眼鏡を外したら本領発揮するタイプのキャラを眼鏡キャラとは認めたくない
ラトゥールはいわゆる『眼鏡枠』である。
ゲームのアンリミテッド魔法学園に出てくる攻略対象のうち、眼鏡キャラは二人。
一人は、教師ルートのマクシミリアン。知性あふれる大人の魅力ということで、眼鏡の奥に理知的な瞳が見えるキャラクターデザインになっている。
そしてもう一人が、ラトゥールである。ラトゥールはいわゆる瓶底眼鏡をかけていて眼鏡越しには目が見えないキャラクターデザインになっている。もさもさした髪の毛とだらしない服装、そして瓶底眼鏡というパッとしない姿なのだが、『眼鏡を外すと美少年』というお約束キャラクタなのである。
体育の授業で眼鏡が弾き飛ばされて「めがねめがね……」と床を手で探るスチルで、バチバチのまつげに縁取られたアメジストのような薄紫の瞳と、形の良い柳の葉の様な眉毛がお目見えする。また、机に向かって真剣に勉強しているラトゥールを斜め上から見守るスチルでは、眼鏡の隙間から見える伏し目がキラキラと光って描写されていたりもした。
この『私だけが知っている』『普段は隠されている魅力』というのにときめくプレイヤーもいれば、『ばっか、眼鏡外すと魅力的とか眼鏡キャラスキーなめてんのか』『眼鏡キャラは眼鏡かけていてこそパーフェクトなのだ』と憤るプレイヤーもいた。
ちなみにカインは『眼鏡キャラを斜めから見たときに眼鏡越しの輪郭がズレる』のに興奮するタイプの人間だった。
「というわけで、はいこれ」
「……」
使用人控え室の中、カインと向い合わせに座っているラトゥールは、脈略も無く差し出された眼鏡を黙ってみている。
「なんだこ……なんですか、これ」
「眼鏡だけど?」
「それは見ればわかる……わかります」
最初にラトゥールが拉致されてから、水曜日の放課後勉強会を何度か開催してなれてきたこの頃。一応カインのことを上級生と認識しているらしく、がんばって丁寧な言葉遣いに直そうとしている。そんなラトゥールにカインはくっくっと笑いながら半ば押しつけるように眼鏡をラトゥールの右手に握らせた。
「今かけてるクソダサ瓶底眼鏡をはずして、その眼鏡をかけてみてくれないかな」
「クソダサっ……。失礼なっ……失礼じゃないですか」
「お兄様、本性がでてしまってましてよ?」
「おっと。その、あまりおしゃれとは言えない眼鏡をはずして、こちらの眼鏡をかけてくれないか?」
言い直しても、失礼には変わらない台詞を言い直すカイン。
「……」
カインに握らされた眼鏡はそのまま手の中に、ラトゥールはうつむいたまま顔を上げもしない。うつむいているので、カインからは眼鏡と顔の隙間が見えているのだが、ボサボサの前髪がじゃまをして綺麗な紫色の瞳までは見えない。
黙り込んだまま動かないラトゥールをしばらくは眺めていたカインだが、ラトゥールの後ろに立っていたイルヴァレーノに眼鏡を取り上げるように視線で合図を送った。
「あ!」
後ろから被さるようにして手を伸ばしたイルヴァレーノは、ラトゥールの眼鏡の蔓に手をかけるとするっと顔から抜き出してそのまま三歩後ろへと下がった
突然眼鏡を取り上げられたラトゥールはやっと顔をあげ、周りをキョロキョロと見渡している。眼鏡の行方を捜しているのだろうが、イルヴァレーノがすでに眼鏡ごと手を後ろに組んでしまっているのでラトゥールからは見えない。
「あら、シャンベリー様は紫色の瞳なのですね」
瓶底眼鏡をとりあげられて、現れたのは薄紫の瞳。髪と同じ濃い灰色のまつげに囲まれて美しいはずのそれは、力を込めて細められていた。眉間にも深くしわが刻まれており、端的に言って目つきが悪かった。
「ほら、全然見えないんだろ? 諦めて手の中の眼鏡をかけてみなって」
再度カインにうながされ、ラトゥールはしぶしぶ眼鏡をかけた。
「これは……」
「見えやすくなっただろう?」
「こちらの眼鏡だと、ラトゥール様の目がちゃんと見えますわね」
「ガラスが薄くなっているからね」
カインが渡した眼鏡は、元々ラトゥールがかけていた瓶底眼鏡に比べてガラス部分が薄くなっている。その分透明度が高くなっているのできちんと顔が見えるようになっているのだ。
