魔法の森の冒険 1

 アンリミテッド魔法学園の敷地内には魔法の森がある。角うさぎや牙たぬきと言ったあまり脅威とも言えない魔獣が放し飼いにされており、攻撃魔法の応用授業の教室としてこの森が使われたりする。

 その他にも、魔法の触媒となる植物が野生に近い形で植えられていて、保護林としての役割を果たしてもいるらしい。


「というわけで、そろそろ同じ組の人達の顔と名前を覚えてきた頃だと思いますのでオリエンテーリングを実施します」


 魔法の森の前に集められた一年一組の生徒達。教師がオリエンテーリングについて楽しそうに説明をしている。

 曰く、森の中に二十五枚の札がぶら下がっているのでそれを五枚回収して帰ってくるというのが課題。札には、お題が一つと次の札がある場所のヒントが書いてあり、帰投時には札に書かれているお題が達成されているかを教師がチェックするという。


「お題の達成が難しければ、無視して次の札を探しに行っても構いません。あくまでクラスメイトとの親睦が目的です。無理をしないように」


 教師はそう締めくくると、適当な人数でグループ分けするようにと指示した。親睦を深めるためとはいえ、全く接点のない生徒同士を組ませれば気まずい時間を過ごさせることになる可能性もあって本末転倒になりかねない。

 授業を通してクラス全体の生徒の様子を見ている限り、大体仲良しグループというのがいくつか出来ているのがわかる。唯一の心配はラトゥール・シャンベリーだったが、最近はディアーナとアルンディラーノが声をかけている様子だったので今日もどちらかがグループに入れてくれるだろうと楽観視していた。

 さすが次代の国王陛下と筆頭公爵家の令嬢、まだ十二歳と幼いというのに慈悲深い事だと教師は勝手に感動していた。

 教師が生暖かい目でグループ分けをする生徒達を見守っている中、アウロラは顎に手を当てて真剣な顔をして生徒達を眺めていた。


「オープニングが終わり、チュートリアル的な授業がいくつか入りつつキャラクタ紹介的な邂逅シーンが終わると出てくる、最初のイベント『魔法のオリエンテーリング』がついに始まったでござる」


 ゲームでは、ここでまず『自分から声をかける・相手から声をかけてくれるのを待つ』という選択肢が出てくる。自分から声をかければ、攻略したい対象者とオリエンテーリングイベントに参加することが出来るし、相手から声をかけられるのを待てば、今の時点で一番好感度の高いキャラクタから声をかけてもらえる。

 もちろん、ゲームはまだ序盤も序盤なので各キャラクタの好感度にはさほど差は無い。見た目上はほぼランダムに近いので、特に推しキャラは居ないが全ルートクリアを目指す等のプレイをしている人が、次の攻略対象をシステムに決めさせるのに使っている選択肢だった。

 ゲームプレイ動画を配信している人の中には、ここの選択肢を使って序盤の好感度アップ条件を検証している人も居たが、本当にわずかな差でしかないので重要な情報でもなかった。


「そもそも、この世界を現実として生きている今となっては、無意味なことだしね」


 入学式からひと月以上経っている今、誰と一緒にお昼ご飯を何回食べたとか、実技授業で誰と何回組んだとかなんていちいち覚えていないし、そんなこと関係なく友人はできている。この世界が現実である以上、人間関係は攻略対象者だけではないのだ。


「イベントスチルの回収をしたければ、アル様かラトゥールと組むのが良いんだろうけど……」


 別チームになれば別行動になるので、発生するであろうアクシデントやそれに対処する格好良い姿を見ることは無い。実際にド魔学のヒロインの様にイケメンにちやほやされたいと思っているわけではないが、せっかくプレイ済みゲームの世界に生きているのだから、聖地巡礼的にゲームの名シーンは見てみたい。

 しかし、ゲームでは選択肢を選ぶだけだったのでアルンディラーノにも気軽に声をかけていたアウロラだが、相手は王太子である。平民の自分から気軽に声をかけるのは気が引けるという物である。

