そういえば、攻略対象者だった
入学式当日は、式と組み分けテストのみなので昼には解散となった。ディアーナは友人達と昼食を一緒にとるそうで、ケイティアーノの家へと行ってしまった。ついて行こうとしたカインだったが、
「乙女の会話に混ざろうなんて、破廉恥ですのよ」
「今回はご遠慮くださいませ、カインお兄様」
「時には内緒話も必要なんですもんね」
「ちゃんとお家まで送り届けますから」
と、全員から断られてしまったのでトボトボと自宅へかえり、イルヴァレーノと昼食を食べた。
そして今は、自室のソファにだらしなく伸びている。
「だらしないですよ、カイン様」
「イルヴァレーノしか居ないからいいだろ。お母様もお父様もディアーナもいないんだから、どうせ誰も来ないよ」
入学式後、父ディスマイヤは仕事に戻り、母エリゼは王妃殿下の昼食会へと向かっていった。おそらく、刺繍の会のメンバーから五人も魔法学園に入学する事になったので、その母親達とクラス分けの結果を待ちながら昼食を取り、母親としての情報交換などをしているのだろう。
「そういう問題じゃないと思いますけど」
そう言いながらも、ソファーの上で伸びているカインから靴を脱がせるイルヴァレーノである。
「なぁ、イルヴァレーノ」
「なんでしょう?」
「モテないヤツが、好きな子に振り向いてほしくてずるいことするとするじゃん」
「ずるいことってなんですか」
「ずるいことはずるいことだよ。例え話だから、そこは流しておいて」
「はぁ」
カインは流しておいて、といいながら手をぷらぷらと振った。そのままソファーの下に腕がだらーんと落っこちたのを、イルヴァレーノが拾ってソファーの上に戻す。カインの脇の下に手をつっこんで上半身を少し持ち上げると、ずるずるとソファーの上を移動させて頭を手すりの上に乗せた。
「で、ずるいことするとして、なんですか」
「それを辞めさせるにはどうしたらいいと思う?」
「止めさせる必要があるんですか?」
手すりの後ろへと回ったイルヴァレーノは、カインの髪から髪留めを外し、三つ編みを解いていく。
「その、ずるいことっていうのが、相手の女の子に危害が及ぶことなんだよ」
「なるほど……」
三つ編みをほどき終わると、編み込みを丁寧にほぐしていく。ついでにヘッドマッサージをされて、カインは思わず目をつぶった。
「その好きな女の子に、ずるいことしなくても振り向いてもらえれば良いんじゃないですか」
「モテないヤツって言ったじゃん」
「うーん」
ヘッドマッサージを切り上げて、櫛で髪を梳いていく。朝から三つ編みと編み込みをしていたので、毛が絡まないように毛先の方から少しずつ、徐々に櫛を上に上げていく。
「モテる様になればいいのでは?」
「イルヴァレーノ、面倒くさくなっただろ」
イルヴァレーノの適当な返答にカインが苦笑する。
モテないからずるい手段を使うのであれば、モテればいいだろう。単純な話ではあるが、それが出来れば苦労しないという話である。
「その『モテない』というのがどのくらいの事を指しているのかわかりませんが、人の好みって人それぞれじゃないですか。振り向かせたい女の子の好みを把握して、自分をそれに寄せることはできるんじゃないですか?」
櫛で髪を梳き終わったイルヴァレーノは、ゆるめの三つ編みで髪を一つにまとめると、リボンで留めて立ち上がった。
「お茶を入れますか?」
「まだいい」
イルヴァレーノはカインの返事に一つ頷くと、カインが伸びているソファーのローテーブルを挟んだ向かいのソファに腰を下ろした。
「そもそも、相手の好みを調査できる能力があれば、ずるい手なんて使わないだろう?」
「そんなにダメな人物なんですか?」
イルヴァレーノは、背もたれに背を預けると腕を組んでうーんと空を仰いだ。
物心つく前から七歳になる前まで暗殺者として育てられていたイルヴァレーノは、子どもであることと垂れ目の可愛い容姿を利用して大人の警戒心を解き、懐に入り込む術を身につけていた。
カインに拾われて以降は、エルグランダーク家の執事であるパレパントルから『カインの侍従として』相手の表情や態度から心情を読み取って適度な好意を得る態度や仕草などをたたき込まれている。数度試し行為をすれば、相手がどういった人物を好んでいるのかを大体把握することができる。カインの例え話に登場する人物は、それが出来ないというのがイルヴァレーノに取っては不思議だった。
「その子を好きになるまで、人間に興味が無いタイプの人物だったんだよ」
ラトゥールはゲームでは魔法バカなキャラクターとして描かれている。魔法にしか興味がないので身だしなみには無頓着だし積極的にコミュニケーションを取ろうともしない。基本的に貴族の子ども達があつまるド魔学では、そんなラトゥールは当然浮いてしまうので友人ができない。クラスの行事などで困ったことがあっても、友人がいないラトゥールは誰にも助けてもらえない。
平民であり、心優しく正義感の強いヒロインは、そんなラトゥールにも声をかけてくれる。それをきっかけに、ヒロインに心引かれ始めるわけである。
「それでも、身だしなみに気をつけて清潔感を保って、愛想笑いでもしておけば嫌われたりはしないだろう?」
そう言って、イルヴァレーノはソファの上でアルカイックスマイルを浮かべる。カインほどではないが、イルヴァレーノも度々『顔が良い』と言われることがあるので自分の容姿が良い方であることを自覚している。
カインの留学中に、パレパントルからも『お仕えする主人の敵を侍従が作ってどうする』と、無愛想で有ることを注意されて笑顔の練習をさせられたのもある。今では、エルグランダーク家の執事服を着て、優しげに微笑めば相手に好感を持たれることを自覚している。
「さっすが、攻略対象者。破壊力あるぅ」
「なんですか?」
カインの前では素の表情で居ることが多いイルヴァレーノの微笑みに、思わず軽口を叩いてしまう。愛想笑いをするだけで相手が惚れてくれるのは、乙女ゲームの攻略対象者だからだよ、と心の中でツッコミを入れて、気がついた。
「ラトゥールもそうじゃん……」
テーブルを挟んで座っているイルヴァレーノには聞こえない程度の声量。カインが自分に向かって語っていないのを察したイルヴァレーノは、立ち上がるとドアへと向かう。
「お茶を入れてきます」
考え事をすると、甘い物が食べたくなるものだ。思考モードに入ったカインの為に、イルヴァレーノはティールーム併設のミニキッチンへと足を向けたのだった。
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