ラトゥールは、薄くなった眼鏡を一度外してまじまじと観察し、また架けては周りをきょろきょろと見渡している。
「さて。魔法道具を馬鹿にしていたラトゥール君。その眼鏡についての解説を聞きたくはないか?」
「別に、馬鹿にしてなんかない……ありません」
「お兄様、あの眼鏡は何か特別なんですの? 私もかけてみたいですわ!」
ラトゥールの素直じゃ無い返答と、ディアーナの素直な賞賛がかぶる。
「メガネっ娘ディアーナもそれはそれは可愛いに違いないけど、視力が良い人が眼鏡をかけても良いこと無いからね。その代わり、解説はしてあげるよ」
ニコニコとご機嫌でディアーナの頭を撫でるカイン。チラリとラトゥールの様子を見れば、反発はしたものの、解説は聞きたいようでむっつりとした顔でカインの方へ耳を傾けている。
「じゃあ、解説しようね」
この世界では、前世の様に精密なレンズを作る技術はまだない。というか、おそらく今後も出てこない。では、この世界の眼鏡はどのようにして視力矯正をしているのかといえば、光魔法を使っているのである。
魔法学園の廊下の窓のように、光魔法で目の前の景色をレンズの内側に投影するという仕組みになっている。眼鏡のつるを通じて本人が持つ魔力を吸収しているため、眼鏡を外せば向こうが透けて見えるただのガラスの様になる。眼鏡の内側に画像を投影するので、眼鏡の外面に画像投影の呪文が書き込んであったり、ガラスの側面に呪文が書き込んであったりする。
見た目が良くないため、ガラスの外面に呪文が書いてある物は安く、側面に書き込んである物は高い。
ラトゥールが付けていた瓶底眼鏡はおそらく自作品で、魔法を発動させるための呪文を側面に書く為にガラスが厚くなっていたんだろうとカインは思っている。目から一センチの所にあるガラスに、焦点が合うように画像を投影させるためにはセンス良く呪文を組まなければ呪文が長くなるからガラスが分厚くなるのだ。
イルヴァレーノからラトゥールの瓶底眼鏡を受け取ったカインは、眼鏡のつるに手を添えて小さく魔力を流す。すると、顔にかけていないが眼鏡のガラスの内側にカインの膝の画像が映し出された。
「あ、本当ですわね。眼鏡の内側に景色がうつってますわ」
「それで、そっちの薄い眼鏡も光魔法を使っているのは一緒なんだけど、光を屈折させてるだけなんだよ」
カインが作ったガラスの薄い眼鏡は、ガラスを通過する光を屈折させる魔法が掛かっている。つまり、前世の眼鏡のレンズと同じ効果を魔法で再現しているのだ。光を曲げるだけなので、呪文も短くて済むから薄いガラスでも側面に書き込むことができている。
「ちなみに、呪文の書き込みはセレノスタにやって貰ったんだよ」
「さすが、セレノスタ師匠ですわね。手先が器用ですわ」
カインの解説を聞いて、ラトゥールはかけていた眼鏡を外して少し離した距離からのぞき込む。つるに手を添えて魔力を流し、ガラスの向こうがすこし小さくゆがんで透けているのを確認していた。
光の屈折、という言葉だけではディアーナもラトゥールも首をかしげていたのでカインはその後水の入ったガラスのコップとティースプーンや文字の書かれたノート等を使って簡単に説明をした。
一通りの解説を聞いた後、ディアーナとラトゥールはガラスのコップを持ち上げてみたり上からみたり横から見たりして、光や向こうに見える景色がゆがむのを不思議そうに見ていた。
「どう? 魔法以外の事にも興味を持って勉強すれば、魔法に応用できることも沢山あるよ」
その言葉に、ラトゥールはキッとディアーナを目だけでにらみつけた。魔法に関係ない学術系の授業で寝ている事を、ディアーナがカインにバラしたと思ったからだ。
「まぁ! ちゃんと目が見えているとラトゥール様とちゃんとお話してるって感じがして良いですわね!」
ラトゥールのにらみつけなど気にも留めず、ディアーナはニコニコと嬉しそうにしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます