魔法の森の冒険 2
―――――――――――――――
グループ決めの早かったチームから順に魔法の森へと出発していく。つまり、アウロラ達のチームは一番最後の出発ということだ。
「アウロラ嬢。一緒に行動する上で魔法の属性を確認しておきたいのだけど良いかな?」
王子スマイルでアルンディラーノがアウロラに話しかけてきた。優しい語り口で、少年らしいみずみずしさもありつつ落ち着いた声である。前世の記憶では、少年声に定評のある女性声優が担当していたはずだ。
「はい、もちろんです」
「ディアーナ嬢、ラトゥールも教えておいてくれ」
「ええ、相談いたしましょう」
「……うん」
ディアーナはニコニコと、ラトゥールはうつむいたまま小さな声で答えている。
「私は、治癒魔法が使えます。小さな切り傷や擦り傷なら治せます。今回は関係無いかもしれませんが、風邪は治せました。他の病気が治せるのかどうかはやったことがないのでわかりません。あと、風魔法が使えますが、攻撃として使ったことがないので魔獣が出てきても戦えるかどうかはわかりません」
アウロラは、自分の現状についてアルンディラーノに伝えた。
ド魔学は乙女ゲームなので実際にゲーム中に魔法を使うシーンはほとんど無い。
同級生魔道士ルートに入るためにミニゲームで魔力と魔法スキルを上げないといけなかったのと、聖騎士ルートの魔王戦で攻撃魔法を使ったりクリスに治癒魔法をかけてHPを回復したりするぐらいしか出番が無い。その為、ヒロインの魔法に関する設定はあまりゲームで出てこなかった。
魔法に関しては前世のゲーム知識にヒントがあまり無く、偶然治癒魔法の発現に気がついてからは近所の人や孤児院の子供らをひたすら治しまくるという練習方法しか無かった。
鳥男爵の依頼で鳥の治療をしたのをきっかけに、風魔法を教えて貰えるようになったのは幸運だったと思っている。ヒロインなので、おそらく頑張れば全属性習得可能なんではないかと思っているが、平民として生きていたアウロラにはその努力をする時間というのがあまりなかったのだ。
「アウロラ嬢は平民だというのに、凄いな」
単純に、驚いた顔をしてそういったアルンディラーノの腰を、ディアーナがひじで突いた。
「失礼な言い方ですわ」
「あ、いや。学ぶ環境が貴族より厳しいだろうに治癒と風の二属性も身につけている事を褒めたつもりなんだ。決して見下すつもりで言ったんでは無いんだが、不快な思いをさせたのであればすまなかった」
「いえ、大丈夫です。大丈夫ですから」
申し訳なさそうに眉毛をさげて謝罪するアルンディラーノに、アウロラは慌てて手を振って謝罪をうけた。
アルンディラーノは風魔法が一番得意で、水魔法と火魔法も使えると申告、ラトゥールは治癒魔法以外の全属性が使えるが、得意なのは水魔法と火魔法だと言った。
「私は水魔法が一番得意ですわ。その他には、闇魔法と風魔法が使えますの」
ディアーナが自分の魔法を申告したところで、教師からスタートの指示がでた。他のグループと比べれば四人というのは人数が少ない。その上一番最後のスタートなので色々と他のグループに比べれば不利といえる。
「よし、じゃあ行くか」
キリッとした顔でアルンディラーノが握りこぶしを作りながら号令をかけた。「おお、かっこいいな」と心の中で思いながら「はいっ」と返事をしようとしたアウロラの視界に、アルンディラーノの後ろでベロをだして手のひらをピロピロ振っているディアーナの姿が入ってきた。
「ひゃいっ」
笑いをこらえて返事をしたせいで、変な声が出た。アウロラの様子に素早く後ろを振り向いたアルンディラーノだったが、一瞬早くディアーナは澄ました顔で姿勢を正していた。
「ほほほ。参りましょう。まずは最初の札をさがしませんとね」
「……」
アルンディラーノに半眼でにらまれつつ、何事も無かったようにディアーナは森へ向けて歩き出した。ラトゥールはジト目で二人を見つつ、無言でその後に続いていく。
「……。まぁ、普通にオリエンテーリング楽しむのがよさそうかな」
アウロラは、ゲームとの差異についてはいったん置いておいて、魔法の森の冒険を楽しむことにした。
ゲームのド魔学における『魔法の森の冒険』イベントは、ゲーム開始後最初のイベントである。攻略対象者とヒロイン、あと数人の名も無きクラスメイト達とでグループを組んで魔法の森をチェックポイントを巡りながら散策するという内容になっている。
