剣術訓練 3

「剣ダコですね」


 クリスも、自分の手のひらを眺めながら続けた。


「なるほど、ダンスで手を取ったときに剣ダコがあるのに気がついて、まだ剣を握ってるっておもったんですね」

「そうだよ」


 クリスの言葉に、アルンディラーノが大きく頷いた。食事は進み、皿の上が空っぽになっていた。


「次は、ジャンルーカ殿下ですね。殿下はどうしてディアーナ嬢が強いって知ってるんですか」


 豆の残っている皿が無事に下げられていくのを見送って、クリスがジャンルーカへと話の舵を切る。

 クリスとアルンディラーノから視線を向けられて、フイッとジャンルーカは視線をそらした。


「……」

「剣術ができる、じゃなくてディアーナ嬢は強い、って言いましたよね。もしかして、殿下はディアーナ嬢と手合わせしたことがあるんじゃないですか」


 黙ったままのジャンルーカに、クリスが質問を重ねると、ジャンルーカの顔色がみるみる悪くなっていった。


「………。カインがサイリユウムに留学しているときに、ディアーナ嬢がサイリユウムに遊びに来たことがあったんです」


 アルンディラーノとクリスから視線をそらしたまま、ジャンルーカが静かに話し始めた。


「その時に、私がディアーナ嬢と仲良くなりたいと言ったら、カインが自分を倒さなければディアーナ嬢の友人と認めない、と言い出して………」

「言いそう」

「言うだろうな」


 ジャンルーカの前に立ちはだかるカインの姿が、まぶたの裏に浮かぶアルンディラーノとクリス。


「私も、元騎士団の指南役から剣を習っていたし弱いつもりは無かったんだけど、カインに勝てるとは到底思えなかったんです。兄と出向いた森で巨大オオカミ相手に切りつけたという話も聞いていましたし」


 もごもごと、ジャンルーカは言いにくそうに経緯を話していく。

 ディアーナと友人になるためにカインを倒さねばいけなかったこと、魔法でも勉強でも剣術でもカインには勝てそうに無かったこと、カインがディアーナの願いを聞いて入れ替わったこと、入れ替わってカインのフリをしているディアーナに挑んで勝ったこと。


「そんな事やっていたのか」 


 ジャンルーカの話を聞いて、眉間にしわを寄せながらうなるアルンディラーノ。その様子をニヤニヤと眺めながら、クリスがからかう。


「同じ手は使えませんね。どうします? アル様」


 カインとディアーナはそっくりな兄妹だ。一目で血がつながっているとわかる程に顔の作りが似ているのだが、身長や骨格は大分違う。入れ替わって同じ人ですという手はもう使えないだろう。

 そもそも、入れ替わって剣の試合をしてほしいなんてカインに頼めるはずがない。


「ディアーナ嬢は剣の心得があることを隠しているんですよね?」

「そうだ。先ほどの口ぶりだと、ジャンルーカも本当は口止めされていたんだろう?」

「はい」


 四歳の時の、騎士団訓練ディアーナ乱入事件の時も、母親が見ている前でやらかしたせいで帰宅してからめちゃくちゃ怒られたのだと聞いてる。そして、それをきっかけにディアーナは真の姿を隠して淑女として振る舞うようになったのだ。


「これまでは、ディアーナ嬢にどのようにお願いしていたんですか?」

「何を?」

「剣の試合ですよ」

「剣の試合は頼んでないが?」

「え?」


 ジャンルーカが目を丸くする。


「ディアーナが剣の心得があるというのは秘密にしなくちゃいけない事なんだから、堂々と剣の試合をしてくれなんて頼めないだろう?」

「いや、手紙に託すとか、人気の無いところでお願いするとかあるじゃ無いですか。じゃあ、振られたっていうのはどういうことですか」


 アルンディラーノの言葉に、ジャンルーカは目を丸くする。


「剣術補習を見学に来ないか。とか、近衛騎士団の剣術訓練を見に来ないか。と誘っていたんだけど」

「断るに決まってるじゃ無いですか!」


 どれもこれも、人目のある場所である。言葉通りに訓練の見学に誘っているのだと受け取られれば興味ないと断られるだろうし、そこで試合をしようという意味で誘っているのだと理解されたとしても人目のある場所で試合するわけには行かないのだからやはり断るだろう。


「誰にもバレない場所や時間を用意して、試合終了まで秘密に出来る状態を作った上で、ちゃんとお願いしてみたらどうですか。多分、真摯にお願いすればディアーナ嬢も受けてくれると思いますよ」

「秘密にしておいて、後々カインにバレたら怒られるんじゃないか?」

「では、カインも交えてディアーナ嬢にお願いすればいいじゃないですか」

「ディアーナが怪我するかもしれないんだぞ。カインが許すわけないだろ」

「そうでしょうか?」


 ジャンルーカは、食後のデザートにフォークをブスリと差し込んだ。


「カインは多分、了承してくれると思いますよ」


 カインは確かにディアーナに対して過保護だったが、ディアーナを宝箱にしまい込んで安心するタイプの過保護では無い。

 ジャンルーカに対して家庭教師という範囲を超えて色々な事を教えてくれた。

 サイリユウムのエルグランダーク邸の中庭でかかしもどきだれだで遊んだときも、いしはじきで遊んだときも、身内ばかりの時にはやんちゃにはしゃぐディアーナを微笑ましく見守っていたし、時にはディアーナの腕を抱えてグルグルと回し、柔らかい草の上に放り投げて遊ぶなんてこともやっていた。最初はうっとうしいと思っていただろうジャンルーカの姉と妹に対しても、仲良くなってくればカインは優しく接してくれていた。


「カインとディアーナ嬢の二人一組と一緒に過ごす時間が長いと、見えにくいこともあるのかもしれませんね」

「何がだ?」


 デザートをすでに平らげて、お茶をゆっくりと飲んでいるアルンディラーノに対して、ジャンルーカは得意げな顔をして告げた。


「カインは懐に入れた人に対してはとても甘い。アルンディラーノの真剣な願いであれば、きっと無下にはしないと思いますよ」

「そうだろうか………」


 ジャンルーカの自信満々の言葉を、ことある毎にディアーナと距離を離そうとしてくるカインしか思い浮かばないアルンディラーノは半信半疑で受け止めた。



 しかし、次の水曜日の放課後魔法談義の日。使用人用控え室でアルンディラーノがディアーナとの対戦を申し込んだところ、その願いはあっさりと受け入れられたのだった。

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