ありがちな展開と言えばこれしか無い!
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講堂から魔法鍛錬所へ移動する生徒達の足音とざわめきがかすかに聞こえる校舎裏。背中を壁にくっつけて立つアウロラは、壁についたディアーナの手に囲われるようにして向かい合っていた。
いわゆる両手壁ドンである。
「あ、あの……。お顔が近いですディアーナ様?」
アウロラは、すぐ目の前にあるディアーナの顔に鼓動が速くなっているのを感じていた。アウロラを閉じ込めるように、顔の両側に置かれた腕からは爽やかな森林の様な香りがする。
アウロラとディアーナでは、アウロラの方が少し背が低い。さらに、平民でぺったんこな靴を履いているアウロラに対して、ディアーナは少しかかとの高い靴を履いている。そのため、壁ドン状態の今、ディアーナは少し見下ろす感じでアウロラの顔をのぞき込んでいる状態である。
「ふふふ。孤児院でお会いした時、治癒魔法が使えるとおっしゃっていたので学園で会えるかも、と期待しておりましたのよ。こうして、学園でお会いできて嬉しいですわ」
目を細め、にこりとわらってそう言うディアーナ。
美人の笑顔は迫力があるな、と思いつつ顔が引きつっているアウロラである。
「私、学園でアウロラさんにお会いできたらお願いしたいことがあったんですの」
「な、なんでしょうか」
太陽に雲がかかり、校舎裏がワントーン暗くなる。壁ドン距離で見つめるディアーナが、さらに目を細めて笑いかけた。
「学園では私、『世を忍ぶ仮の姿』で居なくてはなりませんの」
「よ、世を忍ぶ仮の姿?」
美少女による迫力ある間近笑顔にびびっていたアウロラだが、突拍子も無い事を言われて正気に戻った。
「先日、セレノスタ師匠の工房でお会いした時や、孤児院でお会いした時の私のことを、秘密にしておいてほしいんですの」
ディアーナも、アウロラが若干正気に戻ったのに気がついたので改めてにっこりと笑顔を作り直してささやいた。先ほどまでの威圧的な笑顔では無く、無邪気で、そして美しい笑顔を向けられたことでアウロラは顔に血が集まってくるのを感じた。
カイン仕込みの『自分の美貌をわかってて落としに掛かる』技である。
「えっと。先ほどまでの令嬢的振る舞いは、演技だったということでしょうか?」
顔を真っ赤にして、どぎまぎしつつも返事するアウロラ。思い起こせば、羽ペン作りの時や孤児院で年上の友人との仲について相談されたときのディアーナはもうちょっと年相応の砕けた話し方だった。
「演技だなんてそんな……。『世を忍ぶ仮の姿』ですわ」
令嬢らしくうっとりとするように目を細めて、ディアーナはアウロラの頬を撫でた。
「ひぃっ」
撫でられた頬を中心に、アウロラの体にゾクゾクと寒気が走る。その反応にクスリと笑ったディアーナは、頬を撫でたのと反対の腕のひじまで壁に付けた。ディアーナとアウロラの顔がさらに近くなる。長いまつげが触れあいそうな距離だ。
「はわわわわわわわあ」
カインからの継承技、『秘技・美麗な顔に至近距離で見つめられると断れない!』が炸裂! アウロラは動けない。
グルグル目になりつつ、アウロラはコクコクと勢いよく首を縦に振った。それをみて、ディアーナもようやく壁から腕を放して一歩下がった。
「ふふふっ。わかってくださって嬉しいわ。これから六年間、仲良くしましょうね」
「……よろしくお願いします」
「よろしくね!」
ニパッと笑うディアーナの顔は、セレノスタの工房で羽ペンを作っていた時の無邪気に明るい物だった。
☆☆☆
ディアーナの様子がおかしい。ゲームではキリッとしていてとっつきにくい高位貴族然として振る舞っていたはずのディアーナ。確かに講堂で声をかけてきた時や、壁ドンして迫ってきたときの笑い方や言葉遣いは「悪役令嬢」にふさわしい物だった。取り巻きもいたし。
しかし、悪役令嬢に呼び出されて「無邪気な姿は皆に内緒にしてね」とお願いされるなんてシーンはゲームには無かった。
「やっぱり、もう一人の転生者は……」
つぶやいて、アウロラはディアーナをチラリと盗み見る。
壁ドンを解いて、少し離れたところに立っているディアーナは、アウロラに背を向けて壁のフチから渡り廊下の様子をうかがっている。
「まだ講堂から生徒が出てきてますわね。バレない為には人が切れてから戻った方がいいかしら……」
ディアーナは戻るタイミングを見計らっているようだ。そんなディアーナの背中を見つめながら、アウロラは思考する。
(ヤンデレ化して暗殺業を続けているはずのイル様はカイン様の侍従になっていて、冷静で冷たくとっつきにくいはずのカイン様は優しくて笑顔が素敵でシスコンになっている。高慢で我が儘な悪役令嬢のはずのディアーナは朗らかでちょっとやんちゃなお嬢様で、表と裏で態度を変えている……。新入生代表の挨拶を見た感じ、アルきゅんはゲームと変わっていないし、クリスもラトゥールもほぼ同じ)
両手の指先をそろえて緩く三角形になるように手首を開いて口元に添える。前世で有名な探偵の推理時のポーズをまねてアウロラは考える。
(つまり、ゲームとの差異が発生してるのはディアーナ周りだけということ。前世のWEB小説や電子書籍の縦読み漫画によくあった転生ザマァものでも定番だったし……)
「知っている子爵家のご子息が通っていったわ。と言うことはあと男爵家と平民の方達ね」
ディアーナは、腰を低くして頭をちょっとだけ角から出して様子を見ている。ぴょこっとお尻をすこし突き出したポーズが可愛らしい。
「やっぱり、悪役令嬢であるディアーナがもう一人の転生者ってことか……」
可愛いポーズで壁の向こうの様子をうかがっているディアーナの背中にむかって、アウロラはぽつりとつぶやいた。口の中で転がしたその言葉は、ディアーナには届かなかった。
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