魔法の森の冒険5
「ガッコの先生もな、出来ない事をやれとはいわんデショ。ナニかヒントがあるとおもわんカナ? まさかミズウミわるとかおもわんデショ。コワッ。最近のお子さんコワッ」
全長三メートルはあろうかという巨大なサンショウウオが、前足のひれをペッタンペッタンと地面にたたきつけながら、ディアーナ達に語りかけてくる。
「ミズウミの水あんな移動させチャ、魚たちがおどろくデショ。ちいさきモノの中にはショックで死んじゃうのもいるカモよ。命ダイジニ。ね。ミズウミぐるっとまわればムコウにサンショーさんにお願いしなサイって看板あったノヨ。魔法のイキモノと仲良くナル。これも先生のオシエよ。ネ。」
「はい」
ヌメヌメテカテカとした焦げ茶色の背中をぷるぷると揺らしながら、サンショーさんはコンコンと小言をこぼし続け、三十分ほどで満足したのか小島の木から課題のカードを取ってきてくれた。
「湖の主のうろこを持ち帰れ、と書いてあるな」
カードの課題を読んだアルンディラーノは、カードを取ってきてそのまま湖畔にひっくり返っているオオサンショウウオのサンショーさんをチラリと見た。
「サンショーさんが、湖の主?」
「いやでも、サンショーさんにはうろこ無くないですか?」
ディアーナとアウロラも、ひっくり返ったサンショーさんの白いお腹を眺める。あいかわらずヌメヌメテカテカしているが、うろこらしきモノは見当たらない。
「サンショーさんは、ここの主なのか………ですか?」
「そうね。サンショーさんはここの主。ね」
ラトゥールが一歩踏み出して聞けば、強大なサンショウウオはひっくり返ったままあっさりと答えてくれた。
「サンショーさんのうろこがほしいんですけど」
「おなかナデてくれたらイイヨ」
アウロラがダメ元でお願いしてみれば、やっぱりあっさりと答えてくれたサンショーさん。みんなで、ヌルヌルすべすべするお腹を触りまくったところで、サンショーさんは再度ひっくり返って体勢をもどすと、ペシペシペシと地面を三回叩いた。その後に前足をどけると、ソコに薄緑色に光る平たい石のようなモノが現れていた。
「サンショーさんの魔石ね。ソレを主のうろこって呼んでるノ。ね」
魔法のイキモノで湖の主のサンショーさんは「ジャアネ」と言って湖の中に戻っていった。
「これ、ちゃんとサンショーさんにお願いしてカードを手に入れないと達成できない課題だったのでは?」
緑色の石をひろいながら、アルンディラーノがつぶやく。ラトゥールとディアーナは湖の湖面近くをゆらゆらと泳いで行くサンショーさんの背中を眺めていた。
「すみませんでした、アルンディラーノ王太子殿下。湖を割ろうなんて手抜きの提案してしまって………」
「なに、結果的にサンショーさんが出てきたのだから問題無いさ。僕らだって湖の向こう岸まで歩いてみようなんて考えてなかったんだから、却って幸運だったんだ」
前世知識から、モーゼの海割りやれば良いじゃん、と安易に思ってしまったことに落ち込むアウロラだが、アルンディラーノは優しかった。
「それと、今更かもしれないがアルンディラーノ王太子殿下じゃ長いだろ。アル様でいいぞ」
「ありがとうございます。アル様」
チェックポイントの四つ目もクリアし、四人の仲は砕けた物となってきていた。
最後のチェックポイントは、もうゴールも間近という場所にあった。カードがぶら下がっている木から教師が待機している場所が見えている。
「色々ありましたけど、先生方の姿が見えるとほっといたしますわね」
ディアーナが、澄ました薄い笑顔で木々の隙間から見えている教師を見つめている。ゴールが近いと言うことは、他のグループのクラスメイト達も近くに居る可能性があると言うことだ。
アルンディラーノもすっかり猫をかぶり直し、王子様スマイルを浮かべている。
ラトゥールは見た目は今までと変わらないが、口数がすっかり減ってしまっていた。せっかく仲良くなって来て、素の表情でおしゃべりできていたのに残念だな、とアウロラも薄く笑った。
「最後の課題は………なんだこれは」
せっかくの王子様スマイルが、眉間にしわがよって台無しになっている。どんな難題が書かれているのかとディアーナとアウロラがアルンディラーノの手元をのぞき込めば、そこには「みんなで手をつないでゴールしましょう」と書いてあった。
「こんな簡単なことで良いんですの?」
「何か隠された意図があるのかもしれないね。簡単すぎる」
ディアーナとアルンディラーノがカードを不審な目で見つめているが、アウロラはこれはグループによっては難しい課題だと考えていた。
