ちなみに、ド魔学に体育倉庫はない。

  ―――――――――――――――  

その後、国王陛下からの激励の挨拶があり、新入生代表としてアルンディラーノが挨拶をして入学式は終了した。保護者達はこの後大食堂へと移って保護者同士の懇親会があるらしく、保護者席から移動を始めていた。

 その間に講堂では新入生達にこの後の動きについて説明がなされている。マイクを使っているわけではないので、何を説明しているのかは保護者席からではわからなかった。


「マックス先生がいない以外は、ゲーム序盤と同じ流れだったな」


 ざわざわとざわめく講堂を見下ろして、カインがひとりごちる。

アルンディラーノの堂々とした挨拶はその内容までゲームと一緒で、最後にやさしげに笑って女子生徒から黄色い悲鳴があがっているのまで一緒だった。

ゲームでは、メインの攻略対象だし王子様だし王道だからそういう物だ、と気にも留めていなかったアルンディラーノの「理知的な表情。穏やかな口調。優しい笑顔」という挨拶姿も、いつもの調子を知っていれば「一生懸命王子様ぶっているな」とおかしくなる。


「王太子殿下のあの挨拶、まるで世を忍ぶ仮の姿の時のカイン様そっくりですね」


 猫をかぶって居るであろうアルンディラーノに笑っていたら、そんなことをイルヴァレーノに言われてしまった。


「僕ってあんな?」

「あんなですよ。さすが『王子様より王子様』ですね。本物の王子様からお手本にされているんですから」

「えぇー……」


 眉を寄せて嫌そうな顔をするカインを、今度はイルヴァレーノがおかしそうに口の端だけで笑った。


ゲームの通りなら、この後は組み分けテストというイベントがある。

ド魔学には入学テストが無く、魔力を持っていて入学金を払うことが出来れば誰でも入学することはできる。入学金は貴族に取ってはたいした額ではなく、爵位の低い男爵家であっても十分払える額なので、騎士を目指しているので無ければ大概の貴族子女が入学してくる。

平民からしてみれば十分に高額な入学金ではあるが、アウロラの様に町の皆からのカンパで入学してくる平民の子や、親が商売で成功している平民の子などが少数ではあるが在籍している。

そういった事情があるため、入学式に続いて魔力の多さや事前学習などによる魔法の力量などを測ってクラス分けをしようというイベントである。


「ふっふっふ。ディアーナにいいとこみせちゃうもんね」

「はぁ……」


 ぐいぐいと腕を伸ばすストレッチをしながら、不敵に笑うカイン。その後ろに控えつつ呆れた顔で適当な相づちを打っているイルヴァレーノ。二人が今居るのは、ド魔学の魔法鍛錬所である。

 カインは、入学式終了後すぐに保護者席を退席すると、まっすぐにこの鍛錬所までやってきていた。

 組み分けテストに参加するためである。


「ティルノーア先生のお墨付きと、貴族学校から転送された成績表のおかげでテストを受けなくても第一クラスで良いと言われてたじゃありませんか」


 やる気満々のカインから脱いだ上着を受け取って腕の中で畳みつつ、イルヴァレーノがそうこぼすが、


「何を言っているんだ、イルヴァレーノ。せっかく同じ学校に通えるとは言え、学年が違うと学校行事で一緒になることなんてめったにないんだぞ。ディアーナと一緒にイベントをこなせるチャンスなんだから、逃すわけないだろ」


 グッグッと腰をひねりながら、イルヴァレーノに返す。

 ゲームのド魔学では、当然だが三年先輩のカインはこの組み分けテストイベントには出てこない。

 この組み分けテストイベントは、魔法を的に当てるというミニゲームをプレイして、高得点を出せばアルンディラーノやラトゥールの居る第一組になり、得点が低い場合にはクリスと同じ第二組の所属になるという、一番最初のルート分岐点なのである。

 また、ラトゥールが新入生とは思えない魔法を繰り出して注目を集め、魔法以外に興味がなさ過ぎるその態度に同学年から距離を置かれてしまうというシーンが描かれるイベントでもある。

