水曜日の放課後勉強会
ラトゥールとの放課後勉強会に、翌週からアルンディラーノが加わって、その次の週からはクリスとジャンルーカも加わり、大分賑やかになってきた。
「放課後、シャンベリーを連れてどこに行ってるんだよ」
とアルンディラーノに問い詰められ、別に隠すことでもないのでディアーナがカインと一緒に魔法の勉強会をしていると言えば、
「僕も参加する!」
と付いてくることになったのだ。その後は、クリスが「殿下が行くなら俺も」となり、クリスと同じ組のジャンルーカに勉強会の存在が伝われば「じゃあ、私も」となった。
ジャンルーカは、カインが留学中に魔法について教えていたのだが実技が中心で理論は追いついていないのが実情だ。
カインがサイリユウム王家から依頼されていたのはリムートブレイク語の家庭教師であり、あくまで魔法についての勉強はついでの隙間時間に教えていただけなのだ。
エルグランダーク家に遊びに来ていた時に母エリゼやコーディリアからも魔法について教わっていたが、そのほとんどが魔法の制御に関する事だった。
リムートブレイクの貴族家子女と比べれば入学前の勉強時間としては全然足りていないのだ。
「右利きの人間は、教わらずとも右手でフォークを握るだろ?それを実は左利きだったのでは? と疑って左でフォークを握ってみたところでやはり使いづらいだけだろう。魔力の巡り方も同じだ。無意識に右回りだったやつが、実はやって見たら左回りの方が効率が良かったなんてことありっこない」
「でも、元々左回りで魔力を巡らせていた私は、授業で習った後に試してみたら、右回りの方がしっくりきたんですよ。二組では、私の他にも数人そういう人がいました」
ほぼ独学で魔法の勉強をしてきたラトゥールは、最高の家庭教師がついて勉強していたディアーナやアルンディラーノと会話をするのは学びがあると思ったのか放課後の勉強会では積極的に議論を交わしていた。
しかし、クリスが加わったときには
「バカと話す時間はない」
と言ってクリスを無視してアルンディラーノを怒らせていた。当のクリスは、
「難しい話に参加してもさっぱりですし、後ろで剣振ってていいですかね?」
とケロッとしていた。
その後に加わったジャンルーカに対しても、魔法の無い国からの留学生と言うことでラトゥールは積極的に話をしようとはしていなかった。さすがに、隣国の王族ということでクリスに対するほどあからさまな態度が出来なかったようで、質問されればそれにぶっきらぼうに答えてはいた。
そのうちに、当たり前だと思っていたことが当たり前では無い、質問されることで自分の知識の再確認ができるということに気がついた様で、最近ではジャンルーカとも積極的に魔法談義をするようになっていた。
「私に魔力の体内循環を教えてくれたのはカインなんですよ。もしかして、カインが左回りなのではないですか?」
「僕? そうだね、確かに僕は左回りだったかな」
「私と一緒ですね、お兄様!」
「そうだね! ディアーナも左回りだもんね。思いが通じ合っているんだね!」
きゃっきゃと手を取り合って喜んでいる兄妹をよそに、ラトゥールとジャンルーカは話し合いを続けていた。
途中からアルンディラーノも加わり、あーだこーだと議論した結果、
「一番最初に魔力循環を教えた人の回転方法に引きずられるんじゃ無いか?」
「血縁関係は魔力の巡り方が似ている事が多いから、家族から魔法を学ぶ人は当初の巡り方としっくりくる巡り方が一致していて、最初から家庭教師に学んだ人は不一致となっているんではないか?」
という結論に至った。
「でも、これが本当にそうなのかは、もっと色んな人の意見を聞いて検証しないといけないな。血縁関係は魔力の巡り方が同じ、というのはカインとディアーナの二人が一緒だったってサンプルしかないんだし」
「家族の中で魔力を持って生まれたのは私だけだから、私は検証できませんね」
アルンディラーノとジャンルーカはこの話題を掘り下げたいらしいのだが、
「……他の人に色々聞くのは……ちょっと……」
他人が苦手なラトゥールは消極的だった。水曜日の放課後勉強会をこなすうちに、このメンバーに対しては普通に会話出来るようになっていたが、まだ他のクラスメイトとはなじめていないらしい。