クラスメイトとはいえ、入学式からひと月ちょっとしか経っていない。自分たちでグループを組むことが出来たとはいえ、全部が全部仲良しグループだったとは限らないし、課題をこなすうちに意見が割れたり対立したりしていれば、手をつなぐというのはだいぶ難しい行為だとアウロラは思う。
アウロラ達のグループだって、ディアーナが「素を出せるメンバー」として集めた四人だが、最初のうちはラトゥールもぶっきらぼうで協力的とは言えなかったし、アルンディラーノもアウロラに対して遠慮があった。あのままだったら、四人全員で手をつないでゴールまで歩くというのは大分難しかったんじゃないだろうか。
「手をつなぐのなんか簡単って、お二人は言うんですね」
「だって簡単だろう? お互いの手を握るだけだ」
「ふふふ。もしかして、アウロラさん恥ずかしいんですの?」
アウロラの言葉にも、二人はちっとも動じない。それが当たり前だと答えてくれる。
「必要なら………べつに、君たちなら、かまわ、ない」
ラトゥールも、照れながらも手をすっと差し出してくる。なんて良い子達なんだろう。
「じゃあ、ゴールしましょうか!」
アウロラは差し出されたラトゥールの手を握り、反対の手でディアーナの手を握った。
「手をつないでさしあげますわよ?」
「ラトゥールの方でつなぐからいいよ!」
アルンディラーノは、差し出されたディアーナの手を軽くはじき、ラトゥールの隣へと移動して無理矢理手をつないだ。ディアーナは、そんなアルンディラーノの行動に怒るでもなく、ほほほとお上品に笑っていた。
乙女ゲームの攻略対象キャラクタは、心に闇を抱えていることが多い。ヒロインとの距離を縮めたり、ヒロインだけに心を開く描写を入れる為にはその方が都合が良いからだ。
ゲームのド魔学でも、アルンディラーノは親からの愛情不足から愛されることに飢えていて、自分から愛する事ができないキャラクタになっていた。
ラトゥールは魔法使いになりたいという夢を家族に理解されず、人間不信となってコミュニケーション不全なキャラクタになっていた。ディアーナも、甘やかすばかりの愛情を受けて育ったせいで傲慢で我が儘なキャラクタになっていた。
だから、アウロラは距離を取って、引きのカメラ目線でゲーム画面に似たシーンを聖地巡礼のノリで見学出来れば良いと思っていた。ゲームだから面白いのであって、現実にそんな面倒くさい人達と付き合うのは遠慮したいと思っていた。
しかし、実際に付き合ってみればみんな良い子達だった。明るくて、優しくて、人のことを思いやれる子ども達。
これが、中身が転生者であるディアーナの功績だというのなら、それはそれで良いんじゃないだろうか。「私も転生者なのよ」と打ち明けて、却って今の関係が崩れるのももったいない気がしてきた。
「あ! みてアウロラさん」
手をつないだ状態のまま、ディアーナが腕を上げて前方を指差した。そちらの方を見上げれば、ひらひらと明滅しながら空中を移動するこびとの様なモノがいた。
「もしかして、妖精?」
「最初の課題!」
アルンディラーノとラトゥールも気がついて、とっさに手を伸ばそうとする。しかし、お互い手をつないでいるので、妖精に手が届かない。包むように捕まえるにも、アルンディラーノとディアーナは片手しか使えない。
そうこうするうちに、妖精はくるりと一回転して消えてしまった。とても気まぐれなようである。
「最初の課題を取るか、最後の課題を取るか。二択になってしまいましたね」
「まぁいいさ。このままゴールすれば課題は四つクリアできるのだからね」
妖精の消えたあたりを、名残惜しく見つめつつも足はゴールを目指して動いている。
「妖精。本当に、いたんだ。………研究したい」
「私も、もう一度ちゃんと見てみたいですわ。お兄様にもお見せしたいですもの」
「また来れば良いだろう。学校の敷地内なんだ。また一緒に来よう」
その「一緒に」の中に、自分も含まれていれば嬉しいなとアウロラは思った。
四人はそのまま手をつないだ状態でゴールした。どうやらどのグループも最後にたどり着くチェックポイントの課題は「手をつないでゴールすること」になっていたらしく、手をつないで歩いている姿を見ても教師は何もいわなかった。
アルンディラーノ、ディアーナ、ラトゥールとアウロラのグループは課題を一つ落として四つクリアとなっていたが、ポイントは最高で順位は一位になっていた。
こうして、ド魔学最初のイベント『魔法の森の冒険』は、乙女ゲーム的な急接近やドキドキハプニングなどは起こらないまま、友情だけが深まって幕を閉じたのだった。
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