フォッサマグナ!

  ―――――――――――――――  

「そろそろ人が途切れて来ましたわ。私たちも遅れないようにそろそろ参りましょうか」


 校舎裏の曲がり角から渡り廊下の様子をうかがっていたディアーナが振り向いた。


「平民の私と一緒なの、お嫌ではありませんか?」

「なぜですの? セレノスタ師匠のところでも孤児院でもご一緒しましたでしょ?」


 アウロラの返事に、ディアーナが小さく首をかしげて答える。


「あの時は、周りに他の貴族の方達は居ませんでしたけど、学園内は貴族の視線が沢山あります」


 ディアーナが本当に『悪役令嬢』になっていないのか、ただの良い人になっているのかを探るようにアウロラが言葉を重ねる。そもそも『世を忍ぶ仮の姿』というのが令嬢らしい姿の事をいうのであれば、平民と仲良くするのは『らしくない』のではないかという指摘である。


「学園の方針で『学園内で学ぶ生徒は平等であること』となっておりますでしょう。無礼講とはもうしませんが、アウロラさんが平民だからと距離を置く方がよっぽどはしたない行為だと思いますわ」


 なんてこと無い風にそう返してくるディアーナの顔に、無理をしている様子は無い。

 (立派だ。とてつもなく立派な思考をしている!)

 明らかにゲームのド魔学に出てきたディアーナとはキャラが違う。誰かがゲームシナリオを改編している事を確信したアウロラは、それがディアーナであるかどうかを試してみることにした。


「それは、クラス分けや教える教師を身分で変えたりしないって意味であって、身分制度を無視していいって事ではないですよね」

「身分制度を無視しているわけではありませんわ。でも、身分違いではお友達になれないなんてことはないでしょう? アウロラさんはきちんと丁寧な言葉と態度で私に接してくださっていますし……」


 アウロラは、転生者かどうかを試すタイミングを計っている。この会話の流れなら、どこかでそのタイミングがやってくるはず。


「でも、一緒に帰ってご友人に噂されると恥ずかしいですし」

「まぁ! それはさすがに怒りますわよ? 私の友人達はそんな心の狭い人達ではなくってよ」


(不発か)

 前世で有名な恋愛シミュレーションゲームのヒロインの台詞を挟んでみたが、特にディアーナの反応に変わったところは無い。しかし、この台詞はアウロラが前世に生きた時代でもすでに古い時代の物となっていたし、ディアーナに前世の記憶があったとして、恋愛ゲームをたしなまない人だった可能性もある。


「それとも……。もしかして、アウロラさんが私と一緒に居たく無いんですの?」


 ディアーナが、悲しそうな顔でアウロラに向けてつぶやいた。眉尻がさがり、若干目が潤んでいる様にも見える。そっと口元に添えられた細い指が影を落とし、なおさら寂しそうに見せている。

 ズキュンと胸を打ち抜かれる感覚に襲われながら、アウロラはここだ! と確信した。


「フォッサマグナ!」

「……」


 突然叫んだアウロラに、ディアーナはコテンと首を倒す。きょとんとした顔は先ほどの悲しげ美人顔とは異なり、年相応の無邪気さが出てきている。

 そのギャップに萌えつつ、アウロラがコホンと空咳をこぼす。




『フォッサマグナ』とは。

 アウロラの前世の世界で週刊少年誌で連載されていた「アベンジ!リベンジ!ストレンジ!」という少年漫画のライバル役の口癖である。

 週刊少年王者に連載中だったその漫画は、コミックも爆発的に売れ連載開始三年後にはアニメ化となりさらに人気が上昇。実写映画化や二.五次元舞台化などもされ、原作コミックは日本人の八割が読んでいて、残りの二割もタイトルだけは知っているとまで言われていた。まさに国を代表するような人気作である。

 タイトルの頭文字を取ってファンから「アリス」と呼ばれているその作品に、主人公のライバルキャラクターとして登場する少年がいるのだが、彼の口癖に「フォッサマグナ!」という物がある。「そんなまさか!」とゴロが似ているからという理由で、驚いた時に口にするのである。

 同じ年齢でこの世界に転生しているのであれば、前世でも同じ時間を生きていた可能性は高い。そう考えたアウロラはカマを掛けるつもりで口にした。

 前世でも普通に口癖になりかけていたけども。実は父と母には何度か「そんなまさか」のつもりで「フォッサマグナ」と言ってしまったこともあったけれども。

 そんな、アウロラの放った奥の手であったが、ディアーナはきょとんとするばかりで反応を示さない。「まさか、アリスを知ってるの!?」とか「それをいうなら『そんなまさか』でしょ!」とか、そういった反応を期待していたのである。


「? ふぉっさ? なんです?」

「あ、いや、えーっと」


 こうなると、会話中に意味不明な言葉を叫んだただの変人である。どうごまかそうかと脳みそをフル回転させているその時に、校舎裏にもう一人少女がやってきた。


「ディちゃん、先生をお待たせしてしまっていましてよ」


ケイティアーノが迎えに来たのだ。


「ケ、ケーちゃん! 学園ではちゃんと令嬢らしくしようって言ったよね!?」


 わたわたと腕を振りながら、ケイティアーノの口を塞ごうとしつつアウロラとケイティアーノの顔の間に視線を行ったり来たりさせるディアーナ。


「あら、まだその方と一緒でしたのね。ディちゃん、お話は済みましたわね?」


 ディアーナの手を優しく握って口からどけたケイティアーノがアウロラの姿を見つけてにこりと笑った。


「えっと、えっと。とにかく! 約束ですわよ! 秘密を漏らしたら許さないんですのよ!」


ケイティアーノにひきずられるように、ディアーナは捨て台詞を吐いて校舎裏から去って行った。


「全然世を忍べてないじゃん……」


しばらくぼんやりとディアーナの去って行った方をみていたが、自分も組み分けテストに遅れてしまうことに気がついたアウロラは、慌ててその場を後にしたのだった。

  ―――――――――――――――  

悪役令嬢の兄に転生しました6巻 6月20日発売です。

関東圏などでは、ぼちぼち早売りしているお店もあるようです。


コミカライズの3巻も同じ日に発売です。こちらは、おそらく発売日きっちりに発売されると思います。


よろしくおねがいします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る