 当然、カインは邪魔する気満々だ。


「『俺が一番魔法を使うのがうまいんだ。この雑魚どもが』とか思っちゃう痛々しいお子様に、上には上が居るって所を見せてやらないとな!」

「大人げない……」


 カインは、同級生魔道士ルートの攻略対象者、ラトゥール・シャンベリーの出鼻をくじこうとしての台詞だった。しかし、そんな事情は知らないイルヴァレーノに取っては、三歳も下の子ども達の中で自分の魔法を披露し、『お兄様素敵⁉』と言われたいだけの兄バカの台詞としか聞こえないのであった。




☆☆☆




 講堂にて、この後は組み分けをするための実力テストをするので魔法鍛錬所まで移動するように、と言われた新入生達。爵位の高い順に退場するためアウロラは一番後ろの席でおとなしく座って順番を待っていた。

 まず王太子であるアルンディラーノが横を通り過ぎていき、「さすが王太子アル様はいい匂いがするぜ」とこっそりクンカクンカと鼻をひくつかせていたアウロラ。目をつぶって残り香の余韻に浸っていたら、すぐ上から声をかけられた。


「アウロラさんじゃありませんこと? 魔法学園に入学なさっていたんですのね」


 目をあけ、見上げればソコにはディアーナが立っていた。身分の高い順に退出するのだから、王太子の次に退出するのは当然筆頭公爵家の令嬢ディアーナとなるのである。

ディアーナの後ろには、侯爵家令嬢のケイティアーノやノアリア、アニアラがディアーナを囲むように立っている。


(悲アーナだ! 悪役令嬢とその取り巻きだ! 孤児院であったときにはもうちょっと柔らかい印象だったのに、制服着ていると迫力が違う!) 


とアウロラは感動しつつも声をかけられた事に冷や汗を流す。

アルンディラーノの挨拶がゲームと一緒だ!とか、講堂の窓の位置やステージの作りなどがゲームの集会系イベントの背景と全く同じだ!なんて、聖地巡礼中のファンの感覚で楽しんで居た所に、悪役令嬢から声をかけられてしまったのだ。

急に、舞台に引っ張り上げられたマジックショーの客の気分とでも言おうか、とにかく緊張してしまっていた。


「ディアーナ様、お知り合いですの?」

「お可愛らしい方ですわね。でも、席順的には男爵家の方かしら?」

「どちらでお知り合いになりましたの?」


 固まってしまっているアウロラを、ディアーナの後ろにいる三人の令嬢が興味深げに見つめてくる。


「実は、お兄様と羽ペンを作りにアクセサリー工房へ行った際に……」


 取り巻きに囲まれて、楽しそうに話すディアーナの顔を、アウロラがまじまじと見つめる。

 よく見れば、目の前に居るディアーナはゲームに出てくる悪役令嬢のディアーナとも、セレノスタの働いているアクセサリー工房で見かけたときとも違う髪型になっている。頭頂部から二つに分けた編み込みを耳の下でリボンで結び、短い三つ編みの先は緩く肩から前に流している。

 ゲーム上のツインテールドリルではない。

顔の作りはゲームのまんま、つり目で勝ち気な美人といった感じなのに、友人達に向ける笑顔が柔らかいせいか、髪型のせいか印象がまるでちがう。


「もう一人の転生者って、もしかして……」


 手のひらで口をかくし、小さくつぶやくアウロラ。


「まぁ、アウロラさんも慈善の心がございますのね。素晴らしいですわ」


 一人考え込んでいるアウロラを尻目に、ディアーナは取り巻き達にアウロラとの出会いについて話していたようだった。


「ケイティアーノ様、ノアリア様、アラニア様。少し先に行っていてくださいませ」


 話の区切りが付いたところで、ディアーナはそう言って取り巻き達を先に退出させると、腰をかがめてアウロラの耳元でささやいた。


「組み分けテストの前に、少しお時間いただけませんこと? 校舎裏にご一緒してくださいまし」


 そう言って身を起こすと、ディアーナはにっこりと微笑んだ。

 アウロラの背中に冷たい汗が流れる。


(キター! いきなり「おいてめぇ、体育倉庫な!」ってやつキター! さすが悪役令嬢だ! 町では良い子っぽかったのに、これがゲームの強制力ってやつなのか!)


 ゲーム的展開に興奮するアウロラは、少し前に考えていた事をすっかり忘れてしまっていたのだった。

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先日、ビールイベントであにてんを手売りしておりました。

買ってくださった方、ありがとうございました。

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