一緒に王宮へと行くことになった。寮には外泊届をだして、アルンディラーノの馬車で王宮へ向かう。クリスも一緒に行くことになったのだが「馬車は酔うから」と言って一人で馬にのって馬車の後をついてきた。


 客室の用意をすると王子宮の侍女長が手配しようとしたのだが、ジャンルーカの提案で簡易ベッドをアルンディラーノの寝室に入れることになった。放課後の剣術補習が終わってからの帰城なのでもう時間も遅い。話し合いの時間を取るためにも寝室は離れていない方が良いという思いからだった。

夕飯もアルンディラーノの私室で三人で取ることにした。


「まず、アルンディラーノ様はなぜディアーナ嬢が今でも剣を握っていると思ってるんですか」


 出された肉をナイフで切り分けつつ、クリスがアルンディラーノに目を向けた。

 アルンディラーノが、ディアーナと剣での再試合を望んでいるのはジャンルーカが口を滑らせる前からだ。カインを巡ってディアーナと対立している事が多いアルンディラーノではあるが、剣の心得の無い令嬢を一方的にたたきつけるような人間では無い。なにがしか、ディアーナが剣の心得があると確信を持っているからこその執着なのだろうと思ったのだ。


「ダンスの授業があっただろう」

「先日の、一組二組合同授業だったやつですか?」


 ジャンルーカがパンを小さくちぎって肉のソースにつけて口に運んでいる。もぐもぐと口をうごかしつつも、授業内容を思い出しているのか視線がすこし斜め上を向いていた。


「ありましたね。騎士の家出身だからって俺は令嬢達から不人気でしたけど、アル様とジャンルーカ様は大人気でしたね」


 魔法学校は能力で組み分けをしているため、クラス毎に男女比が均等になっていない。その為、男女でペアになって練習する必要があるダンスレッスンは合同授業となっていた。


「ジャンルーカもディアーナ嬢とダンスを踊っていただろう? 何か気がつかなかったか?」

「何かって?」


 入学後最初のダンスレッスンでは、まず皆のお手本としてアルンディラーノとディアーナがダンスを踊った。この国で一番高貴な少年と少女であるアルンディラーノとディアーナであれば、優秀な家庭教師に学んでいるはずであるという教師の思い込みからの発案だったが、アルンディラーノとディアーナは見事その役目を果たしていた。

 その次に、留学生で王子であるジャンルーカも二番目に身分の高い令嬢であるケイティアーノとダンスを踊る事になったのだが、ケイティアーノが靴擦れを理由に辞退したため、ディアーナが二回踊ることになったといういきさつがある。


「ディアーナ嬢はダンスが上手でしたね。授業の最後の方は人数が余ってしまっている令嬢とも踊っていましたね。あ、ディアーナ嬢は男性パートも踊れる事ですか?」

「ちがうよ」

「確かカインも、女性パートが踊れるって以前言ってましたね」

「そうじゃないよ」


 ジャンルーカがディアーナとのダンスで気がついたことを並べていくが、どれもアルンディラーノの聞きたい気づきではないらしい。


「ディアーナ嬢が男性パート踊れるとか、カイン様が女性パートを踊れるとかってのもずいぶん興味深い話ですけどね」


 クリスが豆だけを皿の端に寄せながら、肉の添え物野菜を口に運んでいる。


「ディアーナの手だ」

「ディアーナ嬢の手?」


 アルンディラーノの言葉に、ジャンルーカが小さく首をかしげた。ダンス時に手を取った記憶はあるが、何か変わったことがあったか思いつかないようだ。


「ああ。ディアーナの手は、ちゃんと手入れをされていてすべすべしているが………」

「うわぁ。アル様、女の子の手を触ってすべすべしてるとか、スケベぇ」

「茶化すな」


 アルンディラーノがクリスの口にトマトを突っ込んで黙らせた。


「すべすべしていて一見ちゃんとした令嬢の手なんだが、ここと、ここ」


 そう言って、自分の手の指の根っこ近くと手のひらの上をちょんちょんと指差した。


「ここが、固くなっていた」

「それって」


 ジャンルーカが食器を置いて、自分の手のひらをまじまじと見つめた。


「剣ダコですね」

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