組み分けテスト
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魔法鍛錬所のあちらこちらで、生徒達の魔法披露が始まった。男子生徒は手のひらの先に火の玉を出して見せたり水の球を飛ばしていたり、女子生徒はティーカップに魔法をかけたりお花に魔法をかけたりしている。女子生徒の魔法は、おそらくお茶を美味しくする魔法だとかお花が長持ちする魔法なんかだと思われるのだが、それを教師がこの場でどう判定するのかはカインにはわからなかった。
「では先生。魔法を披露しますので少し場所を空けてください」
そう言って、カインは転移魔法を披露した。転移魔法は土魔法と風魔法の複合魔法なので、それだけで土魔法と風魔法を極めている事の証明となるのである。
転移したのはたったの五メートルほどの距離だが、教師へは強烈に印象付けることに成功したようで、カインの魔法を見た教師は天井に向かって吠えていた。
「これで、大丈夫ですか?」
「エクセレント! カイン君は問題無く四年一組に決定~!」
「なんだか、ノリがティルノーア先生に似てますね……」
「ティルノーア様は私の憧れの先輩だからね!」
教師はティルノーアの後輩だったらしい。
カインは、教師に挨拶をすると鍛錬所内を見渡してディアーナの姿を探す。カインから柱三つ分向こうにいる女性教師に魔法を見て貰おうと待っているところだった。
「お兄様! お兄様はもうテストは終わったんですの?」
カインが側まで行くと、気がついたディアーナがにこりと笑って話しかけてきた。
「ディアーナの晴れ舞台を見逃さないように、早めに終わらせてきたよ」
「あら。あのかっこいい長尺詠唱はなさらなかったの?」
「一般的には、詠唱が短い方が優秀な魔法使いだって事になっているからねぇ」
ディアーナの言う長尺詠唱とは、魔法発動のための詠唱をわざわざ持って回った言い回しで唱えるやり方で、効率は悪いがなんとなく格好良いというやり方のことである。以前、夏休みを領地で過ごしていたときにキールズ等と遊んでいる最中にカインが提案した方法で、カインの近しい者の間で流行した。いわゆる『中二病的魔法詠唱』の事である。
カインは、転入生として紹介してくれた教師にそのまま見て貰ったので早かったが、その他の教師達の所では爵位の低い順に魔法を披露しているようだった。
「一般的には身分の高い方が魔力が多い傾向にあって、家庭教師の質も身分によって差がでるから、身分の低い順にやるんだって。先に凄い魔法みせちゃうと自信がなくなって魔法出せなくなっちゃう子がいるのだそうよ」
と、ディアーナがこっそりと教えてくれた。
「ディアーナはどんな凄い魔法を披露するつもりなの?」
「うふふっ。お兄様にも内緒よ。びっくりさせるからね?」
「楽しみだな。僕が留学していた間にも、すっごい上達したんだろうね」
ここに居るのが女性教師だからか、この場には女の子が多い。カインは、教師を囲うように円形に集まっていた令嬢達の一番後ろに立っていたのだが、兄妹のこそこそ話に気がついたのか、チラチラとカインの事が気になっている令嬢が何人かいた。
「もう。お兄様も隅に置けないですわね」
「違うよ、ディアーナの可愛さが気になって仕方が無いんだよ」
「お兄様が格好良いから、気が散っているんですわ」
二人でお互いを褒め合っている間にも、令嬢達の組み分けテストが進んでいく。
侯爵令嬢であるケイティアーノの順番になり、彼女が花の色を変える魔法を使おうとしたその時だった。
「なんだあれは!」
「すげぇっ! あんなこと出来るのか?」
「誰だあいつ!」
カインとディアーナの背後から、そんな驚嘆の声が聞こえてきた。それと同時に、ごうごうと炎が燃える音とザワザワと水のうねる音も聞こえてくる。
カインとディアーナが振り向けば、鍛錬所ホールの中心に、大きな水の龍と炎の龍がらせんを描くようにお互いの体を絡ませながら天井へと向かって登って行くところだった。
「水属性と火属性の同時使用か」
さすが魔法学園、凄い子もいるもんだとカインが二匹の龍の足下を見れば、そこに居たのはボサボサの髪と瓶底眼鏡の少年だった。
(ラトゥール……。同級生魔道士ルートの攻略対象者だ)
自然と、カインの表情が厳しくなる。