教師に質問に行く、という選択肢もあるとカインはわかっているのだが黙っていた。ゲームでの「相手の心を奪うために精神魔法を使ってしまう」というラトゥールの行動を阻止するためには、まず人と会話して仲良くなるというのになれて貰わないと困るからだ。
まずは、授業の邪魔をしたり傲慢な態度を取らせないために「自分が魔法談義の相手になる」という手段を取ったカインであったが、アルンディラーノやジャンルーカも混ざるようになってより良い結果につながっているのを実感していた。
「ラトゥール様の眼鏡が薄くなって、大分話しやすくはなったと思いますの。でも、ケーちゃん達はまだラトゥール様のこと『ちょっと怖い』って言ってましたわ」
ラトゥールの人間不信を『人見知り』と考えているディアーナは、魔法談義の相手を増やすためにケイティアーノ達にも声をかけていたのだが、断られていたのだ。
「なんだ、ケイティアーノ達にも声をかけていたのか?」
「お兄様との内緒の時間でしたのに、誰かさんが割り込んできたんですもの。だったら、大勢の方が良いかしらって思って声をかけたんですの」
「はぁ? 割り込みってなんだよ。元々ラトゥールだっていたじゃないか。妹だからってカインを独り占めしていいと思ってるなよ。このブラコンが!」
「ほほほ。かぶっていた猫が脱げていましてよ、アルンディラーノ王太子殿下」
アルンディラーノの質問に、わざとらしくお嬢様言葉で答えるディアーナ。カチンときたのか、そこから二人で口喧嘩が始まってしまった。
「と、止めなくていいのですか? カイン」
「あの二人は、人の目がなければいつもあんな感じなんですよ」
ジャンルーカが慌ててカインの元へと駆け寄って来たが、カインは微笑ましい顔で二人の口げんかを見守っていた。
「お二人とも、加減がわかっているので大丈夫ですよ」
「にゃんこの喧嘩みたいで、可愛いですよね」
カインの後ろに控えていたイルヴァレーノとサッシャも大丈夫だと口をそろえる。最初の頃はサッシャもオロオロとしていたのだが、口げんか止まりで二人とも手が出たりはしないのがわかってからは見守り態勢に入っている。
カインとしても、適度に仲良く適度に仲悪くいてくれればディアーナが王太子の婚約者という立場にならなくて済むので静観している。
「さて、あの二人が喧嘩しているうちに『アレ』をやってしまうか」
そう言ってくるりとラトゥールの方を向いたカイン。イルヴァレーノに手で合図を送ると二人がかりでラトゥールを抱え上げた。
「な、なんですかカイン先輩」
「一年生は来週オリエンテーリングがあるんだろう? ディアーナとアル殿下以外のクラスメイトと仲良くなれるように手助けしてやるよ」
そう言って、荷物を持つようにラトゥールを抱え上げたままシャワー室へと移動するカイン。イルヴァレーノが持ち込んでいた荷物の中から洗髪用の石けんと仕上げ用の香油を持って追いかけてくる。
「は、放せっ! 放してくださいっ」
「ラトゥールは軽いなぁ。もっと食べた方が良いよ。魔法使いも最後に物を言うのは体力だぞ」
毎朝の走り込みと、近衛騎士団に混ざっての剣術訓練などこなしていたカインに取って、机にかじりついて勉強ばかりしているラトゥールなんてわら束を担いでいるようなものだった。身長はディアーナと同じぐらいしかないラトゥールだが、もしかしたら体重はディアーナよりも軽いかもしれない。
小走りで先周りしたイルヴァレーノがシャワー室のドアを開け、カインがその中へとラトゥールを放り込む。
「さぁ、覚悟しろよ。これからあっついお湯をぶっかけて、はさみで切り刻んで今とは全く違う姿にしてやるからな」
腕まくりしつつ悪い顔で笑ってそういうカイン。その後ろには同様に腕まくりをしながら両手に洗髪洗剤のボトルとはさみをシャキシャキさせて逃げ道を塞いでいるイルヴァレーノ。
「ひぎゃーっ」
ラトゥールは顔を真っ青にしながら叫ぶことしか出来なかった。
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