剣術訓練 1

 アンリミテッド魔法学園は、魔法を学ぶための学園なので基本的に剣術訓練の授業は無い。

 しかし、卒業後に魔法の使える剣士として騎士団に入る子息も居るため、選択制の補習という形で剣術訓練の時間が設けられている。カインやアウロラの前世でいうところの部活動に近い形だ。

 本当は兄ゲラントと同じ騎士学校に行きたかったクリスは、当然のようにこの剣術訓練の補習を受けていた。騎士学校ほど本格的ではないが、王宮騎士団から魔法剣士として活躍している現役の騎士が来て指導してくれるので、クリスはこの時間が毎週楽しみだった。


「アル様~。今日もディアーナ嬢は誘えなかったんですか~」

「今日はカインと用事があるって言ってたんだよ。カインの邪魔するわけには行かないだろ」

「まーたカイン様だ。カイン様、カイン様。アル様はカイン様が好きすぎじゃないですかね」

「うるさいな。ほら、素振りするぞクリス!」

「はいはい」


 アルンディラーノとクリスは持参した木刀を手に取ると、講堂の空いている所に立って素振りを始めた。

 入学式の時はすり鉢状になっていた講堂も、今は平らな床になっている。

 壁から天井に掛けての個室観覧席や緞帳が降りたままのステージはそのままなのだが、床は魔法ですり鉢状になったり真っ平らになったりと、変形するように出来ている。

 アルンディラーノとクリスが初めて剣術訓練の補習に参加したときには、係員の手違いで講堂がすり鉢状のままになっていたのだが、慌ててやってきた係員が魔法を掛けると、傾斜のついていた床が沈んでいき、あっという間にフラットな床へと変わったのだ。

 その日は、稽古をしつつも床をわざと強く踏んでみたり、その場でジャンプしてみたりと床が気になって剣術訓練に集中できなかったのも良い思い出である。

 アンリミテッド魔法学園の授業は、授業内容に依って一単元の時間が異なる。学年やクラスが違えば授業終了の時間もまちまちなので、剣術訓練へ参加する生徒もやってくる時間がばらばらなのだ。

 その為、王宮騎士団の騎士も全員がそろう時間あたりにやってくるので、早めに授業が終わって来た生徒達はおのおの走り込みをしたり素振りをしたりして時間を過ごしている。

クリスとアルンディラーノも、クラスが違って授業の終了時間が違うので教室の前で待ち合わせをしても意味が無いので剣術訓練は現地集合となっている。


「そもそも、ディアーナ嬢に剣術で負けたのって何年前でしたっけ」

「負けてない! 副団長に止められたからノーカンだ!」

「そんなこと言って、それだけ引きずっているんだから自分では負けたって思ってるってことでしょー」

「………」


 かたくななアルンディラーノの態度に、クリスは肩をすくめると自分も真面目に素振りを始めた。

 アルンディラーノは、四歳の頃から近衛騎士団の訓練に混ざって剣術訓練を受けていた。

最初は訓練場を一周走ることも出来なかったのだが、カインに励まされて頑張った結果、ひと月もすれば、そこそこには剣が使えるようになったと自負をするようになっていた。

 一緒に訓練を受けていたクリスとゲラントの兄弟と、アルンディラーノがどうしても一緒にやりたいと我が儘を言って引き込んだカイン。自分を含めたその四人で切磋琢磨していたし、彼ら相手には負けても悔しいとは思うが次につなげようと前向きに捉えることが出来ていた。

 しかし、訓練にも慣れてきて自分もそこそこ強くなったと自負し始めたある日、ディアーナが近衛騎士団の訓練を見学しに来たことがあった。その時に、ディアーナが訓練に混ざりたいと我が儘を言い出した。

 その時アルンディラーノは、カインに良いところを見せるチャンスだと思った。我が儘なディアーナを諫めつつ、自分がちゃんと出来ていると言うところを見せたかった。褒めてほしかったのだ。

 しかし、刺繍をしてお花を愛でて、カインに愛されるばかりだと思っていたディアーナは強かった。というより、速かった。

 アルンディラーノは一撃も入れること無くディアーナに負けた。寸前で副団長のファビアンに止められたのでディアーナの剣はアルンディラーノを傷つけることも無かったのだが、あれは確実に一本取られていた。