 では、ラトゥールに声をかけるかというとこれもアウロラは消極的だった。


「だいたい、なんだあれ。覚醒イベントも終わってないのに身ぎれいになってやがる」


 森の手前、皆がグループを形成しつつある中ぽつんと一人で立っているラトゥールは入学直後に比べて身ぎれいになっているのだ。

 まず、瓶底眼鏡が薄いガラスの眼鏡に変わって綺麗な瞳が見える様になった。そして先週からは髪も手入れされてツヤツヤになり、綺麗なレースのリボンで結ぶようになったので顔周りがすっきりとしている。若干猫背でシャツのボタンの掛け違いを放置しているところなんかは変わっていないのだが、顔がちゃんと見えることによって美少年ぶりを遺憾なく披露しているのだ。


「くそう。惚れちまうやろ」


 アウロラは親指の爪を噛みながら悔しそうにつぶやいた。

 ラトゥールはゲームド魔学の攻略対象のうち、二人居る眼鏡キャラのうちの一人で、『眼鏡を外すと美形』というテンプレキャラなのだ。これが、アウロラは気に食わなかった。

 アウロラは眼鏡キャラは好きだったが、『普段は眼鏡越しにちゃんと瞳がみえるのだが、悪巧みをするとき等に意味も無く眼鏡が光って目が見えなくなる』というシチュエーションに興奮するタイプの眼鏡好きなのだ。眼鏡キャラが眼鏡を外すことで本領を発揮するタイプのキャラはノットフォーミーだったのである。

 それが今や、ラトゥールは眼鏡越しに綺麗な瞳が見える眼鏡美少年となっている。

その上、授業の妨害もしなくなり、だけど時々質問したそうに口を開いては我慢して押し黙るという事をやっているのを見て『成長してるんやなぁ。偉いなぁ』とオカン視点でキュンとすることも増えた。


「それもこれも、ディアーナが放課後にラトゥールを誘うようになってからなんだよね」


 やっぱり、ディアーナは転生者なんじゃないのか。前世の記憶としてゲームプレイ記憶があるからこそ、自分の破滅に関わる攻略対象者達を更生して回っているんじゃないのだろうか。

 アベンジ!リベンジ!ストレンジ! の事を知らなかったのも、純粋なゲーマーでアニメ漫画に興味が無かった人の可能性もある。アリスの事は知っていたがライバルキャラの口癖までは知らないだけかもしれない。

 ソコまで考えて、そういえばディアーナは誰と組むんだろうとアウロラが視線を上げると、目の前にディアーナがいた。


「わぁ!」

「ふふふっ。瞑想は終わりまして?」


 驚いて大きな声を出したアウロラにも不快感を示すこと無く、わらって小首をかしげるディアーナの可愛いことよ。アウロラは頬が熱くなるのを感じつつ、一歩下がって軽く会釈した。


「すみません。考え事をしていました」

「真剣な顔をしてましたものね。考え事をするときのお兄様そっくり」


 気にした様子もなくコロコロと笑うディアーナの後ろに、アルンディラーノとラトゥールが立っているのが見えた。


「アウロラさん、よろしければオリエンテーリングご一緒しませんこと?」


 ディアーナがそう言って手を差し出してきた。想定外の出来事に、アウロラの頭は一瞬真っ白になってしまう。

 考え込んでいるうちに『声が掛かるのを待つ』を選択した状態になってしまっていたのだろうか。それにしても、アルンディラーノでも無くラトゥールでも無く、ディアーナから声が掛かるとは。コレでは、クラスで一番好感度が高いのはディアーナということになるではないか。

 確かに、入学前も含めれば一番会話したことがあるのはディアーナである。同じクラスにはなった物の、いざとなればやはり王太子というのは近寄りがたく、ラトゥールはもうただの変人だったので声をかけるのはためらわれた。

 ぐるりと周りを見渡せば、比較的仲良くなっていた他のクラスメイト達はすでにグループを作って教師からの合図を待っている状態だった。


「えーっと。ディアーナ様、よろしくお願いします」


 なし崩し的に、ディアーナ、アルンディラーノ、ラトゥールというゲームキャラクタ組でオリエンテーリングへと出発することになってしまったアウロラであった。

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