同級生魔道士ルートは、ヒロインに心を奪われたラトゥールが、ヒロインの気持ちを自分に向けようと精神支配魔法を研究し、ヒロインに向けて放つ。しかし、ちょうどヒロインにちょっかいをかけようとしていたディアーナの方に魔法が当たってしまい、未完成だった精神支配魔法のせいでディアーナは精神を崩壊させてしまう。その後、魔法は自分のためじゃなく、世のため人のために使うべきよ! とヒロインに諭されて心を入れ替えたラトゥールはヒロインと一緒に慈善活動などに励み、人に感謝される事で自信を取り戻し、改めてヒロインに告白してハッピーエンド。というシナリオである。
ディアーナを破滅から救う方法としてはいくつか考えられる。
ディアーナがヒロインの邪魔をしなければ、精神支配魔法の流れ弾を食らうこともないわけだから、ディアーナとヒロインを引き離しておく、という方法が一つ。
しかし、これだと邪魔をするディアーナがいないせいでヒロインがまともに精神支配魔法を受けることになる。カインは別にディアーナの代わりに誰かが不幸になればいい等とは思っていないので、なるべくこの方法はとりたく無いと思っている。
そもそも、ディアーナとヒロインは羽ペン作りの時にすでに知り合っている上に、孤児院でも顔を合わせているらしく「お友達が出来たのよ」とディアーナからも話を聞いている。「あの子とはお友達になっちゃいけません!」なんてことは絶対にディアーナに言いたくないカインは、この手段を取ることが出来ない。
ラトゥールがヒロインに惚れなければ、精神支配魔法を使わないのではないか、という方法。ヒロインとラトゥールの接点をなくせば良いのだが、これをカインの方で調整するのは難しい。
まず、ラトゥールは間違い無く一組になるだろうが、ヒロインがどちらの組になるのかは未知数である。ゲームでは、攻略したい対象に合わせてミニゲームの出来を調整すれば良かったのだが、この世界でカインはヒロインでは無い。ヒロインがどっち狙いで調整してくるのか、もしくは調整などはせずに自然体で生きているのかもわからない。学年が違うので授業中や休み時間毎に二人の仲を邪魔して回るわけにも行かないのだ。だいたい、ヒロインに惚れなかったところで他の女の子に惚れたらやっぱり精神支配魔法をかけてくる可能性も捨てきれない。見知らぬ女子が犠牲になるのも、やっぱりカインとしては見過ごせないのだ。
「お兄様、順番が来たので行ってきますわ」
「あ、ああ。ディアーナ頑張って!」
「しっかりみててくださいませ。驚かせますわよ!」
カインが思考に沈んでいるウチに、二匹の龍は消えていたし、ケイティアーノの魔法披露も終わっていたようだ。
小さく手を振りつつ、教師の前まで行ったディアーナは大きく手を広げると、背中に闇魔法で黒い蝶の羽を作り出し、ふわりとその場で体を浮かべた。
「ふぁあああ! しゅごい! ディアーナ妖精さんみたいだ!」
「カインお兄様、お顔が乱れていましてよ」
いつの間にか隣に来ていたケイティアーノがハンカチを差し出してくれた。ハンカチを受け取り、鼻水を拭きつつ表情をキリッと戻したカイン。その間にも、ディアーナの体はくるくると回りながら上昇していく。
「あぁっ! ディアーナ! とっても可憐で可愛いけど、それ以上はスカートの中が見えてしまうよ!」
カインが慌てて制服の上着を脱ぎ、ディアーナの足を隠す為に前に出ようとしたが、
「大丈夫よお兄様! ほら!」
ディアーナは却って体を倒し、カインにむかって足を広げた。思わず手で顔を覆って見ないようにしたカインだが、そっと指の隙間からのぞき見たスカートの中身は、真っ暗闇だった。
「闇魔法でスカートの中をのぞけないようにしているのか。なるほどこれはいいな……」
空中で黒い蝶の羽を羽ばたかせ、くるくると踊るように回るディアーナを見上げて教師がそうつぶやいた。
ディアーナはその後ゆっくりと降りてくると、美しい淑女の礼を披露して輪の中へと戻っていった。
「……全然世を忍べてないじゃん」
組み分けテスト終了済みだったアウロラは、その様子を別の教師の側から心配そうな顔で眺めていた。
組み分けテストの結果は、ディアーナとアルンディラーノ、アウロラ、ラトゥールが一組。ディアーナの友だち三人とクリス、ジャンルーカが二組となった。
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私事で恐縮ですが、本日誕生日でございます。
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