 悔しかったアルンディラーノはそれからさらに訓練に励んだが、その後ディアーナと再戦する事は無かった。

 アルンディラーノとの一騎打ち以降、ディアーナはすっかり淑女を目指す様になり、おとなしい普通の女の子になってしまったのだ。

 アルンディラーノはディアーナに勝ち逃げされたのである。


「この間、カイン様と一緒に帰宅されるディアーナ様をお見かけしましたけどねぇ」


 素振り百本の一セット目が終わったクリスが、汗を拭きながらアルンディラーノに話しかけてくる。


「どこからどう見ても深窓のご令嬢って感じでしたよ。アレはもう剣なんかやってないですよ」

「………」

「剣術訓練の補習授業に引っ張り込んで、八年ぶりのにわか仕込みで練習させた令嬢に勝ってもしょうがないじゃないですか。もう諦めたらどうですか」

「ディアーナは、まだ剣をやってる」


 クリスの説得に、アルンディラーノは言葉少なに言い返して素振りを続けた。

 剣術訓練の補習は、毎回必ず出なければならないわけではない。出られるときに出れば良いとなっている。

 クリスは、代々騎士の家系と言うこともあって家にも広くは無いが剣武場がちゃんとあるし、父や兄が稽古を付けてくれたりもする。何なら現役を退いたもののまだまだ元気いっぱいな祖父もクリスの剣を見てくれる。そんな環境なのでド魔学で普通の剣術訓練を受ける必要はあまりないのだが、魔法と剣の組み合わせについて学べるので顔を出しているのだ。


「やあクリス、アルンディラーノ。今日は来てたんですね」

「ジャンルーカ殿下。一緒になるのはひさびさですね」


 クリスがド魔学の剣術訓練に参加するもう一つの目的が、この留学生のジャンルーカである。サイリユウムは騎士の国なので、そこで訓練を受けてきたジャンルーカの太刀筋は見ているだけで為になる。

 同じ二組のクラスメイトというのも気安くて、クリスはジャンルーカと一緒に剣術訓練するのが楽しかった。

 今日は、剣に魔力を帯びさせて強度を増す方法を習うことになっていた。

この訓練では、成果がわかりやすいように木屑を固めて作った木刀を使う。魔力で木刀の強度を増すことが出来ていれば、一合二合と打ち合うぐらいでは壊れないが、上手く強化出来ていなければ打ち合わせた瞬間に粉のように崩れてしまうのだ。


「うあぁ。折れちまった」

「でも、粉々にならずに二つに割れてますから、強化は出来てるということでしょう」

「ジャンルーカ殿下のは壊れてませんね」

「でも、ほら。ヒビが入ってしまっています。私もまだまだですね」


 脆い木屑の木刀で生徒同士が打ち合っても危ないので、慣れないうちは立てた丸太に打ち込んでいる。クリスとジャンルーカはお互いの成果を見せ合いつつ、新しい木屑の剣をもらいに行こうとして、呆然と立っているアルンディラーノに気がついた。その手には、握り部分だけが残っていて、足下には粉々になった木屑が散らばっていた。


「アルンディラーノ? どうしたの。木刀の強化は得意だったじゃない?」

「あ、ジャンルーカ。来てたのか」

「ほっといていいですよ、ジャンルーカ殿下。アル様はディアーナ嬢に振られて放心してるだけですから」


 ほっとけと言いつつ、クリスは丸太の裏にぶら下がっている箒をとってアルンディラーノの足下の木屑を片付け、手に残っていた木刀を取り上げると新しい木屑の剣を握らせた。

 なんだかんだ付き合いは長く、アルンディラーノの世話をするのに慣れているのだ。


「えっ。アルンディラーノは、その………そうなのですか?」


 ポッとほっぺたを赤くしつつ、ジャンルーカがワクワクとした顔でアルンディラーノの顔をのぞき込んだ。


「は? 何が『そう』なんだ?」

「え、今クリスが、アルンディラーノがディアーナ嬢に振られたっていうから。アルンディラーノはディアーナ嬢のことが好きなのですか?」


 ぼんやりしていてクリスの言ったことを聞き流していたアルンディラーノに、ジャンルーカが改めて問いただす。


「ば、バッカ! バッカなこというなジャンルーカ! べべべべ別にディアーナの事なんか好きじゃ無い!」


 改めて言われたジャンルーカの言葉に、パニックになりながら大否定したアルンディラーノだったが、顔が真っ赤になって頭から湯気がでそうになっている。


「ジャンルーカ殿下。アル様はディアーナ嬢と剣で決着を付けたくて剣術補習に誘ってるんですけど、それを毎度断られてるってだけです」


 自分の思わせぶりな言い方のせいでジャンルーカが勘違いしたのがわかっているので、クリスはアルンディラーノの慌てっぷりに笑いながらもフォローを入れておいた。


「まぁ、ディアーナ嬢が剣を振っていたのは八年も前の事ですけどね」

「ああ、ディアーナ嬢は剣術もお強いですからね」


 クリスとジャンルーカの言葉がかぶる。自分の発言と同時に発せられた相手の言葉に、ジャンルーカとクリスがお互いに首をかしげた。


「……ディアーナ嬢は、八年前に近衛騎士団の訓練に見学にきて飛び入り参加したんですが、ご両親にめっちゃ怒られたらしくてその後剣を握っていないはずですよ」

「………。忘れてください」



 ジャンルーカは片手で口を押さえながら、目を泳がせた。

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