チェックポイントの札には課題が設定されていて、それをクリアすると成績にプラスポイントがもらえる事になっている。札に書かれているお題が『木の実を取れ』だったり『花畑の花で花冠を作れ』だったり『ウサギの魔物を生け捕りにしろ』と言った簡単な内容が数種類の中からプレイする毎にランダムで出てくる。
もちろん魔法学校なので手の届かない高い位置にある木の実を取るのに風魔法や水魔法を使ったり、花冠を作るのに切り花が長持ちする魔法を使ったりするのが正解なのだが、そこは乙女ゲームである。
木の実を見つけたときの選択肢に「肩車をすれば届くかも!」というものがあって、それを選ぶと攻略対象者に肩車をしてもらって木の実を取るスチルが回収出来たりする。この選択肢を選ぶと、学校の成績は増えないがゲーム内の好感度は上がる。
ゲームでのイベント内容を思い出しつつ、アウロラは先を歩いて行くアルンディラーノとラトゥールの背中を眺める。
ゲームであれば、当然イベントに一緒に行ける攻略対象者は一人だけだ。こうして攻略対象者二人と一緒にチームを組んでいると言う時点でもうゲームからズレている。
二人の背中から視線を外し、隣を歩くディアーナの横顔を盗み見る。ディアーナも、本来ならこんなゲームの序盤では出番は無い。
悪役令嬢であるディアーナは、どのルートでもお邪魔虫として出てくるキャラクターなので攻略ルートが確定していないうちは影が薄いのだ。このイベントでも画面端に見切れているが同じグループになることはないのだ。
少し冷たい風が吹き、ディアーナの耳の下あたりで結ばれているリボンが小さく揺れるのが見えた。今の時点では、アウロラはディアーナよりも少しだけ背が低い。ゲームでは耳より上で結んでいたリボンが、今は耳の下で編み込みをまとめるために結ばれている。
春になったばかりの森は、まだ花の残っている木も点在していた。足下にも色とりどりの花びらが落ちていて、カラフルになっている地面のおかげで森の中だというのに暗さを感じさせなかった。
少しだけ冷たい風、新芽が出始めている木の匂い、花びらが積もって柔らかくなっている地面の踏み心地。みんな、ゲームからは得られなかった感覚である。
「お兄様から聞いたお話なんですけどね、この魔法の森には妖精がいるかもしれないんですって」
「妖精ですか?」
ディアーナが、最初の札を探すように木の上を眺めながら話し始めた。アウロラは、唐突な話題だなと思いつつ、耳を傾ける。
「アウロラさんは、妖精って見たことありますか?」
「たぶん、見たことないと思います」
「花言葉ってありますでしょう? あれは、花を司る妖精の性質を表す言葉なのですって」
アウロラは初めて聞く話だった。
「町の花屋のおばさんから、花には花言葉があるという事は聞いていましたが、それが妖精の性質を表す言葉というのは初めて知りました」
ディアーナはアウロラの言葉に一つ頷くと、木の上に散らずに残っている小さな花を指差した。
「あれはサルーシュの木の花ですけど、花言葉は『月の無い夜は背中に気をつけろ』って言うんですって」
「えっ。物騒過ぎませんか?」
「ふふふふふっ」
アウロラの知っている花言葉は前世の知識だが、花言葉というのはロマンチックな言葉が多かった記憶がある。『真実の愛』とか『永遠の友情』とか、マイナス方向の言葉だったとしても『報われぬ思い』とか『悲しい思い出』といった感じの美しい言葉だったはずだ。『月の無い夜は背中に気をつけろ』という言葉は、復讐する気満々である。
「一体、サルーシュの花に何があったって言うんですか」
「面白いですわよね。復讐が大好きな妖精さんとか、ちょっと面白いから会ってみたいですわ」
クスクスと笑うディアーナに、やっぱり悪役令嬢なだけはあるなと笑いが引きつるのを感じるアウロラである。
―――――――――――――――
2021年の7月10日に悪役令嬢の兄に転生しました1巻が発売されました。
本日で小説家デビューから丸二年経ちました。
ここまでこられたのも、皆様のおかげです。いつも読んでくださりありがとうございます。
どうぞこれからも、よろしくお願いいたします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます